第179話 反旗の狼煙



 それは新生蠍隊アンタレス・ニードルが廃ソシャールへ向かった時より僅かにさかのぼり、火星衛星軌道上に存在するあらゆる反政府の意思を抱くと思しき者達の元。

 筆頭となるそこへ、殆どを時間を置かずにある通信が届いていた。


「……リーダー。ちょっといいですか? こんな物があの小惑星アステロイド宙域から届いたんですが。」


 火星圏衛星軌道上の施設の一つ——

 火星政府が厳重な監視下に置く軍事関連小ソシャール内で、届いたそれを政府軍の目の付き難い区画施設を根城とするリーダーと呼ぶ者へと届けた一人の男。

 周囲を隈なく確認し、政府の子飼い監視から逃れる様にソシャール内施設を動いていた。


「見せてみろ……。……!? これは——」


 思わず声を荒げそうになったリーダーと呼ばれた男は、刹那……己の声で政府軍人に勘付かれてはと言葉を切った。

 目が付き難いとは言え無用に騒ぎ立てては、すぐさま区画を包囲され拿捕される恐れがある故だ。


 体躯は隆々……引き締まる表情へ刻まれるしわが、それなりの年季を感じさせるリーダー。

 特筆たるは艶やかな黒髪。

 宇宙そらでは苛酷且つ特殊な環境上遺伝子的に頭髪色が薄まる傾向にあり、その中でも黒が際立つのは地上はアジア圏 黄色人種文化圏の血統のみである。


 それだけでもリーダーと呼ばれた男が、地上上がりの宇宙そら在住と想像できた。


 同じ組織的なものに属する仲間が寄越したモノ——火星政府に所持品制限をかけられた彼らが密かに懐に忍ばせた携帯端末。

 そこへ一見見覚えのない通信記録が届いていた。

 だがリーダーが己の知識の引き出しから導いたそれは紛れもなく、古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーなぞらえる〈短距離クロノ・サーフィング通信〉の痕跡であったのだ。


 何より聡堅なリーダーが驚愕を双眸へ宿した理由……それは極秘通信の送り主が、かの小惑星アステロイド帯と準惑星セレス宙域を統括する叩き上げ議長カベラールからのものだったから。


 通信閲覧を終えたリーダーが静かに双眸を閉じ……見開くと仲間となる男性へと告げる。

 彼らに——政府軍の監視下で牙を抜かれたまま雌伏の時を過ごした、旧〈アンタレス・ニードル〉に、立つ時が訪れたとの宣言を。


「いいか……この通信は、本来慮外者にはまかり間違っても使用など許可されぬたぐい。即ちここへつづられた依頼は、疑いの余地なくあのハーネスン・カベラール議長閣下からのモノ——」


「そして閣下は仰られている。小惑星アステロイド帯宙域で、と。この意味がお前になら理解出来るな? 」


「サソリの……再来!? それは——」


 彼らはすでに聞き得ていた。

 火星圏宙域に細々と存在する廃ソシャールより、彼らにとっての叩き上げ議長の危機に馳せ参じたと。

 その時点ではアンタレス・ニードル本隊は火星圏政府により解体され、無力化された状態だった。


 が——

 叩き上げ議長の無事に加え、議長より直々に依頼が彼女達に送られた後……時を置いてその依頼は本隊にまでも届けられていたのだ。


 待ち望んだ再起を告げられ、打ち震える仲間の男。

 リーダーより小柄であるも、身軽さで事を達成するかの只ならぬ雰囲気を宿す。


 そんな彼へ遂にかかる大号令。

 旧アンタレス・ニードルの信頼に足る首謀者であった、ソウマ・鏑井かぶらい・アレグリアが双眸へ炎を灯し……それを放ったのだ。


「議長閣下よりのお言葉にはこうもある。その地であのユーが——ユーテリス・フォリジンがヨン・サ達と合流したと。つまりは、ようやく俺達にもツキが回って来たと言う事だ。」


「ベクセン……これより政府軍の目を盗み、このソシャールと近隣施設に散らばる全アンタレス・ニードル構成員をかき集めろ。議長閣下よりの依頼状を盾にここを抜け出し、すでにこの地に戻ったお嬢達を支援する。新生アンタレス・ニードルの旗上げだっ! 」


 放たれた大号令へ、熱いモノさえ浮かべ従う仲間……ベクセンと呼ばれた彼は即座に走る。

 火星政府の暴君共の目を盗みながら、それらが支配する軍事関連ソシャールの街中を。



 かつて星王国の再興を願って戦ったサソリの集団の本体が、――かつての世を取り戻さんと動き出したのだ。



》》》》



 奴らの艦隊構成は把握した。

 核ミサイルとやらが搭載された強襲攻撃巡宙艦を守る様に、駆逐級〈ファイアーナ〉に重巡級〈ブレイジアン〉十数隻からなる部隊。

 けど――


「強襲巡宙艦は地上上がりの者がよく使う型だね。それを取り巻く護衛はアレッサ連合政府でも、艦隊を多く所持する〈ブラキリア小国〉宇宙艦隊所属――」


「あの〈マーズリヒト首相国〉で軒を連ねる機動兵装部隊がいないのは気に掛かる所だけど……時間は掛けられないか。」


 旧式の艦隊相手に、こちらは高速艦一隻と支援機付きの人型機動兵装のみ。

 それを踏まえれば、導かれる戦術は一つだった。


「リューデ。確かそっちのシュトルム・ブースターには、あのフレスベルグにも備わってた〈ニーズヘッグ〉が搭載されてるわね? 」


「はい~~。仰る通りです~~。流石にこの機体での運用となると、総出力不足は避けられませんので~~。私のほうで細工し、機体の出力で運用可能なマイクロ・ヴァージョンとして搭載ずみです~~。」


「ふふっ……やるわね、リューデ。星霊姫ドールとなってからと言うもの、絶好調じゃない。」


 デイチェの高速艦内に唯一存在するブリーフィングルームで、速やかなる即興作戦打ち合わせに勤しむあたし達。

 この艦は速度とそれなりの迎撃兵装を備えるも、どうみてもあの艦隊を相手取るのは役不足。

 かといって、あたしの新たなる愛機 シュトルムBCSベシースングの砲撃兵装にもエネルギー的な限りがある。


 唯一活きそうな兵装として挙げられるのは――長距離精密射撃を可能とするスナイパーライフル〈超射程襲撃砲アウトレンジ・スナイプ 魔神槍ガングニール〉ぐらい。

 けれど、その作戦上の極めて危険な事態は想定済みだった。


「ねぇ、ユー。あなたの機体にあるこれ……長射程狙撃砲じゃない? これならばあるいは――」


「デイチェも思った。これならかつて、組織でユー姐が活躍してた〈双子の闇サソリ〉の真価……発揮できると思う。」


「無茶言わないで――と言いたい所だけど。今はそれに頼るしかないわね。」


 すると卓上モニターであたしの機体性能を確認した二人からの言葉が飛び、嘆息ながらも了承とする。


 その超射程狙撃を敢行すると言う事は即ち、たった三機しかない戦力を分断する必要があると言う事。

 加えて――少なくともデイチェとリューデを囮に使う必要がある。

 もしそれで、核ミサイル艦を全て沈黙させる前に皆がバラバラに追い立てられれば万事休す。

 まあ、そんな事は承知済みとの視線を送る三人には……呆れるほどの頼もしさしか浮かばないのだけど。


 あたし達が反政府ゲリラとして活動していたかつては、すでに組織としての命運も風前の灯。

 そんな中で新進気鋭として産声を上げたのが、あたしとヨンが二人でコンビを組んだ〈双子の闇サソリ〉だった。


 ヨンが前線へと突撃をする中、あたしが高所遮蔽物へと陣取り……阿吽の呼吸で狙撃援護を行う独自の戦い方。

 付いたあざながこそが〈双子の闇サソリ〉。


 程なく次期リーダーとして組織を任されたヨンの元へデイチェが加わり、その当時の新生アンタレス・ニードルが産声を上げるはずだったのに――


「では決まりね。この作戦で当面の目標を核ミサイル搭載艦とし、デイチェの艦とリューデのシュトルム・ブースターで陽動かく乱。あたしがその間にミサイル艦を長距離狙撃で各個撃破。」


「デイチェとリューデはあくまでかく乱を主眼に置き、決して敵艦との距離を詰めすぎないで。万一機動兵装が投入されたら、もはや打つ手はないからね? 」


「うん、デイチェは理解した。」


「はい~~。以前のフレスベルグを動かしてた時の様には行きませんね~~。了解です~~。」


 すでに素敵な姉妹の様に馴染む、男の娘なデイチェとリューデへ頬が緩みそうになるあたし。

 そして気を引き締めヨンと首肯し合うと、その足でシュトルムBCSベシースング コックピットへとすぐさま滑り込む。


 目標は人類が手を出してはならない、生命に対するであり

 その発射を阻止すべく動くあたし達。



 この戦乱の時代での、本当の部隊再来の時が訪れているとも知らないままに――

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