第178話 人類の生んだ地獄



 新生蠍隊アンタレス・ニードル立ち上げを宣言したサソリの砲撃手ユーテリスアサシンシスターヨンは一路、宇宙のスラムを内包する廃ソシャールへと進路を向ける。


 しかし火星圏宙域に近付くと言う事は、政府軍の勢力下に飛び込む事と同義であり——いかな宇宙人そらびと社会が誇る高速艦を以ってしても速度を落とし警戒に徹するほかなかった。


「ヨン……ここからは奴らの目が厳しくなる。近場の政府施設をジャックして今の政府軍状況を知る必要があるわ。幸いにもこっちには、その専門家でもあるリューデもいる事だし。」


『そうね。すでに視界に入るだけでも嫌な施設が目白押し——油断は出来ないよね。』


 宴黙男の娘デイチェの高速艦より応答するアサシンシスターも、その旨は織り込み済み。

 むしろ火星圏の現状をよく知る二人にあらかたを任せるのが筋と、砲撃手も動いていた。


 彼女らは現在、政府軍が要する監視施設の索敵範囲ギリギリで止まっていた。

 手頃な浮遊岩礁地帯を選び潜伏する新生蠍隊アンタレス・ニードルは万一に備え、ふわふわ少女リューデが管制を務める宇宙の暴風航行支援機 シュトルムヴィント・ブースター側を分離させ——可変機構を経た人型強襲砲撃兵装のシュトルム・ランチャー・ファウストにて砲撃手が周辺監視を敢行していた。


 一機とは言え、現状の不足する対武力戦兵装を鑑みれば頼もしい戦力である。


『あちらの索敵網には引っかかってないみたいね。ではリューデちゃん……仲良くなって初めての依頼——頼める? 』


「はい~~。ユーテリスの素敵な家族は、今や私の素敵な家族でもあります~~。喜んで~~。」


 敵に察知されていないと見るや、アサシンシスターから新しい家族へ向け依頼が飛ぶ。

 そこへ応答するふわふわ少女も、漆黒の指揮する部隊ザガー・カルツで砲撃手へ時折見せた穏やかにして幸福に満ちた面持ちを顕とした。


 すでに兵器として使い潰されていた頃から脱却したその表情に、サソリの砲撃手すらも安堵を覚えていた。


 だが——

 そのふわふわ少女が敢行した政府施設ジャックと言う行為が、彼女達へ想像を絶する戦慄と焦燥を刻む事となる。


 ふわふわ少女が暴風支援機シュトルム・ブースター急拵きゅうごしらえで備えた対電子戦攻防システムより……周辺宙域に存在する火星圏政府施設への超長距離電子網介入を開始する。

 本来はあの電脳姫ユミークルが取って代わった電子戦でもふわふわ少女が圧倒するはずであったが、廃人形ロストドールと言う生い立ちが災いし完全さを欠く彼女はネット依存の姫に台等されてしまった。


 しかし今の彼女は、すでに観測者に仕えし星霊姫ドールよりドールシステムとしての証を立てられた身——能力に於ける不足分を補うシステム構築を実現させていた。


 奇しくもその正確すぎるシステム性能が、新生蠍隊アンタレス・ニードルへの危機的事態を運んでしまうのだが。


「火星圏政府の軍部システムへのハッキング、完了です~~。これより情報をそちら……デイチェさんの機体へも送信しますね~~。」


『ええ、仕事が早いわね。流石はユーの素敵な妹分。——受信完了、っと。さてさて、今の軍部が行使する作戦状況を……え? 』


 宴黙男の娘の高速艦に送信されたデータへ目を通すアサシンシスター。

 目にしたそれが意味する所を悟った彼女は、焦燥と共に憤怒の表情へと移り変わって行く。


 只ならぬ状況をモニターで視認したサソリの砲撃手も、弾かれた様に同情報詳細へ目を走らせた。


 ——火星圏宙域政府軍 現作戦名〈宇宙のゴミ屑スターダスト作戦〉——

 ——使用主武装 〈核熱弾頭単位相反応弾アトミケイス・ソリッド・ミサイル〉——

 ——試験破壊目標 〈廃ソシャール〉——



 戦慄が……子供達の元へ向かわんとする新生蠍隊アンタレス・ニードルへと走り抜けた。



》》》》



「ふざけた真似をっ! 廃ソシャールではまだあの子達が生活してるのよっ!? なのに火星圏政府軍は何を考えて——」


 憤怒はサソリの砲撃手ユーテリスさえも貫いた。

 妹分となったふわふわ少女リューデさえ悲痛に顔を歪ませる。


 だが——だがである。

 蠍隊の誇るもう一人の主力、アサシンシスターヨンの悲愴感は


『何よ、これ? なんでこんな物を火星政府が……。なんで——なんで奴らがなんて所有してるのよっ!! 』


 常軌を逸した憤怒は悲しみさえ宿し、砲撃手とふわふわ少女らにまで絵も言われぬ事情がある事を悟らせた。


「ちょっと、ヨン! その核兵器って、いったい何の事!? 」


 宇宙そらに住まう者達は本来古代技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーに於ける制限下での暮らしが常であり、古代技術になぞらえるエネルギーの数々は

 それが使い方を誤る事で争いに転じるとされ、厳しい制限が課せられるとされた。


 しかしアサシンシスターの焦燥が物語るそれ。

 核兵器と名付けられた存在は

 それは——


『聞いて、ユー……。私が地球はアジアの統一半島生まれなのは知ってるわよね。けどそんな私は、アジア系民族のハーフなの。そして母方のママ——日本と呼ばれるアジア極東の国で、お婆ちゃんは当時の戦争に巻き込まれた。』


『それも……。』


 憤怒はやがて溢れる雫となって、耐え難き事実へと繋がって行く。

 雫に濡れる所か、シスターの肩が恐怖に取り付かれた様に震えていた。

 あたかも彼女自身が地獄をその目で目撃していたかの如く。


『その破壊の権化は、本来自然界に存在していない地獄の申し子。その爆熱を受けた者は瞬時に蒸発し……人も、動物も——頑丈な建物でさえ跡形もなく吹き飛ばす。』


あまつさえ――爆轟が齎す高濃度放射線は、それを受けて辛くも生き延びた生命にさえ……余命の果てまで地獄を浴びせ続ける。お婆ちゃんは……そんな地獄の餌食となったの。核兵器と言う名の、破壊の権化の餌食に。』


 もはや絶句と言う言葉すら生温ぬるい。

 地獄と、恐怖と、絶望を同時に叩き付けられた様な彼女達は……余りの事態に呼吸さえままならなくなる。


 破壊の権化——核兵器と呼ばれるそれは、人類史上最も愚かで、残忍で、決して許されるべきではない破壊の象徴。

 そこに手を伸ばす事だけはあってはならないのだ。


 ——


「やるよ?ヨン。あたし達が……。」


 重い沈黙を破ったのはサソリの砲撃手。

 視線には確固たる意志が燃えたぎる。

 今までの彼女であれば想像だにしなかった感情が、その魂を突き動かした。


 破壊の権化と口にしたアサシンシスターも双眸を見開いた。

 宴黙男の娘も同じく見開く状況……サソリの砲撃手の表情がモニターを占拠していた。


「(こんな気持ちは初めてね。きっとあの赤いのと戦ったあいつも、同じだったんだろう。紅円寺 斎こうえんじ いつきって言う、宇宙人そらびとの故郷さえ救った勇者との戦いを越えたアーガス格闘バカも……。)」


「あたし達の家族を救うとかだけじゃない。ヨンが言った破壊の権化とやらは、人が軽々しく扱っていいものじゃない。それを知ってしまったならあたし達で、何としても人類が再び核を手に取るのを阻止しなければ! 」


「ユー……——」


 人の歴史はどれほど凄惨な歴史であろうと、時がその悲劇を洗い流し……いつしか伝えるべき真実さえも霞と消え行く。

 だが――地球で起きた凄惨なる悲劇を今、

 そして、人類が再び過ちを起す様な事態を阻止しなければと宣言した。


 放たれた言葉が地獄を聞き及ぶアサシンシスターの心を打つ。

 伝え行くべき事実が伝わった事で、彼女の双眸は溢れる雫で視界すら霞む。

 もはや問答は不要であった。


『では~~私は政府軍とやらの勢力状況把握のため~~、再度ハッキングに入ります~~。』


『ならデイチェは、こちらの戦力で可能な阻止プランを複数計画する。ヨン姐が落ち着ち付くまで、ユー姐……少し見てあげて欲しい。』


『ごめん、デイチェ……リューデ。ごめんね?ユー。』


「ヨンが誤るいわれはどこにもないわよ? 時間もない――じゃあ、さっそくデイチェとリューデにそれぞれお願いしようかしらね! 」


 限られた時間の中、新生蠍隊アンタレス・ニードルが核兵器使用阻止 即興作戦立案を急ぐ。

 その間も刻一刻と、繰り返される悲劇への時は刻まれていた。



 そんな窮地とも言える状況へ、予想だにしない場所からの希望の光が差した事に……新生蠍隊彼女達も気付いてはいなかったのだ――

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