第168話 交わる道、新たなる明日



 警戒態勢解除と供に禁忌の聖剣キャリバーンは一路準惑星セレス宙域へ。

 不逞の部隊トランピア・エッジが用いた無人機と言う非人道兵器の脅威が、評議会に止まらず……準惑星セレス宙域に住まう民に向くのを危惧した判断である。


 とは言え、救いし者部隊クロノセイバーとしても相応の被害を被っており、補給や物資調達を優先とした寄港となる。

 その中でも優先度合いが高かったのは、言うに及ばず赤き霊機Αフレーム修理と、二人のパイロットの浸蝕に対する治療であった。


紅円寺こうえんじ少尉及び、神倶羅かぐら大尉の容態は安定しています。これはむしろ、精神的な浸蝕と言えますので……彼らの今後への影響を加味する必要がありますね。』


「なるほど、了解した。その旨はクオンへと伝えて置く。評議会の議員らも多くが衰弱していると聞く――後は頼んだぞ?エンセランゼ大尉。」


『了解です。最善を尽くします。』


 事後処理と……救助された叩き上げ議長ハーネスンを始めとする、評議会議員らのケアに追われる妖艶な大尉エンセランゼ救護班メディック部門。

 その中で今後の進退を問われる者達が、旗艦内の小会議室へと招かれる。


 不逞の部隊トランピア・エッジを見事鎮圧して見せた蒼き霊機Ωフレームの二人に加え――

 居並ぶは人命救助に尽力した協力者達。


 ユーテリス・フォリジン、ヨン・サ、デイチェ・バローニ擁する元〈アンタレス・ニードル〉の面々に加え、ユーテリスを追って漆黒の指揮する部隊ザガー・カルツを出奔したブリュンヒルデである。


「此度は我が部隊に於ける、実質の現場指揮官 クオン・サイガ少佐の呼びかけへ応え……さらには国際救助法に準じた救急救命活動支援を頂いた事——」


「全体指揮を統括する私、月読 慶陽つくよみ けいようが部隊を代表して感謝の意を述べさせて貰う。ありがとう、協力者方。」


 その面々へ向けて放たれた言葉に、言いようの無いむず痒さを覚えるアサシンシスターヨン

 かつて己に付けられた字名を引き摺る自分が、その謝意を受け取る事が許されるのかとの葛藤が生んだものである。

 さらにその感覚は、サソリの砲撃主ユーテリスになお重き戸惑いとして刻まれていた。


 己の感じる戸惑いに答えを見出すため、砲撃手は自分を讃える者達へ敢えて問う。

 すでに聞き及ぶ、かつての同僚であった戦狼アーガスに言い渡された法の沙汰の真相を。


「あたしみたいなのが謝意を受け取る価値があるのか、正直理解に苦しむ所です。現につい先日までこのクロノセイバーへ、度重なる襲撃を敢行していたザガー・カルツ所属だった身——」


「サイガ少佐から、その……あたしの同僚だったアーガス・ファーマーへの対応を聞いて耳を疑った所。出来れば真相を包み隠さずお聞かせ願えますか?」


「確かにあなたの言う事は的を得ている。しかし今我らが直面する事態は、すでに人知の及ぶ範疇を超えつつあるのが現状。その様な時に。」


「故の部隊独自の判断を、先のアーガス・ファーマーへも適用し……対応したまでだ。」


 英雄少佐クオンが単独で事を決めたならば、そこへ正当な意を唱えるつもりであったサソリの砲撃手も——部隊総括を担う旗艦指令月読までもが英雄へならう現状。


 呆れる様に嘆息を零した彼女は、心の中で何かが大きく動いた気がしてならなかった。


 そんな砲撃手を見やる英雄少佐と旗艦指令は首肯し合うと、さらなる追加情報が語られる。

 彼女の、……


「ああ、ユーテリス・フォリジン。今の解答に加え……先ほどアーガス・ファーマーを送る最中の、ムーラ・カナ皇王国 皇子殿下お付きより臨時の入電を確認した。」


「どうやら彼は、己の進退でのケジメを付けた後——正式に殿を示したそうだ。その足で、連絡を受けた。君はどう動くかな?」


「……ア、アーガスが皇子殿下の同志!? それに災害避難民護衛って……——」


 希望宿す火種が熱き心へ炎を灯らせたのを、居並ぶ仲間さえも感じ取った。

 優しき双眸を送る〈アンタレス・ニードル〉——かつて亡き国家の再建を願い戦い続けた仲間達が……サソリの砲撃手の手を握る。


 そして——


「いいのよ?ユー……あなたが生きたい様に生きて。私達はもう大丈夫だから。」


「そうだ、デイチェもいる。また昔の様に子供達を守る為、一緒に戦おう。今デイチェ達がやらなくて、一体誰がやる?」


「あ……あんた達……。」


 すでにかすれた声を響かせたサソリの砲撃手は、その手を強く握り返し——恐らく彼女としても初めてであろう輝く雫で頬を濡らした。

 その三人を温かく見守る影が、さらに砲撃手へと寄り添う。


 ……そんな想いを宿した双眸で——


「ユーテリス~~? 私はもう行く所がありませんので~~。是非私も〜〜あなたのお側にいさせて欲しいのです~~。」


「ブ……リュン……ヒルデ!」


 同じ部隊で、姉妹の様に接していた廃霊姫ロストドールであった彼女が、初めて得た心で言葉を紡いだ。



 ではなく……でも無い——



》》》》



 クロノセイバーにゲストとして迎えられた私達は、その足で議長閣下がおられる艦内病棟へと案内された。

 そこで目にした物は存外に驚愕したのを覚えてる。


「まさか艦艇母艦なる構造だったとは……。確かにこれならば、惑星間を飛び越えた人命救助と言う任務も頷けるわ。」


「ホントにね……。て言うかユーは、こんな凄い人達と戦ってよく生きてたわね。」


 艦内通路を下に行くにつれ、その全容が顕となり……私達は揃って顔を見合わせていた。


 そして病室が内包される救命艦部通路にさしかかると、案内を買って出てくれた少女がゴシックドレスを翻し――

 柔らかな眼差しで、ささやかなお言葉を投げかけてくれた。


「それでは皆様、議長閣下には事前にお伝えしておりますので。それと——ブリュンヒルデ……だったですかね?」


「はい~~? ブリュンヒルデに何か~~?」


 近い容姿にブリュンヒルデと違わぬ雰囲気を持つ彼女は、なんとこの艦の技術管理監督官殿との事。

 私でも分かるその正体は……かの星霊姫ドールだ。

 だからだろう——ブリュンヒルデの存在が、ことの外気になっていたみたいだ。


 唐突に話題に上がったブリュンヒルデも小首をかしげていた。


「あなたはロストドールなのですね。ですが……いにしえより伝わることわりに於いて、心を宿す事が叶った同族にロストの名を与える事は禁忌とされてるのです。」


「ですからあなたは、もう……廃霊姫ロストドールなどではありません。あなたは私達の姉妹――星霊姫ドールです。」


 その彼女が口にする。

 ブリュンヒルデはもう、廃霊姫命ならざる者などでは無いと。

 あのヒュビネットに使……私の新しい姉妹へ向けて。


「そう、ですか~~。ユーテリス~~? 私はどうやら、星霊姫ドールに認められた様です~~。」


 口調はいつもののんびりゆるふわ。

 けど、彼女の双眸へ涙が煌いたのを確かに目撃した。

 そう……彼女にも新しい明日が訪れたのだ。


「当たり前。あんたは私にとって、最初から兵器や人形じゃなかったんだよ? それこそ妹みたいに思ってたんだから……。」


 そんな彼女を優しく抱きしめる。

 漆黒の部隊にいた頃から何も変わらず——いや、あの時以上に優しく労わる様に。


「じゃあ、ピエトロ街の皆に紹介しないとね。ユーに新しい妹が出来たって。」


「ユー姐、幸せそう。デイチェもそれに賛成。きっと子供達も喜んでくれる。」


 私達を見やる暖かな瞳が、揃って姉妹になった星霊姫ドールの少女を歓迎してくれ……それが嬉しくって——こそばゆくって。


「それよりもまずは議長閣下! すぐあの素敵なあしながおじさんに、今までの積もりに積もった感謝の言葉を伝えに行かなきゃ!」


 なので少しはぐらかす様に声を上げれば、大切な家族が「ハイハイ」と顔を見合わせ笑顔を零した。


 そこで私はようやく自分が、過去の呪縛から解き放たれた気がしたんだ。

 ピエトロ街の子供達は、

 ——


 大切な明日へ向けてのささやかなやり取りも、口を挟まず見届けてくれた監督官殿への感謝を送りつつ……もう一人——



 感謝を送らずにはいられない、お方の元へと足を向けたんだ。

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