第102話 潮汐力と言う名の宇宙災害



「——承知しました!こちらでも至急対応を急がせます!では……観客の誘導——よろしくお願い致します。」


『言わずもがなじゃ!何が皇王族——観客の誘導……任されたぞ!』


「ソシャールがハッキングって、そんなの聞いた事もあらへんって!?」


「翔子ちゃん、それは後――すぐに所得可能な情報管制を探さないと!」


「分かってるけど――って、指令!?こちらからの映像関連は向こうへ届いていません!こちらからソシャールへ可能となる通信回線は、部隊の周波回線……それも音声のみで――」


 祭典の地イクス・トリムを襲った異変は殆ど時を置かず、剣を模した旗艦コル・ブラントへと伝わり……救いし者部隊クロノセイバーも臨時対応が急がれた。

 旗艦内で対応に追われるブリッジクルーは、異変への戸惑いを隠せない。

 未だかつてない異例の事態に思考を困惑に揺らしながら、速かなる祭典の地イクス・トリム救済に伴う情報収集に追われる。


 しかし……襲う事態の只中にあって、旗艦指令月読に至っては異変の元凶に推測を立てつつ——僅かに見やる。

 視線を背後で感じているであろう者も、敢えてそれを無視する様に姿


「キルス隊及びラグレア隊は、大至急イクス・トリムへ向かえ!万一の事態に備え、ソシャール防衛へ!……紅円寺こうえんじ少尉は神倶羅かぐら大尉が戻り次第、Αアルファで出撃——その後指示を待て!」


「あわせて各機、三衛星の軌道共鳴発生時刻に達している事に留意した行動とせよ!」


『『『了解っ!』』』


 旗艦指令の命へ各々フレームパイロット達が復唱を返すと、クラッキングに関わらぬ旗艦内モニターへ複数の気焔が走る映像を捉える。

 上官の帰還待ちである赤き勇者も、思考を研ぎ澄ませて逸る気持ちを抑えようと努めていた。


 そう——その時点では襲う異常事態の方向性が、部隊の誰も想像だにしていなかったのだ。



》》》》



「軌道共鳴が始まれば、待機中の各フレームもすぐにソシャール護衛に付くだろう。だが実質、この巨大な潮汐力の影響下で自由に動けるのはオレ達の機体だけ——」


「さらに仲間の機体に万一があった際で、唯一力を発揮するのは深淵を渡る力を有するΑアルファ……それを踏まえて、綾奈あやなは優先的に帰還してくれ。」


「ええ、それは妥当な指示ね。了解……すぐにコル・ブラントへ帰還します。」


 軌道共鳴を間近に控えた予備臨時警報が鳴って後。

 観客が席から直通となる各シェルターへの避難に移る中、綾奈あやなへ先んじて機体へ帰還する様に指示したオレも観客誘導へ参加する。


 引き続いての展示のため一時的に交流スペースへ車両を待機させたまま、視界に映る黙々と誘導をこなすアシュリーの元へ向かった。


「ムーンベルク大尉……軌道共鳴の定刻が迫っている。君には学園生徒達を任せたいんだが——」


 と、声をかけたオレに何時もの鋭い視線をばら撒くアシュリーは——


「いちいちそんな事、言われなくても——ああ……もう、この子達を保護するのは私の任務だから、それは当然の成り行きでしょ?部隊長殿。」


 怒鳴りかけるも、背後に羨望を送る生徒らがいる事を察し……慌てて穏やかさを前面に押し出して来た。

 見る限り……と言うよりは、と感じたのは気のせいではないだろう。


「ああ、その確認を取ったまでだ。しかし——」


「初めてにしては鮮やかな仕事ぶりだな、学園生徒も……。流石はあの理事長が手塩に掛けただけの事はある。」


 恐らくアシュリーが皆を先導したのだろう——それを差し引いても、学園生徒……いつきの友人達の手際よさが視界で踊る。

 ひとえにそれはアシュリーが潜在的に持つ指揮官としての能力……彼女と出会ったいつきの友人達がそれに感化された形だろうと察した。


 そこに運命的な因果の気配を感じたが……まずはその良い点を現状に活かして貰うため——そのまま彼女の任務に期待をかけつつ、状況確認として会場を注視していた。


 そんなオレは決して警戒を怠っていた訳では無い。

 会場から多くの観客がシェルターへと避難する様——入念に確認する事で、万一の事態に対する備えと指示を思考に描いていた。


 直後に、月読つくよみ指令から発せられた緊急事態の報が届くまでは——


「サイガ大尉。潮汐力の影響と言うのは、ソシャール内までも及ぶものでしょうか。なにぶん我々は木星圏の超重力が未体験ですので……車両に対する備えに付いてお伺いしたい。」


 先ほどの開幕式で挨拶を交わした、地球が誇る次代のドリフトキング。

 その煉也れんや選手が問うて来た内容は、祭典前のドライバーズミーティングに差し込まれた宇宙人そらびと社会ならではの対災害安全規定の事と……彼の視界に映る、パドック各所に設けられた車体固定用アンカーで察した。


「ああ、確かに地上出身の者ではその概念が範疇の外だろう。ミーティングでも提示された通り……各所のアンカーへの固定は万一の備え——それも火急の事態に対する物だ。」


「ソシャールで生活する際当たり前となる生活範囲人工重力……それが失われた際に、移動物体や設備固定は必要不可欠だ。」


「な……なるほど。理解した——感謝するよ大尉殿。皆……メカニックと手分けしてマシン固定を始めるぞっ!」


 と、いつの間にか大尉殿の敬称に変更されたオレの意見で納得した煉也れんや選手——行為の必要性が理解に至った彼は、各選手とメカニックを先導して作業に入る。


 地上にいるのが当たり前の民には想像出来ない事だが、生活重力を失うと言う事態は宇宙に生きる民にとって死活問題であり……最も危惧すべき最悪の事態でもある。

 こと文化に囲まれる生活環境に於いては、あらゆる文化上の移動物体が重力のおかげで仮初めの大地……あるいは何かしらの


 しかし生活重力が失われた……さらにそれを急激に取り戻した場合——それら全てが、ソシャール内で過ごす民を襲う凶器となって降り注ぐ。

 それを考慮し、ソシャール内での移動物体は大方が固定前提の機構を備えていた。


「(ヴィークル——自動車を扱う者であるのが、速やかな理解に影響したな。車輪付きの移動物体輸送の際は、そこにかかる加減速——見かけの重力と呼ばれる力で容易く物体が移動する。)」


「(それが1トンを超える重量である自動車を扱うレーサーにメカニック——やはりと言うか、流石はその道のプロ……感嘆を覚えるな。)」


 煉也れんや選手の理解がもたらす速やかなる行動は、例えその非常事態が起きずとも……万一の事態に備えると言う宇宙人そらびとの感覚に勝るとも劣らないもの。

 それを目にしたオレはならう様に、己の相棒を偽りの大地へ固定しようと歩を進める――


 が……踏み出した歩みを止める様な通信が、突如として鳴り響いた。

 しかも端末への通信は旗艦からのはずが、映像をノイズで確認出来ぬ通信だった。


「何だ?ノイズ?……はい、こちらサイガ大尉――月読つくよみ指令?何か事態急変でも――」


『クオン!聞こえるか!察する通りの非常事態だ……そのまま通信を聞け!』


 想定はしていた。

 そうでなければ災害か敵対組織に関する何らかの事態――後者は現状可能性が薄く、どう見繕っても前者が有力とは思考に描いていたオレ。


 ――しかしそれが、……携帯端末に映らぬ、司令の鬼気迫る声色で悟ってしまった。


『すでに、ガリレオ三衛星の軌道共鳴時間に入ったこの時期に――そのイクス・トリムが、サイバー攻撃によるクラッキングを受けた!そして――』


 オレですら想定しない事態は、ソシャール内へ鳴り響く緊急避難警報が異常を知らせると同時――放たれた指令の言葉によって非情な現実を叩きつけて来たんだ。


『イクス・トリムが……ユミークル姫を名乗るサイバーテロリストに乗っ取られたっ!!』


「な……ん――!?」


 停止する思考。

 同時に脳裏を過ぎる己の言葉。

 他でもない、オレがお情けを掛ける様に発した……家族であって欲しいと願った者への言葉。


 月読つくよみ指令が放った言葉で停止したオレの思考を支配したのは、――

 今まさに内通者の疑いが掛かる宇津原うづはら シノ少尉の姿だった。



》》》》



 祭典の地イクス・トリムで熱狂を呼ぶ祭典ドリフトレースが開催される中。

 訪れる三衛星の軌道共鳴危険時刻。

 そのタイミングで襲った祭典の地イクス・トリム管制制御機関へのサイバー攻撃。


 と、――そして

 揃うべきではない三つの因果が揃った時――

 クラッキングによる管制制御停止にともなう異常事態が、そこに居る全ての民へ牙を剥いた。


 同時刻より――ソシャール イクス・トリムの

 イクス・トリムが……火山衛星イオの潮汐力を受け――


 木星が有する超重力の底へと落下し始めたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る