第101話 乗っ取られたイクス・トリム



「〔今回は生徒の社会体験依頼を企画して頂き、当学園としても誇らしき経歴となります。誠に感謝申し上げますわ、皇子殿下。〕」


「うむ、苦しゅうない!現紅円寺学園がこの楽園アル・カンデに存在する意義は、防衛軍に止まらず……皇王国本国でも極めて高い評価の元推移しておる。何よりも——」


「そこから卒業した生徒の社会貢献率は、ムーラカナに於いても随一 ——まさに今の皇王国を支える要として、ワシも認識しておるぞ?」


 非常事態発生からさかのぼる事30分ほど前。

 生徒達を軍からの出向である男の娘大尉アシュリーへ預け、別件を済ませるためと祭典の地内……要人用の客間へと訪れる暁の理事長咲弥


 管制室同フロアでそこから対面する位置にある客間へは、すでに訪れ待ちぼうけていた祭典の地代表の男性と……事を仕向けた張本人——皇王国の破天荒皇子紅真が話を切り出していた。


 その破天荒皇子へ対面する様に、豪勢なテーブルを挟んだ位置で車椅子を止め……光の映らぬ双眸で平に賛美への謝意を送る暁の理事長——しかしそこへ大袈裟に皇子を上げたてまつる事もない風格は、同席している祭典の地代表とは対照的でもあった。

 かく言うその代表は、唐突過ぎる皇子殿下の登場に我を忘れた様に硬直し——会話にすら参加できない醜態を晒す。


 そんな代表への皇子殿下は、定番とも言える発言で代表を弄り出してしまった。


「お主っ!理事長がこの様に柔らかな空気でワシと相対しておるのじゃ……そんな中でそのガチガチ感は解せぬ!まずその硬直した顔を破顔させぬか!」


 お約束とも言える、緊張した代表への無理難題を押し付けた破天荒皇子……同席する理事長も、それが他人を侮辱する様な行為で無いことは百も承知——

 が……今回ばかりはその労わりも空振りに終わる事を想定した理事長は、固まる代表のために助け舟を出した。


「〔皇子殿下、そのぐらいで。代表の出身は紛れもなく地上は日本であり……その地上人からする殿下の立ち位置は、です。ですので——〕」


「〔さすがに我ら宇宙人そらびとの様な対応は、まかり間違っても取るべきでは無い——それが地上人の……日本国に生きる民の常識ですので。〕」


「ぬぅ~~。この文化交流の地で、こちらの常識を押し付ける様な真似はむしろ恥ずべきじゃな……。代表殿、無理を申した!許せ!」


「あっ……いえっ!?滅相も無い!こちらこそ対応がおろそかとなり、申し訳が立たぬと感じた次第であり——」


 ごもっともな理事長の意見で眉根を寄せた破天荒皇子も、黒扇子を口元に当てつつ己の行き過ぎを恥じ——すかさず祭典の地代表へ深々とこうべを垂れた。

 だがその行為……地上は日本を故郷に持つ代表にとっては、まるで地上での天皇家が民を慮る際に見せる慈しみの意思を感じ取り——

 畏まりつつも、己が至らずを恥じる様に謝意を返す。


 その光景の隅で蠢く影、またしても破天荒殿下の足元で船を漕いでいた星の守人ドールである少女——しかし眠い目を擦りながら声を上げたのは、護衛の少女ではない……もう一つの人格の少女であった。


「ふぁ……あぁ~~おはようございますなのです、皇子殿下~~。あれ~~見た事も無い方が見えますぅ~~。そしてぇ……ここは何処なのでございますか~~?」


「ふむ?ワンビアではないな。珍しいのぉシバ、このタイミングでお主が目覚めるとは……。何かきらめきでも感じ取ったか?」


 今しがた目覚めた星の防人ドールである少女——護衛の少女であるワンビア・クレールトは、世に因果の乱れ……或いは危機が訪れた際の気配に聡い少女である。

 それに対するこの少女……シバ・シルエイティは、護衛の守り人ワンビアとは異なる点を感知する能力を有していた。


 彼女が目覚めた事に、いつもの険しさから離れた慈愛の双眸を向ける破天荒皇子へ——あの監督官の様なフワフワ感を醸し出しつつ、安らぎの少女が語り始めた。


「はいでございますぅ、皇子殿下~~。シバは先ほどから感じる命の息吹に揺り動かされ……とても清々しい目覚めを迎えたのでございますぅ~~。シバが思考するにはですね——」


「何と言いますか……まだ小さくはありますが、新たなる因果の道が生まれた様な——それも複数の道が、我らの行く末に幾つもの光の道を生んだ様なぁ……そんな感じでございますぅ~~。」


 安らぎの守り人シバの言葉で破天荒皇子は合点が行く。

 まさしく彼女が予見した、小さくとも新たなる因果に該当する存在——それは皇子もすでに口にした然るべき機関から生み出された物であったから。


「ふっ……聞いたであろう?暁の理事長よ。このシバめが語るは、宇宙そらに響く真理の音を聞く事で得た予見の語りぞ。その音にどうやら、暁の学園から産み落とされた運命が合流した様じゃ。」


「——じゃが……同時にもすでに察しておる。故に手放しでは喜べぬ所ではあるがの……。なれば我らは、その小さき未来のためにも——」


 破天荒皇子が陰りとの言葉を口にし……忍び寄る不穏への警戒をと続け様としたその時——

 祭典の地イクス・トリムへ鳴り響いたのは警報……だがそれは、ではなかった。


『代表っ……緊急事態です!たった今この地の管制システム中枢が、サイバー攻撃によるクラッキングを受けた模様っ!このソシャールが——』


『イクス・トリムが乗っ取られましたっ!!』


「ば……バカなっ!?どう言う事だっ!」


 突如として訪れた不測の事態に、動揺を隠せぬ祭典の地イクス・トリム管制官からの通信が要人用客間へと飛ぶ。

 当の祭典の地代表も、耳にした事態に思考が追いつかず――同席する破天荒皇子の存在を忘れた様に立ち上がっていた。


 仮にもそこは古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーの片鱗を宛がわれたソシャールであり、宇宙人そらびと社会の中でも最新鋭である宇宙駆ける大地のはずである。

 それが祭典の地イクス・トリムに於けるシステムの中枢を奪われる事態――まさに異常事態以外の何物でもなかった。


「詳しい状況を報告せよ!施設内の全てが奪われたと言うのか!?」


『……で、殿下!それが――』


 すでに思考が麻痺しかける代表に代わり、双眸を鋭く細めた破天荒皇子が応対し……返答を返す管制官。

 が、僅かに言葉が言い淀み――


『ソシャール施設に於ける現在乗っ取られた状況――ですがこれをご覧下さいっ!』


 詳細は乗っ取りを敢行したと思しき存在を見るが早いと、要人客間へその時点に現われた謎の現象をモニターへ転送する管制官。

 破天荒皇子も首肯のまま、送られた異常の本質へと視線を移した。


 そして客間モニターに現われたのは、クラッキングの大本であり――場違いも甚だしい映像であった。


『本当に……ざ・ん・ね・んですがぁ~~現在このソシャールは~~私こと、ユミークル姫が乗っ取っちゃいました~~!あ、でもでもぉ~~――』


『一応は~~無用な人の犠牲は出せない制約なんですぅ~~。な・の・で……災害緊急シェルター施設関係と通信管制は~~一切手を出してませぇ~~ん!きゃはっ☆』


「……なんじゃこの、無駄にテンションが突き抜けた映像は?それにこれは――3Dモデリングの類じゃのぅ。なるほど、読めたわ――」


 さしもの破天荒との呼び声高き皇子もドン引きする映像――が、間髪要れずその真相を見抜く様は彼が皇王族たる所以でもある。

 黒扇子を開き口元を隠した皇子……視認した事態に該当する物の確認のため、安らぎの守り人ドールの内に眠りしもう一人の少女を呼び起こす。


「シバよ、異常事態じゃ!意識をワンビアへと渡すが良い!」


「はいなのですぅ~~!それではシバは、再び意識の海で待機しておりますのでぇ~~――……ん……これはまた急な呼び出しにございますね、殿下。」


 皇子の言葉に応じる安らぎの少女は、速やかに意識をもう一人の少女へと引き渡し……僅かな間の後細めた双眸で護衛の守り人ワンビアの意識が少女と言う器を占拠した

 二つの人格を持つ彼女は、無用にそれらを入れ替える事で著しく体力と精神力を消耗する欠点が存在し―― 一方が表に出ている際は、意識の海に精神を沈める事で消耗を軽減する。

 ただ……皇子の護衛全般は護衛の少女が担当するため、その際任務上体力の消耗が大きくなり――転じて、安らぎの少女が表層意識を支配した折はおおかた彼女が睡魔に襲われる事となる。

 それはまさに、安らぎの少女が日常で船を漕ぎ続ける最大要因となるのだ。


 護衛の守り人の目覚めを確認した破天荒殿下が、早々に必要とされる解を要求する。


「お主は地上の文化に関するデータ……幾ばくかは所有しておろう!その中で現在イクス・トリムを占拠したと言う、3Dモデリング・クラッキングに該当するものは有しているか!?」


「はい、お待ち下さい……。該当あり——今モニターを占拠しているのは……地球のネット社会に於いて、一時期からムーブメントを巻き起こした民間出の技術——」


「バーチャルコズミックtubaチューバーと言う文化——その延長上にあるのが、このクラッキングを引き起こした存在と推測します。」


 少女の知覚領域に内包されたデータバンク。

 量子コンピューターを遥かに上回る膨大な情報蓄積回路は、宇宙人そらびと社会でも限られた一部しか知り得ぬ神世の技術——

 ——霊量子観測統合情報蓄積回路アリス・ネットワーク——

 観測者を中心に存在する星の守り人ドール全体で共有されるそれは、守り人達にとっての霊的な結びつきとされ……そこへ彼女らが見聞きした全ての情報が、随時蓄積される仕組みなのだ。


 さらにそれは彼女らがから、に近付く上での重要なファクターともなり得た。


「うむ……よくやった、ワンビア!漆黒が直接関わっている訳ではない様じゃな……ならばこのサイバー攻撃は奴らの攻撃目的からは遠ざかる!」


「……よいか!?このソシャールに及ぶ危険を鑑み……現在生きておるシェルター管制システムを介し、各シェルターのパージ準備を整えて置け!最悪——からの!」


 鋭き考察が、あの聖剣艦長月読防衛軍の要天城……さらには優男の総大将フキアヘズの如き先見の明を見せ付ける破天荒皇子は——

 常に最悪を想定した思考で……文字通り最悪の事態を口にし——祭典の地イクス・トリムを守護する者達へ言い様のない絶望を刻み付けていた。

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