第32話 太陽系内縁航路へ



「両【霊装機セロ・フレーム】の着艦を確認――至急格納庫ハッチを閉鎖します!」


「よし!【聖剣コル・ブラント】全艦へ――これより【マス・ドライブ・サーキット】が本艦を射出する!重力相殺を掛けるが、相当量の衝撃が来る――各セクションへ対ショック体勢への移行を通達せよ!」


 パタリと止んだ敵部隊の追撃――からの、威嚇ではあるが超大なエネルギー光の襲来。

 太陽系内縁への出航準備は万端であった――そこへ最大級の不安を背負っての【聖剣コル・ブラント】射出となってしまう。


 加速射出される際の、艦への電磁干渉発生の恐れを考慮――さらには射出速度を上げるために反電磁フィールドを形成。

 これはΩと同様の、【統一場粒子クインテシオン】ジェネレーターを使用している【聖剣コル・ブラント】機関から選択抽出可能であるため、艦を覆うレベルのフィールド発生には問題無い。


 電磁干渉の影響が無い非常電源を用いた、最低限の動力で通信等を行う現在――機関の大半の出力をフィールド展開へ配分している。

 その状態であると精密なデータ観測等にも支障を来たすため、最大級の不安の正体追求は無事太陽系内縁へ射出が叶った頃となる。


『これより【マス・ドライブ・サーキット】より、本艦は射出されます!各員艦内における全区画のセーフティー・ルームにて待機して下さい!――ルーム内での対ショック体勢を怠らないように!繰り返す――』


 通信を通し、ヴェシンカス軍曹が速やかなる対応を呼びかける。

 セーフティー・ルームは艦内の重要設備近辺へ、必ず設置されるシェルターとも言える設備。

 宇宙空間――こと太陽系内において活動する場合、通常は艦のL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーによる設備の恩恵で日常を難なく過ごせるのだが、一時的に太陽が活発化する時期が存在する。

 活発化した太陽は強力な太陽風――電磁気の嵐と、膨大な量の放射線を太陽系全体の、届く所まで解き放つ。


 一般的に太陽風は到達先で星間物質へ変化するとされ、その風が到達する限界面を〈ヘリオスフィア〉と呼称する。

 仮に地球までの太陽風到達速度で言えば、太陽が放った時点から電磁波では30分弱――放射線でなら半日後に到達するのだ。


 そのエネルギー総量は通常放つ太陽光を遥かに凌駕するため、L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーの塊である【聖剣コル・ブラント】であっても全ての放射線が防ぎきれるとは限らない。

 セーフティー・ルームはその場合、臨時の核シェルターとしての役目を果たすのだ。


「ほらピチカ急ぎなさい。すぐに射出開始されるわよ?」


「ワカッタのだローナ!アンゼンかくにん、よし!なのだ!」


 医療区画の華麗なる女医と可愛い未来の女医も、その区画に準備されたセーフティー・ルームへ移動――厳重なロックをかけ、対ショック体勢を取る。


 医療区画傍セーフティー・ルーム――【聖剣コル・ブラント】の中でも最も多くの人員を収容出来る作りは、流石命を救う最後の砦。

 彼女らはそのスタッフ用区画へ待機した。


「艦内各員より、全員の対応を確認!指令っ、いつでもどうぞ!」


 各ルームよりロック完了と準備完了を示す反応が、艦内システム管制担当グレーノン曹長のデスク――モニター上へ次々と表示され射出準備が整った。

 先の戦闘――あわやの威嚇はあった物の、敵対者の撤退を確認した今ならそちらの危険は低下した――それでも警戒態勢を最高レベルで維持、万事おこたりなく事を進める。


「よし!【マス・ドライブ・サーキット】管制官へ、こちら【聖剣コル・ブラント】艦長月読 慶陽つくよみ けいよう……準備完了だ、射出開始願う!」


『【聖剣コル・ブラント】艦長声門確認……承認が完了しました!」


『これより特務救済防衛艦【聖剣コル・ブラント】を射出します!良い旅をっ!』


 管制官より正式な承認が届き――敬礼と共に担当者の凛々しく見送る姿がモニターを照らし、回線が閉じる。

 それを合図に【カリスト】衛星軌道を取り巻く光のリングが、流れる電流を電磁力へと変換――今までで一際強く輝くと――


 【聖剣コル・ブラント】――400mを超える巨大な物体が、まるで自動小銃の放つライフル弾の如く弾き出された。

 光のリングは【カリスト】全周を覆い、エンド部は行き先によって微調整されるが、大よそ衛星の反対側へ位置する。


 これほど巨大な物体を射出するのは確かに管制側でも未知の経験ではあったが、事前の艦情報から何とか必要なデータを抽出出来た様で、何事もなく400m超えの巨艦が猛加速する。


 反電磁フィールドが加速による電気抵抗で加熱――【聖剣コル・ブラント】は艦外温度上昇を反応として表示し、加速中の巨艦はさながら火の玉となる。

 同時に重力相殺をかけてはいるが、艦内各所へ加速運動によるが強烈なきしみとなって現れる。


 そんな中、この艦へ搭乗する数少ない未成年の隊員――ピチカ・モアチャイ伍長は、この電磁加速による射出の苦痛を諸に食らうハメとなる。


「ロー……ナ!これ――ちょっとキツイ……のだ!」


「少しの辛抱よ。頑張って!」


 前もっての通達を行ってはいたが、幼い少女には過酷であるため女医が万一のために付き添った形だ。


――そして――

 電磁加速された巨艦は、ついに木星の超重力圏を脱出する第三宇宙速度まで速度を上げ――太陽系内縁へと放たれた。

 電磁フィールドを形成していたミストル・フィールドがその役目を終え、電子の光をきらめかせながら【聖剣コル・ブラント】の後塵と変わり行く。


 これより救いし者セイバースと呼ばれた勇者達が、一路――木星・火星圏間アステロイド帯へ向け、その航路をとるのだった。



》》》》



 この様な形で日の目を見る時が来ようとは、想像だにしなかった。


「艦長……存外この……電磁加速てのは、キツイ……ですな!」


 今まさに我等が乗艦する居城――それすらをも内包する巨大艦が、木星の超重力圏脱出のための加速中。

 我等が誇る暁型第六兵装艦隊単体では、まかり間違っても叶う事の無い木星圏外活動。


「この程度で音を上げる気か貴殿は!……ならば、あの我等がほこる精鋭にでも通信してみろ!」


「その目が覚めるぞ!?」


 暁型艦隊の指令塔となる三番艦〈イカヅチ〉艦橋――対ショック体勢でうめくブリッジクルーの弱気へ喝を入れながら、自身も同じく耐え続ける。


 ソシャール【アル・カンデ】では、それこそ数々の救命活動を行って来た。

 軍部の連中が不可能だとなげいた現場から、いくつもの尊い命を救い出した。

 子供から老人――健常な者もいれば、一刻を争う致命的な傷を負った者もいた。

 それでも我等の任務はただ救う事――それ以上でもそれ以下でもない。


 しかし――いくつかの若者は、その決して世間では知られる事の無い日陰の任務、愛想を付かして去る者もいた。

 それはそれで構わない――適材適所、華やかな任務が似合う勇者も居れば、今在籍する隊員の様な黒子こそ生涯の務めといそしむ苦労人も居る。


 だがこれは――この任務は恐らく日陰所の話ではない。

 ともすれば、この太陽系全土に鳴り響く世紀の活躍となるやも知れない。

 そう考えて思うは――我が隊の隊員を磨き上げた甲斐があったと言う物。

 ようやっと彼らを日の当たる任務へ導ける――その思いが、これから先の危険極まりない任務への原動力となっていた。


『艦長!何ですかこれは……こんな無茶苦茶な出陣は聞いていないですよっ!胸がたかぶります!!』


 我が暁型艦隊の救急隊がほこるお嬢が、耐えかねて通信してきたか。

 無茶苦茶と言いながら胸がたかぶるとは――相変わらず無い胸……ゴ、ゴホン!勇ましい度胸だと感嘆する。


 シャム・シャーロット――暁艦隊、救急隊のトップエリート。

 彼女の訓練に着いて行ける者は、十人にも満たぬと言われる鬼教官にして現役の部隊長。

 誰もがあの小さな体から、あれだけのエネルギーが出るものかと不思議がる――小さな巨人を地で行く少女隊長だ。


 140cmにも満たぬ身長で、何故この救急隊の試験を合格したのかは謎(一応宇宙救命設備等使用上の関係で、160cmからの規定が存在するはずだ。)だが最早、彼女抜きには我が暁艦隊を名乗れぬ程の存在を示す。


 前髪から肩にかかる後ろ髪までを、すっきり切り揃えたほぼ赤の髪質に、幼子と見間違う程のくりっと見開くも鋭い眼差しルビーアイ

 体型もこれまた幼子と見間違う程の、上から下まで抑揚無きスッキリし過ぎた胸の無……ゴホッゲホッ!――スリムな体型。


『今から我等の晴れ舞台!この腕がうずきます!ああ、誰か救いを求めている人は居ないですかね!?』


 気がはやり過ぎだ、ばか者……(汗)

 よりにもよって、そんな不謹慎な言葉を隊員の前で言い放つな。

 彼女は悪気があってそれを口にしているのではない――それは分かっているが、隊の上に立つ者としては問題だ。


「シャーロット中尉、口を慎め。すぐに旗艦が【カリスト】から太陽形内縁へ出る。それまでは、隊員全体の士気を落とさぬ様注力せよ!」


 はやりすぎて暴走しそうなお嬢へ釘を刺す。

 彼女は部下へも厳しいが、己を律する事も出来る有能株。

 だが、任務に必要性を感じれば臆する事無く具申ぐしんする。

 それで救われた命は数知れない。


 訪れる救急隊のあでやかな舞台――しかし、任務のには非情なる過酷さが想像に難くない。

 きっと救えぬ命もあり――その度に我等は涙を呑むだろう。


『よし!艦長からのお達しだーーっ!お前達、【カリスト】より抜けるまでは任務の内だ――心して待機せよっ!あと誰だっ、私の背が……胸がちっこいと言ったのは!――どうせ小さいぞ、こんちくしょーーっ!』


『『誰も言ってません!中尉殿!』』


 通信の先から、お嬢の部隊が発するコントめいたいつものやり取りが心地よい。

 途切れぬ気合いが彼女の部下を――そしてブリッジクルーまでもをたかぶらせる。


 そんな通信に反応した私は、「ちっこい」と思考した事を思い出し――わずかな冷や汗に額を濡らして、耐え抜く時間を過ごしていた。 

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