第30話 蒼と赤を司る女神達



「あの機体は灼銅しゃくどうのスーパーロボットと称される者――Σシグマフレーム=【臥双がそう】!機体出力と、そこから繰り出される攻撃は太陽系のフレーム中でもトップ5の破壊力――」


「油断できないわよっ!」


 私はこのΑアルファに搭乗し、いつもの様に格闘少年のサポートに従事する。

 思えばこんな少年が、【霊装機セロ・フレーム】の搭乗者に選ばれたと言う事に疑問が尽きなかった。

 機体コンセプトはともかく、一介の学生が戦場に出る事は地上――日本出身の自分としては想像も出来ない。


 少なくともC・T・Oに配属され、Αアルファ搭乗者――紅円寺こうえんじの名を聞くまでは。


 宇宙そらに来てどれくらいたったかは忘れたけれど、紅円寺こうえんじの名はすでに【アル・カンデ】では知らぬ者はいない総合格闘技の名門。

 けどその時はすでに、紅円寺こうえんじ流の総師範である紅円寺 陽善こうえんじ ようぜん氏は引退していた。


 何でもその腕に治療不能な程の大怪我を負い、格闘家生命に支障が出た事が原因とされているが、私も詳しくは知り得ない。

 天才格闘家と言われた総師範――その名を継ぐ者がΑアルファへ搭乗すると聞いた時、胸の内で思い出したくない過去が頭をもたげた。


 ――Αアルファと言う機体への搭乗を目指した私は、日本を守護せし三神守護宗家から逃げ出した者。

 名のある実力者に敗北した、負け犬だったから――


 強襲者を前に過去への感傷に浸るのは止めよう。

 訪れたミッション――今は出来る事に集中、私が受け持つ格闘少年のバックアップに全力を尽くす。

 少なくとも私がこの場所を選んだんだ。

 自分の中にある気持ちを、ベストで望む。


いつき君、深淵しんえんを渡る力は取って置きなさい!むざむざ敵に、まだ未完成である秘技をご披露する時では無い――」


「これも修練の内――耐えて見せなさい!」


 自分でも何を偉そうにと歯がゆくなる。

 けど心を押し殺し、Αアルファのメインパイロット――、赤き機体と意志を通わす少年への策を伝える。


『了解ッス!綾奈あやなさん、外部スラスターを戦闘用モードBで調整頼みます!』


 最初はあの戦狼と相対するだけで翻弄ほんろうされていた格闘少年は、まだほんの少しの時間を越えただけ――それでも何とか様になる機体操縦技術。

 再び襲来した、先の戦闘を上回る力を手に入れた戦狼と、外部スラスターと言う慣れない装備で迎え撃つ少年。


 その恐ろしい成長速度は、私の心へ小さな棘を打ち込んでいた。



》》》》



 すでに到着した敵の増援に、赤と蒼の騎士が接敵――激しい交戦状態へ突入していた。

 不可視の狩人が早々に撤退したとは言え、むしろ状況は今の方が救いし者セイバースにとっては危険であった。


「敵隊長機及び砲撃手の機体は、修理と改修こそ行っていますが――それでもこちらの【霊装機セロ・フレーム】が圧倒しています!……てか、目新しいのはあの【臥双がそう】だけだし……。」


 例によって例の如く、オタクパワー全開少女の宇津原うづはら少尉が指令への観測データ報告――プラス、敵部隊の新メカ不足による貧相さへの愚痴を零す。

 流石に自重を願いたい程の機械オタクぶりである。


「バーゾベルが要するフレーム搭載能力では、それが限界だろう――だが少なくとも、【アル・カンデ】襲撃時よりは戦力的にみても充実させて来たな!」


 宇津原うづはら少尉が、指令の立つブリッジ中央パネル前へ送った情報。

 現在交戦中の敵勢力、各機体データが複数のパネルモニターへ投影――そこよりすかさず状況分析を終える指令月読つくよみ


 【ザガー・カルツ】隊長機――エイワス・ヒュビネットの搭乗するは、クロント・ボンホース私設部隊でも標準とされる機体〈ディザード・マイスターズ〉。

 大破後大幅な強化改修が施されてはいるが、外見上での著しい機体性能向上は無く、あくまで強化に止められている。


 指揮官機としての兵装に追加された強化カスタムによって、推進力と火力上昇が見られるくらいか。


 砲撃手が駆るのは〈ディザード・ランチャー=H・Wヘビー・ウエポン〉隊長機と同じく標準機体と登録される。

 重火線砲主体であるのは変わらず、こちらも推進力強化が見える。


 それらのデータより――戦狼を赤きフレームへ張り付かせ、残りは蒼きフレームへ向かわせる戦略と取れる。


 【ザガー・カルツ】の戦力との戦力差は、一見救いし者セイバース側が【霊装機セロ・フレーム】と言う特殊機体を扱う時点で大幅な有利性がうかがえる。

 しかし、敵対者は戦略的な破壊行動を目的としているのに対し――救いし者セイバースは防衛行動のみが許された選択であり、さらに言えば未だ中央評議会への委細説明と正式な部隊としての認可了承を終えていない。


 その状況もあり現実的には戦力が劣っているはずの敵対者と、実質均衡が取れていると言わざるをえないのだ。


「管制官!【マス・ドライブ・サーキット】のエネルギー充填率はどうだ!」


『こちらM・D・Sマス・ドライブ・サーキット管制!前倒しした事で、幾分早めの充填が進んでいます!――しかしあと45%……いえ40%で充填完了です!』


 管制塔への通信により現状確認―― 一分一秒を争う状況。

 その中にあって【聖剣コル・ブラント】は戦略兵装としての承認前であり、攻撃所か動く事すらままならない巨大な的状態。

 まさに蒼と赤の機体頼みの防衛戦である。


 指令同様、ブリッジクルー――さらには、手をこまねいているしかない救急レスキューチームも待機しつつ聖剣の騎士達に全てを委ねていた。

 この衛星【カリスト】を超えられなければ、まさに何も始まらない―― 一身一対の防衛戦が時間だけを刻々と削り取って行くのだった。



》》》》



 最初は誰もに無謀とそしられた。

 ううん――きっと宇宙そらで暮らす人々は、そんな事は思ってもみなかったに違いない。

 けど地球と言う、この宇宙人そらびとが営む世界から隔絶されたかの大地で生きていた私は、他人の思考をマイナスに捉えるのが当たり前になっていた。


 だから、ただがむしゃらに――自分は夢に向かって進んでいると言い聞かせ、Ωと言う機体に関わる任務をこなして来た。


 そんな中、念願のC・T・Oに配属されて耳にした噂。

 Ωオメガはかつてたった一人の英雄によってこの深淵しんえんの宇宙へ、蒼き雷光をく夢として舞い上がったと――


 何も知らない私は、その英雄の武勇を聞き、打ち震え――もうΩオメガを扱うと言う夢のステージしか見えなくなっていた。


「クオンさん!やっぱり現状のリアクター安定状況は低迷――今発動出来る機体出力は、木星及びカリストの潮汐力が影響し推定最大出力の60%を下回ります!」


「了解した!ジーナ、引き続き出力特性のデータ記録を頼む!」


 極めて不安定な機体出力――目を放せば、途端に各位相でゲージ粒子のバラつきが生じ、同位相でのエネルギー伝達不良が発生する。

 四大元素との別名を持つ【統一場クインテシオン】――各エネルギー状態が常に安定している事で初めて、Ωオメガは最高の力を発揮出来ると理論上は弾き出されている。


 それが最大出力の60%を下回る現状、本当によく動かせているものだと感嘆を覚える。

 きっと自分とこの蒼き英雄は、そもそも住む世界が違っていたのだろう――思考で無理矢理納得させながら任務に当たる。


 そう――今はただ任務に全力を賭さなければ、中央評議会のあるセレスにさえ辿たどりつけない。

 眼前のちゅうへ無数に浮かんだ数字と、プログラムによって変動を繰り返す規則と不規則を行き来する羅列――明滅がモニター群を目まぐるしく照らす。

 その変化を余す事無く情報として蓄積するため、思考と視線が舞い躍る。


 たった60%に満たぬ出力でさえ、この機体は雷光を後塵とし――深淵しんえんへ縦横無人の軌跡を描きながら、敵隊長機と砲撃手のS・V-Fシヴァ・フレーム翻弄ほんろうする。

 まだ【聖剣コル・ブラント】からの帰還命令が無い中で、深淵しんえんほとばしる雷光の中――私はただひたすらに、辿たどりついた夢のステージで舞い続けた。


 ほんの少しの身体の変調すら気付かぬ程に――



》》》》


 

 灼銅しゃくどうが赤き機体と交差する――同系色に彩られるは、さながら二対の赤い流星。

 猛然と宇宙を駆ける灼銅しゃくどうの力は【霊装機セロ・フレーム】に迫るほど。


 装甲が滑らかな曲線と、鋭い直線で形成される双振りの豪腕。

 我流とは言え、戦狼のボクシングに近似する格闘スタイルによって、その豪腕は近接から打ち込まれる戦艦の主砲のていを成していた。


「(くっ!?この機体、とんでもない――撃ち負ければ、軽く関節ごと腕を持って行かれる!)」


「(綾奈あやなさんは耐えてみせろって言ったけど、こいつをミストルフィールド無しで裁ききるのは至難だって!)」


 思考でパートナーの無茶振りに愚痴を零しながらも、その動きは赤き機体の腕部より一回り大きな戦艦の主砲を連想させる拳撃――それを寸ででかわし続ける。

 【聖剣コル・ブラント】の甲板で申し訳程度にこなした修練は、早くも格闘少年と赤き【霊装機セロ・フレーム】の感覚的な繋がりに変化をもたらす。

 拳を一つ戦狼へ撃ち込み――戦狼の一撃を一ついなす度、開いていた機体との感覚の距離が縮まるのを少年は感じていた。


『どうした赤いの!ちったぁこなれて来たって奴か!?――その調子で俺を楽しませてみせろっっ!!』


 戦狼のあおりにも平静を崩さぬ格闘少年とΑアルファフレーム――【聖剣コル・ブラント】へと至る最終防衛ラインを見事に守り続ける。


 その視界の先――距離にして1000と弱。

 蒼き軌跡が雷光の様にきらめきながら、二つの敵機を相手取る。

 大破後の改修で大幅な強化を受けるも、僅かにΩオメガへ届かない――対してΩオメガは、その機体の心臓部がせいで勝負を決める決定打を撃ち込めない。


 結果――敵部隊との戦力的な均衡が取れると言う、皮肉な現状を生み出していた。


 交戦が泥沼化の様そうをていし始めた時、蒼と赤の攻防の後方――衛星【カリスト】衛星軌道上。

 半物質化された電磁レールが、輝きの最高潮へ至る――それを待ちわびた者が、来た!とばかりに通信担当の少女へ命を飛ばした。


「頃合だっ!各【霊装機セロ・フレーム】へ通信、急げっ!」


「了解しました!」


 指令の指示はすぐさま通信オペレーター、翔子しょうこ・ヴェシンカス軍曹により未だ交戦中の騎士達へ届けられる。


『【聖剣コル・ブラント】の射出準備完了!各【霊装機セロ・フレーム】は大至急帰還せよ!繰り返す――』


 救いし者セイバース達が太陽系内縁部への旅路へ着くまでの時間が、その通信を境とし――急速に近付く事となる。

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