第22話 深淵を渡る者(前編)



 【アル・カンデ】を出航してから程なく、【聖剣コル・ブラント】の船体オモテ付近へ長くせり出した――つるぎで例えるなら剣先の少し手前。

 通常クルーが立ち入る事のない展望区画にオレは来ていた。


 船体のほぼ先端に近い事から、何処どこまでも深く広がる宇宙そらを艦内でじかに感じられる場所――本来姿の管制室が後方に位置している区画でもある。


 いろいろあったが、自分はこうやってこの宇宙そらに帰って来た――その実感を得たいがためにここまで足を運んだんだ。

 暗き深淵しんえん何処どこまでも続き、油断すれば魂までも引き込まれる無限とも思える漆黒の世界。

 もしこの世界に一人絶望の中取り残されたら、人はもろくも崩れさってしまうだろう――自分達が向き合う宇宙災害コズミック・ハザードとはそういう物。

 そのことを改めて肝にめいじなければ、【霊装機セロ・フレーム】に手を触れる事すら許されない。

 みずから足を踏み入れたのは、そういう世界であると言う認識を改めて確認する。


「まあ、どうなさったのですか?こんな離れた区画で――今皆さんは、あの格闘少年様の自己紹介中の様ですよ?」


 不意に背後で可愛らしい声が響く。

 声の主は技術管理監督官殿――うしろたばねたツインテールを、ふわふわ揺らしながら近くへ歩みよる。

 ――けど、自分は知っている――そもそもこんな区画に、意味も無く監督官が出入りする訳がないから。


「ここはオレ以外誰もいないよ。――無理にその人格を取る必要もないんじゃないか?」


 自分の知る姿の者へうながす。

 残念ながらその者との面識は長い――引きこもっていた時、何処どこからともなく現れ――だた独り事を語っては消えて行く。

 その内に何か親しい友人の様な感覚が芽生えたのを覚えてる。

 本当なら、自分の様な者が易々やすやすと声を掛けてはいけない存在のはず――そんな事は、にとって詮無き事みたいだったが。


「ふむ、そうじゃな……。まあここならわらわも気を張る事もない。」


 先ほどまでは普通の空気感――突如として膨れ上がる霊量子の波動イスタール・ヴィヴレード、その発現場所は他でもない監督官その人。

 ツインテールの監督官であった者が、別の人格に取って代わった様に口調を変える――いや、これが彼女の本来の姿。

 監督官と言う人格は別に存在しないという訳ではなく、そちらも必要に応じて姿を現す。

 ただこの姿――【観測者】の姿を見せるのは、ごく限られた人間にだけらしい。


「マンションに現れた時に独り事で言ってたな。けどその姿だったから、一瞬分からなかったよ……。」


「いたし方あるまい。わらわが低次元で――且つ長時間安定して存在するためには【星霊姫ドール】の媒介が不可欠じゃ。 一応リヴとしての姿がメインになるから、そこはよろしく頼むぞ?」


 オレと親しげに話す少女は【観測者】――その正体は人類の行く末を管理する存在、リヴァハ・ロードレス・シャンティアー。

 彼女が言うには、元々人類に啓示を与える赤き蛇【リリス】であるとの事だが、それは地球は地上にある宗教的な書物の一説であらわされる内容ゆえ、本質的な所はオレもよく知らない。


 その彼女が物質界――低次元界と呼ばれる3次元以下の場所で存在するために、媒介として【星霊姫ドール】と呼ばれる【観測者】に仕える霊的ガイノイドが必要らしい。

 ――そもそも、何故そんな高次の存在が3次元にわざわざ現れる必要があるのかは、世界の状況が関係しているとの事だった。


「あんたが、この艦の監督官に姿を変えると言う事は……オレ個人と言うよりも、この艦――【聖剣コル・ブラント】に関わる全ての者に厳しきごうが降りかかる……そんな所か?」


 予想はしていた――Ωオメガに乗った自分だけでは、事が済むはずは無い。

 必ずそこに関係する者が長期的な視野でも、何かしらの動きに巻き込まれる――大局的に見れば、Ωオメガという機体にこの艦全ての者が関与せざるを得ないのは明白だった。


「ほほう?やはり視野の広がりが大きくなっておるのう。――ならば目覚めも、それほど遠くはないようじゃな。」


 まだその時は、彼女【観測者】が言う≪目覚め≫の意味をよく理解してはいなかった――が、それこそが自分に課せられた途方もなく大きなごうである事実。

 再び歩き始めたばかりのオレには想像すら出来なかった。


「あまり長時間、無意味に席を外す訳にもいかない。一旦皆の所に戻るが――あんたはここに?」


「ああ、わらわの事は気にするな。せいぜい皆との交流を取り戻して来るがよい。こちらの不在は――まあ、監督官は多忙とでも伝えておいてくれるかの?」


 うなずきながら、【観測者】である監督官殿を尻目に艦内移動用貨物車へ搭乗する。

 長大な艦内ゆえ、直線距離が長い大通路は貨物車両での移動が主となる。

 そして車両終点の居住区画付近まで、オレが一先ひとまずの移動を終える頃――【観測者】の少女が、遠き姉妹とのコンタクトを取っていたのはオレに知るよしもなかった。



》》》》



「始めまして!先の作戦では皆さんのサポートも虚しく……敵部隊からの猛攻に耐えるのが精一杯だった、紅円寺 斎こうえんじ いつきです!これからもよろしくお願いします!」


 格闘少年が多くのクルーの前――聞き方によればなんともみじめな演説混じりの自己紹介を始めていた。


 ここは大プライベートルーム、【聖剣コル・ブラント】に搭乗するクルーがせめて交流を深められる様、出航前に緊急で設けられた区画でもある。

 ともすれば、大パーティー会場にも変貌しそうなほどの大ホール。

 そこでみじめな自己紹介をあいさつで締めくくる格闘少年。


 ――しかし、そこにいた者はみな彼の奮闘ぶりを目撃している。

 絶体絶命、その中で頼みの蒼き英雄が間に合うまで、決して砕ける事無く敵の攻撃を全て受けきった最強の盾――少なくともここにいる、【聖剣コル・ブラント】クルーの目にはそう映っていた。

 そして守られたのは彼らクルー――どこに少年を責める意味などあろうものか。

 少年が自らを傲慢ごうまんに勝ちほこる事無く、己の失敗を悔やみかえりみている姿は好感すら覚えているだろう。


「よっしゃ!格闘少年の、ちょっとみじめな自己紹介も済んだ所でここは気軽にパーティーでも――」


 さっそくその自重する少年をいじり倒そうと、自重しない整備長が歓迎会をとあおろうとした時、ゴキンッ!と鈍い音が響いた……気がした。

 整備長のすねに格闘少年のパートナーである大尉の女性――その足がめり込んでいた。


「ぬ……ぐおう……!?神倶羅かぐら……大尉、あんた……ぐぅうう!」


「ああ~ごめんなさい!あなたの足が目に入らなかったわ~。」


 どっ!と笑いがれ出す。

 うめきながら、すねを押さえる涙目の整備長マケディ――これは自業自得という物であろう。

 何より格闘少年が搭乗した赤き機体には、この大尉も同乗していたのだ。

 彼の操縦の未熟をいじって許されるのは、自分――神倶羅 綾奈かぐら あやなだけと整備長へ軽い制裁を加えたのだ。


「さあさあ皆、格闘少年君の自己紹介も終わった事だし、ここは一つ歓迎会といきましょう!」


 うめいて役に立たないマケディ軍曹を尻目に、変わって見目麗みめうるわしき身体に白衣を揺らす女医ローナ――エンセランゼ大尉が乾杯の音頭を取る。

 歓迎会というフレーズは決して冗談ではなく、C・T・Oのメンバーが伝統的に行う行事である。

 大ホール急設の裏には、なのではなく――文字通り目的があったのだ。


 その証拠にクルーの前に並ぶテーブルには、所狭しと料理の数々が並べられる。

 ただ、この任務の重要性や危険度を考慮し、いつもよりは簡素に食せるクイックフードをメインとしていた。

 それは緊急時、それらを電光石火で片付けせねばならぬ、料理班への配慮も兼ねていた。

 流石に時と場所はわきまえているはずだが、そもそも任務中にパーティーをもよおす時点でわきまえているかどうかが怪しい。


「飲み物は渡ったかしら?それではこの航海の安全と、いつき君の歓迎の意を込めて――乾杯!」


「「かんぱ~~い!!」」


 宇宙は宇宙人そらびとにとっての海であり、長い航行プランの任務では通常――航海を願うもよおしも行われ、それがこのパーティーの意にも含まれていた。

 少なくとも、わきまえているかもしれない・・。


 格闘少年がみじめな自己紹介のわりに、人だかりに包まれ賞賛の波が再び押し寄せ――対応でしどろもどろになる中、一人この大ホールを離れていた英雄がひょっこり戻って来た。


「あっ!サイガ大尉、これ飲み物です――さあさあこっちへ!」


 戻った英雄を見つけるや否や、同じく蒼き機体に搭乗したブロンドの少女がパタパタと走り寄り飲み物を手渡す。

 まだ幼さの残る手で、英雄の服の袖を掴むと半ば無理矢理にメインの料理が並ぶテーブルへ迎える。


 少女としてはその英雄がこの場にいる事を誰よりも喜び、誰が賞賛せずとも自分だけはそれを暖かく迎え入れる――そんな気持ちがもっていた。


「……相変わらずだな……この何でもパーティーへ結び付けるノリは……(汗)」


 恐らく蒼き英雄もその片鱗を、8年前以前にも体験していたのだろう。

 未だに続けられる伝統にいささか呆れ顔ではあるが、自分はそんなクルーの気兼ねなさに救われたのだろうと感じ、あえてその輪に足を踏み入れた。


「あら、皆さん楽しんではりますか?ただ節度は守って頂けるとありがたいんやけどな~?――ああ、これはおおきに。」


 時と場所をわきまえているかどうかが怪しいパーティーへ、まさかの来客――【アル・カンデ】管理者が登場した。

 あろう事かこの催事さいじ――この管理者が企画したのだが、今後のスケジュール調整に時間を取られ、皆より遅れての参加となっていた。

 それに気付いた、数少ないブリッジクルーとなる男性陣――各救済艦隊管制を担う優男、ロイック・フリーマンが管理者へ飲み物を差し出した。


「ちょっと!私らにはそういう配慮がなかったけど、水奈迦みなか様は特別なのっ!?」


 目撃した女性クルーから喧々囂々けんけんごうごうの抗議の声が上がるが、そ知らぬ顔で管理者の女性をあからさまな紳士的振る舞いでエスコートする。

 ああ――背後で、女性陣のやっかみが聞こえてくる痛々しい惨状。


「あぁ~……この部隊――俺がいた部活なんて非じゃない……かも……(汗)」


 この部隊は、パーティーの一つを取っても只事ではなくなる騒がしき集団である――その事実を目の当たりにした主役の格闘少年は、先が思いやられると乾いた笑いしか浮かばなくなっていた。

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