第4話 その女性、過激につき



「……嘘っ……また……?」


「こ……この警報……最近多くねぇか……?」


「ああ……C・Hコズミック・ハザードだ……多分な……!」


 今まで、休み時間気分だった学生達の表情が途端に強張る。

 彼らも当然ながら、宇宙そらで災害に立ち向かいながら生きる人々の一員なのである。


「みんな、部活は中止だ……早く帰って避難の準備を!あまり時間をかけるなよ!」


「お・おぅ……分かった……!」


「分かってますよぉ……!」


 先ほどの調子とは打って変わった厳しい表情、部長である斎が避難準備を部員に投げかける。

C・Hコズミック・ハザード時、非常事態を除き充分な避難時間が稼げる場合は、ソシャール階層ブロックの奥に位置する住宅区域への避難が推奨される。

 

 複数の防御隔壁及びブロック・パージ・システムを配置、二重三重の避難経路を設けてより安全に避難できる様設計されているためである。

 その避難経路を元に、注意警報発令時の避難マニュアルに沿って、学生も退避行動を取る様教育されている。


 あかつき改め紅円寺こうえんじ学園も例に違わず、カリキュラムに要教育科目として位置付けられており、それに合わせて学園そのものを住宅区近隣へ建設、避難時間の短縮を図っている。


「武術部……いるのか!?」


「先生っ……大丈夫今帰らせます……!」


「おお……そうか……頼むぞ!各自、連絡網で情報確認だけは忘れるなよ!?」


「はいっ!」


 駆けつけた見回り教員も、手分けして各部活動を確認して回るのが見え、いつきも避難準備を進めながら教員に声を返す。


「よし……忘れ物はないな……!」


「女子大丈夫か……、手伝うぞ……!?」


「あ……いえ……大丈夫です!」


「――!」


 全員の状況を確認しようと、武道館から出たいつき――ふと何かの気配を感じ、傍にある来客用駐車場に目をやった。


「おい……いつき何やってんだよっ!」


 目をやった方向に顔を向け、目配せだけで少年部員に「先に行ってくれ。」と合図する武術部部長。

 その意図を理解した少年も「早く逃げろよ。」の意志を、手を挙げて伝え避難を始める。


 そして改めて気配の方向に視界を戻すと、そこに一台――中型サイズのスポーツカーが、ドアを上方に跳ね上げて停車していた。


 そのフロントフェンダー部にもたれかかる様に、一人の女性が立っている。


「あなた……、紅円寺 斎こうえんじ いつき君……で間違いないよね?」


「そうだけど……あんたは……?」


 ふいに問い返す――少年はこの女性に全く面識が無かったから。

 背はいつきより頭一つ分低い程度で、長い黒髪が背中にかかるその女性は、格闘少年に名を確認した後さらに続ける。


「ごめんなさい……、名乗りが遅れました。私は神俱羅かぐら……、C・T・O所属・・神倶羅 綾奈かぐら あやなです。」


「C・T・Oって……、ウチの学園の専科先……。そのあんたがいったい何の用だよ……。」


 少年には聞き覚えがある言葉――言わずと知れた紅円寺こうえんじ学園での、専科先でもっとも選ばれる科の一つ。

 多くの学生が、宇宙そらを夢見て訓練候補生に名乗り出る、超有名専科である。


 が、疑問の過ぎった少年は、すぐさまそれを目の前の軍所属女性に問い返す。


「つーか……さっきの警報……。C・Hコズミック・ハザードが起きたんだろ?……あんたも行かなきゃいけないんじゃ……!」


 当然の疑問だった。

 災害対策軍の軍人が災害発生時――避難誘導ならともかく、なんのために自分の前に現れのんきに会話をしているのか。

 

 その困惑する格闘少年に向け、神倶羅かぐらと名乗る女性は困惑の度合いを、さらに深める様な言葉を続ける。


「違うの……、あの警報は……C・Hコズミック・ハザードとは別の物……。」


「別の……って、そんな……C・Hコズミック・ハザード以外に何があるってんだよ!」


「ボンホース派閥って……聞いた事ある?」


「……知ってるケド……でもそれがいったい……。」


 訳が分からない少年。

 近年新進気鋭の派閥が台頭して来た――授業で先生から聞いたうろ覚えの情報。

 いったいC・Hコズミック・ハザードと何の関係があるんだという思いが巻き起こる。


 その深まった困惑の中にある格闘少年が、次の――眼前の女性が発する言葉に戦慄せんりつを覚える事となる。


「――レムリア系レゾナ族……オアネス衛星国内派閥……。クロント・ボンホース派【反融和政策軍ボンホース・イレーズン】。」


「今……この【アル・カンデ】はBS・Eボンホース・イレーズンのある部隊から、……テロ行為同然の攻撃を受けています。」


「【アル・カンデ】が……攻撃……されてる……?」


「ええ……、我々が運用する対C・Hコズミック・ハザード用フレームではまるで歯が立たない、戦略兵装の有人機体でね……。」


 思考が停止する少年。

 それは千年近くの間、大戦からは無縁であった【アル・カンデ】に住む者にとってあり得ない事態。

 

 その間にも神倶羅 綾奈かぐら あやなは言葉を続ける。


「以前から地球――我々の故郷との共存に反対抗議などはあった……。けど――あからさまな武力行使は……これが初になるわ……。」


 ボンホース派は台頭し始めた同時期――皇国要人関係施設を始め、ひいては地球方面融和政策軍に対して、幾度と無く抗議声明を出していた。


 場合によっては、戦闘寸前の挑発行動も行っていたほどである。


 事態を重要視した、皇国政府中央方面支部主導の中央評議会(火星~木星間小惑星帯宙域に設置)は、レムリア・アトランティス連合国政府にオアネス衛星国への緊急調査を要求――至急事態の収拾を図る様通告した。


「おまけに……、攻撃に使用される機体……SV・Fシヴァ・フレームは開発当初から戦略兵器として開発された【反融和政策軍ボンホース・イレーズン】の。」


 しかし、レムリア・アトランティス連合国では、地球――地上世界の内乱・紛争に感化された、一部の独裁政権星州がボンホース派の動きに同調。


 その結果、矛先は中立区である【アル・カンデ】にまで向けられる事態となったのだ。


「今は時間が惜しい……。単刀直入になってしまうけれど……。」


 神倶羅かぐらは腕の時計を確認し、緊急で駆けつけたい思いを抑えながら――目の前の格闘少年に交渉を試みる。


紅円寺こうえんじ君……、あなたにΑアルファ……霊装機セロ・フレームに乗って貰いたい。そして……私達のソシャールを護ってほしいの……!」


「セロ……フレーム?」


 いつきは頭の中で記憶を必死に呼び起こす。

 授業の中で聞いたはずの霊装機セロ・フレームといわれた物。

A・Fアームド・フレームをベースにしながらも、基本思想から使用動力源に至るまでまるで別物の機体の総称。


 その性能は、A・Fアームド・フレームを遥かに凌駕りょうがする有人機体の先進系。

 だがその特殊性故に、乗り手をいちじるしく制限すると――授業で受けた知識がおぼろげに浮かぶ。


「(……オレが……、霊装機セロ・フレームで……。ソシャールを……皆を護れる……!)」


 それと共に少年の脳裏に呼び起こされる、遠い記憶の欠片。

 宇宙が見える展望公園――父と母に寄り添われ、幼いながらに一つの大きな夢を描いていた事を。


『(父さん……ボクね、いつかあの宇宙そらに行くよ!……宇宙そらでね、皆を護れるぐらい……強くなるんだ!)』


 その夢を、両親も期待の眼差しで聞き入っていた。

 脳裏に再び蘇る思い――あの時より少しだけ成長した少年。

 またとないチャンスを提示する、その女性の言葉に被せる様に自らの意志を――思いを解き放った。


「これは強制ではないから、返事だけ……」


「一つ聞いていいか?……そいつに乗れば……宇宙そら……、見られるんだよな?」


「……宇宙そらを……見――?」


 勧誘中――突然の突拍子もない質問に、一瞬話を詰まらせた神倶羅かぐら

 だが、すぐにそれが勧誘を成功させる決め手と察し、その通りの意も込めて返答した。


「ええ……。じゃあ……来てくれるんだね……?」


 勧誘を無事終えた神倶羅かぐらはすぐに、乗り付けた愛車に少年を誘導する。


「急ぎましょう、これに乗って。」


「え?……あ、はい。でもこの車で行くんですか……??」


 応じてその車に近づく少年。

 だが少年は一瞬たじろいだ。


 助手席から覗いただけで、見るからにスパルタンな光景。

 小径ハンドルに一体型スポーツシート。

 後部座席以降の内装が剥がされ、むき出しの鉄板。

 そこに張り巡らされるロールケージと呼ばれるバー。


 さらに宇宙そらとしては、アナログにしか思えないメーター類がダッシュボード上に整然と設置される。


「(うわっ……、何だこれ……??)」


 少年の中に、ささやかに呼び起こされる雑学知識。


「(ああ、なんか【アル・カンデ】内で一番はやってるスポーツって……、モータースポーツだっけ……?ってかこれ……ガチすぎじゃね……!?)」


 本来宇宙そらのソシャールにおいては、ガソリン系内燃機関の自動車は、内部の大気循環に対する影響から禁止されている。


 しかし、そもそもこの宇宙の文化圏では一般人が、自動車を所有するだけの余裕が存在しない。と、言うより所有する理由が無いのだ。


 交通機関の基準が、ソシャール所有の列車ないし宇宙船であるため、不思議に思うのも無理は無い。

 

「発着場付近は敵侵入により警戒態勢がひかれてるから、そこより離れた臨時駐車場へこれで……。って、これは宇宙製の車よ?それほど珍しい物かしら?」


 シートのハーネスを装着しながら、ガチマシンに乗る女性は少年の疑問に疑問で対応する。


「……いやでも……、スポーツタイプなんてなんで持って……」


 格闘少年がさらに疑問をぶつけようとした時――キュルルルッとスターターが唸ると共にイグニッションが点火。


 改造された排気マフラーが爆音をかなでると、突然の音にビビリながら少年は、ふと忘れていた情報を口にする。


「あ……確かフレームパイロットって……」


「ガソリンタイプのスポーツカーの所持……許されてるわね。」


 その腰が引けてる少年に追い討ちをかける様に、神倶羅かぐらはクラッチを切りギアを後退バックへ――


「ついでにもね……☆」


 余裕の一言を放つと同時に、アクセルを激しく空ぶかし――いっきにクラッチをつなぐ。


「えっ!?ちょっ……、それ後退バックーーーっっ!!?」


 少年の叫びも虚しく、そのスポーツカーの後輪がスキール音をかきならす。

 大量のタイヤスモークを上げると同時に、猛スピードで後退を始める。

 

 そのままハードブレーキ――同時にハンドルを切り込む。

 、フロントを裏門に向けスライドし急停車。


 一呼吸置いた神倶羅かぐらが助手席を見ると、後退風景を拝む間も無く目を回した少年の姿が映る。


「……やば……ちょっとやり過ぎた……?」


 明らかにちょっと所ではない、やり過ぎ隊員女性はその反省もどこ吹く風の勢いで愛車を加速、C・T・O本部へと走り去るのだった。 

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