第2話 過去に蝕まれし者



「……知ってるかい?あの区画の噂……。」


「……じゃああれが……。いったい誰なんだろな……。」


 ソシャール第3区画、防衛軍事設備近郊にあるエリア。

 軍事関係者が多く居住する事でも知られているそこに、最近妙な噂が流れていた。


 各居住施設は、軍設備を中心に幾重にも重なっており、その設備からソシャールを下方に貫くパイピング・カタパルトにより有事の際、速やかな防衛行動が取れる構造となっている。


 防衛行動――それは主に【宇宙災害コズミック・ハザード】に対してであり、防衛軍はその災害におけるエキスパートで構成される。


 災害防衛軍事機構、【アル・カンデ】にて呼び称される【対宇宙災害戦略防衛機構】アンチ・コズミック・ハザード・タクティクス・オーガニゼーションはソシャールコロニー防衛が最優先とされる。


 その体制から、同時代の地球・地上世界における日本でいう所の自衛隊に近い組織である。


 しかし、大きな違いとして皇国軍と民間協力団体が共に活動するという点が挙げられる。



》》》》



 第3居住区の外れ、大部分が無人となっているマンション。

 そこに2年前からめずらしく男性が引っ越してきたが、その住民は引きこもりとの噂である。


「……あそこに越して来た男、外出したのを見たこともないぞ?」


「知ってる……!怪しいよな……。」


 当のマンションはさしずめ、その男性の貸切だと言われていた。

 時折マンションの一階駐車場で、地球製ガソリン式エンジンの自動車が爆音をとどろかせるなどして、なお更人が近づき難くなっていた。


 ふと一人貸切マンションの一室――人影が一つ、扉を開け部屋に入っていく。

 そこは言わずと知れた、引きこもりと噂される男の部屋である。


 どこか遠い眼の男は、無造作に上着を机に投げ捨てると、留守通信を知らせるランプの光に、わずかに眉をしかめながら通信電話のスイッチに触れる。


 殺風景で一般的な2DKの部屋の中、冷蔵庫から清涼飲料水を取り出す男。

 留守通信に映る人物に、またかというイラつきの中聞き流す。


『もしもし……あの、サイガ大尉。……メレーデン曹長です。』


 サイガ大尉と呼ばれた男が小さく反応する。


『また……戻ってきてください。C・T・O・・軍の皆も待っています。……それじゃ……。』


 軍の下士官と思しき、まだ未成人の頃だろう少女が録画画面の中――必死の心を抑えながらの、説得の言葉を残していた。


 宇宙においての年齢基準は、地上と異なっている。

 肉体の成長に対し精神面の成長が非常に早いため、精神年齢を実年齢基準とする事。

 また肉体成長が遅い上に長命という特徴を持つ。


 基準として地上の年齢1歳が宇宙人そらびとでは2歳分の肉体年齢に該当する。

(地球に程近い火星の公転1回が、地球の二年に相当する事に由来している。)

 ソシャールが公転数の異なる惑星に点在しているため、各惑星圏で認識に多少の誤差が確認されるが、おおむねそれが基準である。


 さらに長命で記録された最高年齢は、地上年齢で180歳を越える者も確認されている。

 その事から一部の地域では、宇宙人そらびとを【エルフ】と呼称する場合もあるのだ。


 録画画面に映った下士官の少女は、地上年齢における12~14歳に相当する様だ。


「ったく……、何度も何度も……。オレはもう……あの宇宙そらには戻らない……。」

 

 通信電話に録画された少女の声もむなしく、サイガと呼ばれた男は再び自室に閉じこもってしまった。

 その目はどこかうつろで、何もかもに絶望し自暴自棄な態度でベットに腰を下ろす。


 自暴自棄な男が腰を下ろしたかたわれ――ひっそりとかざられる写真立て。

 そこには今まさに、自暴自棄になっている男の過去――雄々しい蒼き機体の前でほこらしき笑顔を見せるサイガ。

 軍事関係者とは少し異なるいでたちの人々に囲まれ――さらに隣り合う一人の少年の姿を写す。


 通り過ぎた過去――それを記憶した写真は、ただ男と共にゆっくり時を過ごしていた。



》》》》



 謎の部隊はすでに、ソシャールの修繕工事区画――格納庫に取り付き、侵入を開始していた。

 緊急事態に対し、A・Fアームド・フレームで応戦していたが修繕作業用の機体では、当然歯が立つ相手ではない。


『ハッ……!』


 重火線砲撃用に特化する機体――構えた超射程火線砲が出力の高まりと共に荷電粒子を集束……放つ一閃は、眼前の止まった様な的に狙いを定めるまでもないとなぎ払われる。

 勢いのまま吐き出される集束火砲の弧を描く薙ぎ――瞬く間に打ちのめされるA・Fアームド・フレーム

 無重力区画で一度舞い上がった煙が空間に止まる事が出来ず霧散していく中、一機が全壊をまぬがれ破損した機体を引きずりながら立ち上がる。


 が――霧散する煙を猛然もうぜんとかき散らす機体。

 拳に微細な超振動をともなう薄発光のフィールドをまといながら、もう一機の【シヴァ・フレーム】が高速で詰めた間合いから一撃で、死に体のA・Fアームド・フレームを爆砕する。

 格闘型を前面に押し出した様な機体の一撃に、すでに半壊している目標は成す術も無く粉々になる運命だ。


『いいぜ!今だ……隊長……!』


『上出来だ……、アーガス……ユーテリス……!』


 息もつかせぬ鮮やかな連携は、見事なまでに隊長機を目標まで導く。

 その一連の動きは、明らかに戦闘訓練を受けた軍人のそれである。


 強い個性をそのまま込められた機体のせいか、動きが一見バラバラ――だが、全てを隊長格であるヒュビネットが想定した上で作戦行動を行っているようだ。


『なかなか厳重な防備だが……、無人機ではこの程度だな……!』


 ヒュビネットが搭乗する隊長機、SV-W・F シヴァ・ウエポン・フレーム001-CSCは他のフレームと基本設計を同じにしつつ、指揮官機としてレーダー通信・探知の能力を大幅に強化したレーダー角を複数本頭部に装備。

 それに加え、射撃及び白兵戦に特化させた兵装と、バランスを考慮しつつ機動性を大幅に向上させた万能機と推測される。


 そして一番の特徴が、漆黒を基調とした機体カラーに各部エネルギー集光部が明るいグリーンに発光した、ひと目でその隊長の機体と確認出来る仕様である。


 部下が開いた道――何の事はない関門であった。

 隊長機は後方になびく機体推進システムが放つ帯――その光塵を吐き出しながら、瞬く間に格納庫奥両開きの大型扉・ミラー搬入ゲートに、手甲粒子ビームブレードを突き立てる。


『各機散開、目標地点までは各々で指定された箇所の破壊に努めろ。――ああ、一応言っておくが、また余計な事には手を出すなよ?』


 念入りな指示を飛ばしつつ、アンノウンは【アル・カンデ】内部への侵入を続行した。

 だが、その一部始終は【アル・カンデ】防衛のかなめであるアンチ・コズミック・タクティクス・オーガニゼーション――通称 C・T・Oによってモニタリングされ、対抗手段の画策がなされていた。



》》》》



月読つくよみ指令……!第6ブロックへ〔アンノウン〕フレーム侵入……!」


「ミラー搬入ゲート損壊……なおも目標は内部へ移動中!その侵攻中に【アル・カンデ】内部の、軍関連施設まで攻撃されている模様!」


 C・T・Oソシャール内統合指令本部。

 コロニー中央に存在する軍事施設――誰もが予想だにしない事態。

 その中にあって、本部指令を努める月読 慶陽つくよみ けいよう大佐は、レーダー担当の女性オペレーターから発される言葉を冷静且つ速やかに処理――そして命を下す。


「機体コード特定、急げ……!」


「はい……ただ今照合中……これは……!?」


 一瞬R・Oレーダー・オペレーターの声が詰まる。

 そこにありえない照合結果がはじき出されていたからだ。


 驚愕しながらもR・Oレーダー・オペレーターはすぐさま命を下した指令へ状況を報告する。


「ボンホース・イレーズン【ザガー・カルツ】所属……、【シヴァ・フレーム】です……!」


「……クロント・ボンホースの……、私設部隊……だと……!?」


 統合指令本部内がざわめいた。

 クロント・ボンホース派は火星圏レムリア・アトランティス連合内で、最近台頭してきた派閥である。

 だがその勢力の全容が不透明で、実態が謎に包まれていた。


 出身も定かではない、代表者クロント・ボンホースが議長として取りまとめている事。

 さらに最近追加されたフレーム規格を最大限盛り込んだ【シヴァ・フレーム】を、自らが出資・配備する私設部隊に投入し戦略武装化を進めていた事。

 ごく一部の公式情報だけでも、各国家間で懸念材料ばかりが知られていた。


「皇国経由でライブラリ照合!あの派閥の近年の動きも洗い出しておけ!この先どう転ぶか分からんからな!」


 まさにその懸念されていた派閥の私設部隊から襲撃を受けている事実に月読つくよみ指令は目を――耳を疑った。


 しかしこの月読つくよみという男――その事実に右往左往する事はない。

 その鋭い観察眼は状況を見据え、すぐさま現状に必要な命令を本部全体へ下して行く。

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