異世界経験は良い意味でも悪い意味でも人生を変える

@Mayuri_Mikami

第1話

「八雲、夜更かししすぎても毒になるわよ? 勉強するのはいいけど、ちゃんと寝なさいね」


 カッ、カッと時計の針が進む中、その一定のリズムを壊すように扉越しに母さんが話しかけてきた。

 勉強に集中して聞こえないと思ったのか意外と大きな声だ。

 こんな夜に大声出したら近所迷惑だろうに。

 俺の名前は榮倉八雲えいくら やぐも

 埼玉にある県立高校に通う高校三年生だ。

 自分で言うのもなんだがそこそこ優等生だと思う。

 まあ、一年生の時にとある病を患ったせいで友達がいないから勉強が捗るだけだが。

 その病の一般的な症状は「俺の右目が疼く」と言ったり自分は特別な存在だと思ってるってとこか。

 何の病かは言わなくてもわかるだろう。

 ……思い出すだけで恥ずかしいな。

 もちろん今は完治してるぞ、多分。

 話を戻すが、そんな友達のいない優等生な俺は志望校である東京大学に受かるためにこの夏休みにさらなる学力アップを狙っている。

 というのも俺はあの大手IT企業、アッ〇ルに就職したいと思っている。

 なぜ就職したいかとかは少し長くなるから語るのはやめておこう。

 集中は切れたがちょうど喉も渇いたし少し休憩しよう。

 軽く背伸びをしながら時計を見てみると時計の針は夜中の一時を指していた。


「もうこんな時間か」


 そんな独り言を呟きながら椅子を立ち、飲み物を取りに行こうとドアノブに手をかける。

 刹那、足元が眩く光りだした。

 咄嗟に下を向くと俺の足元を中心に日本語でも英語でもない、見たこともない模様が円を描いていた。

 まるでファンタジーに出てくる魔法陣のように。


「な、なんだ!? いったい何が――」


 何が起きているのか理解が追いつかず思わず声を上げる。

 が、その言葉は一層強く光り始めた魔法陣にかき消されてしまった。




***




 目を開けると埃を被った沢山の家具が目に飛び込んできた。

 左右に見回してみても同じように埃を被った家具が置いてある。

 さっきまで自分の部屋にいたはずじゃ?

 まさか異世界転移とか!?

 いや、普通に考えてそれはないだろう、一体何が……?

 そんな思考を遮るかのように後ろから可愛らしい声が聞こえた。


「やった……! やりました、ついにやりました!」


 その可愛らしい声に導かれるように振り返る。

 そこには紺色をしたダボダボのローブを着た背丈の短い少女が橙色の長い髪を靡かせ嬉しそうに飛び跳ねていた。。

 その身長から察するに十歳くらいだろうか。

 か、可愛い……。

 じゃなくてなんでこんな場所に子供が?


「子供……?」


 その言葉にさっきまで嬉しそうに飛び跳ねていた少女が如何にも怒ってますと言わんばかりに腕を組んで頬を膨らませた。


「むぅ、私は子供じゃありません。全く最近の若者は……」


 おっと、地雷をぶち抜いてしまったか。

 何やら暴力がどうとか物騒なことを口篭っているし。

 というかなんかドス黒いオーラを纏い始めたんですけど!?


「ご、ごめん。えっと、君は何でここに? というかここは一体……?」


 こんなに小さい子供が知るわけないよなと思いつつも、もしかしたらという希望を込めて聞いてみる。


「まあ、ストピちゃんは優しいので仕方なく、仕方なーくですが許してあげちゃいます」


 う、うぜえ……。

 前言撤回、可愛いと思ったのなしで。


「でも状況がわからないのは仕方ないですね。召喚したのはこのストピちゃんですし責任を持ってちゃんと説明しますよーっと」

「ちょっと待って、召喚ってどういう――」

「はーい、じゃあ始めますねー。まずこの世界についてですが――」


 止める間もなくストピと名乗る少女の話が始まってしまった。

 話というよりマシンガントークだな、話しかけても無視して話し続けていやがる。

 仕方ない素直に聞いておくとするか……。




 十分後。

「――というわけなんですよぉ」


 長々と話していたがまとめるとこういうことらしい。

 魔法が使え、様々な種族や魔物のいるこの世界、オーデンで異例のスタンピードが起きたそうだ。

 魔王――成人男性の五倍の力を持つ聖騎士が五十人同時に戦っても勝てるか危うい程の強大な力を持つ魔物の王。

 スタンピードの中にその魔王に匹敵する力を持つ魔物が数体目撃された。

 通常のスタンピードであれば凄腕冒険者や中心都市コポジの聖騎士団によって速やかに対処されるが今回は異例中の異例。

 その上主力になりうる凄腕冒険者は一人残らずレッドドラゴンの討伐に向かっており、三つある聖騎士団の内の一つも凄腕冒険者と共にレッドドラゴン討伐に向かっているしている始末。

 そんな絶望的な状況の中コポジの王様、ルイスがある提案をした。

 勇者召喚、異世界から勇者を呼び出し手を借りようと。

 他に打開策などあるわけなく満場一致で勇者召喚されることになった。

 そしてストピにその勇者召喚が依頼されたとのこと。

 しかしここでなぜこんな幼く馬鹿っぽいストピに依頼が、と疑問に思った。

 というか子供に依頼するか?

 そう質問するとストピは「ストピちゃんは二百三十八歳の魔女ですよ? 当たり前でしょう?」と平然と返された。

 俺にはただの子供にしか見えなかったんだが……。

 まあ、そんなことは置いといて。


「ここまでの状況は分かったが……」


 こんな話が転がり込んできたらほとんどの人は勇者としてちやほやしてもらえると期待すると思う。

 だが俺は既に将来のことを決めている。

 正直な所それが揺らぐくらい魅力的な話ではある。

 頭の中で葛藤を続けている俺を見てストピは心配したのか「勇者様……?」と上目遣いでこちらを覗きこんでいる。

 でも……やっぱりストピには、この世界には悪いがこんなことで俺の人生を壊すわけにはいかない。

 心は痛むが断ろう。


「……ごめん、申し訳ないけど元の世界に戻してほしい」

「えっ……?」


 俺が言ったことをすぐに理解できなかったようでストピは目を見開いていた。

 が、すぐに気を取り直し俺の足に縋りつきながら懇願してきた。


「だ、だめです! 勇者様に助けていただかないと人類が滅んでしまいます!

「すまん……」


 ……この世界の命運がかかっているんだろうに自分のことを優先して断るなんて自分勝手だな。

 申し訳なくてストピを見れない。


「……」

「……」

「なら」


 唐突にストピが口を開いた。


「なら、せめて王様に会ってくれませんか? そうすれば気が変わるかもしれません」

「……分かった」


 自分勝手な理由で断るんだ、それぐらいはするべきだろう。

 ストピはその返事を好機と考えたのかとても明るい表情で、


「それじゃあ、早速会いに行きましょう! 案内は任せてください!」

「ああ、任せる」




***




 あの倉庫のようなに物が沢山ある建物――ストピの家らしい――を出発して緑ヶしく生い茂る森を歩き続けること約二時間。

 辺りは暗くなってきておりただでさえ薄気味悪かった森が一層不気味になる中、小さく開けているところでストピに尋ねた。


「まだ着かないのか?」

「はれ? この方角で合ってると思うんですけど……」


 どうやら迷ってしまったらしい。

 どうにかして今いる場所か方角が分かればいいんだが……。


「今どこにいるかとかわかるか?」

「分かりません。うぅ、ごめんなさいです……」


 その時、少し離れた茂みでガサガサと物音が聞こえた。

 薄暗くてよく見えないがよく見てみるといくつかの小さな人影が動いている。


「人か?」


 でもこんな時間に物騒な森になんか来るか?

 すると続けてグギャグギャ、と不快な声が聞こえてきた。


「いえ、この声はゴブリンです。危険度は高くはありませんが念のため下がっていてください」

「ああ、わかった」


 何ともいえない高揚感を抑え込みながら後ろに下がる。

 ゴブリンと言えばスライムと同じくらい有名なモンスターだ。

 そんなゴブリンと遭遇したのだ、高揚するなというのは無理だろう。


「見ていてください、勇者様。これが魔法の力です!」


 妙に目をキラキラさせたストピがこちらに振り向きながらそんなことを言ってきた。

 こいつ、何か企んでるな。

 おおよそかっこいい魔法をみせつけてここに残りたいとでも言わせたいんだろうな……。


 そんなことを考えているとストピは物音のした方へおもむろに手を向け言葉をつむぎ始めた。


「焔より熱いマグマの如き灼熱よ。我が魔力を持って敵を焼き尽くせ。――”フラムオビュ”」


 刹那、ストピの手を中心に魔法陣が描かれ、とてつもない速さで爆炎が放たれる。

 放たれた爆炎は導かれるように一直線に物音のした茂みに向かい、ぶつかるその瞬間凄まじい熱風を撒き散らしながら爆散した。

 爆散した場所から三メートル程離れているにもかかわらず焼けつくような熱風が襲ってきた。


「ふぅ、こんなものですね。どうですか勇者様!」


 満足げに額の汗を拭きながら余裕そうにこちらに振り返った。

 情けないことに俺はその凄まじい光景を見せられ呆然とする他なかった。


「勇者様、大丈夫です?」

「あ、あぁ大丈夫だ。凄いな……」


 魔法ってこんなにすごいのか!?

 正直想像以上だ。

 俺も練習すればこんな風に……いや、戻るって決めたじゃないか。

 魔法より将来の方が大事だ。

 大学に入ってアッ〇ルに入って……よし、もう迷わないぞ。

 というかやけに熱いような?


「って木燃えてるじゃねえか! 水、水!」

「わああ!? すみませんすみません、今消しますぅ!」




***




 その後ストピが水の魔法を使い火事になるのを防いだ。

 のだが、その水の魔法も凄かった。

 何がって大量の水で火を消したまではよかったが今度はその水で溺れかけた。

 何というかストピの魔法は規模がとても大きかった。

 俺を召喚する必要があるのかと疑問に思うほどだ。


「というかこんなに凄い魔法があるなら転移魔法とかありそうなんが……」


 そんな独り言を聞いたからかストピはビク、と小さく肩をすくめた。

 なにか見つけたか?


「わ、私転移魔法使えます……」


 今なんて言った?

 転移魔法が使える?


「なんでそれをもっと早く言わなかったんだ!?」


「す、すみません! その、滅多に使わないもので忘れてました……」


 数時間しか一緒に行動してないがストピがドジっ子だということは存分に分かった。

 だってこいつ何かあるごとにドジするんだもん。

 でもこればかりは仕方ない、そう割り切ろう。


「はぁ、まあいいや。じゃあお願いするよ、ストピ」


「はい、お任せください! では失礼してっと。汝、時を空間を司る精霊よ。我、空間と空間を繋ぐこと望む。――”テレポート”」


 テレポート、そう聞こえた瞬間目の前が真っ白になり何とも言えない不思議な感覚に陥った。

 まるで水の中で浮いているような感覚だ。

 そして時をおかず目の前が明るくなったと思うと同時に落ちた。

 落ちた感覚ではなく文字通り落ちた。

 尻もちをつき痛た、などと言いながら目を開けるとまるで物語や絵画に出てくるような豪華な謁見の間が目に飛び込んできた。

 床には真っ赤で長い絨毯が敷いてありその終わりには玉座があり長く白いひげを生やした年配の男性が堂々と座っている。

 いかにも王様という感じなんだがその長いひげのせいで優しそうという印象が強い。

 その背後には高級そうなメイド服を着た女性が数人、怪訝そうな視線をこちらに向けながらも無言で立っている。

 その鋭い目線に思わず萎縮してしまう。

 するといつの間にか隣にいたストピが小刻みに飛び跳ねながら手を振り始めた。


「王様ー! 勇者様の召喚完了いたしましたー!!」

「む、その声ストピか? 依頼してから長い間見ないゆえもしや何か起こうたと思うていたが杞憂だった様じゃな。して、話がしたいがそろそろ晩食の時間じゃ。先にどうじゃ?」


 晩食と聞いてそういえばお腹空いてたなと思い出す。

 すると隣からくぅ、と可愛らしい音が聞こえてきたので振り向いてみると耳まで赤くしたストピがお腹を押さえて苦笑いしていた。


「ほほ。相変わらずじゃな。では行こうかの」


 そう言われ王様と共に謁見の間を後にした。




***




 一時間後、洋式の長方形で長いテーブルが部屋の大部分を占める煌びやかな部屋で食事を終え,先程の謁見の間に戻ってきていた。

 ちなみにストピはご飯を食べ終わってすぐに寝入ったからここにはいない。


「早速じゃが本題に入ろうかの。ストピからは話は聞いておるのじゃろう?」


「はい。異例のスタンピードが起きたから助けてほしい、と」


 ただここで断ると思うといささか申し訳ない。

 厚意でここまでしてもらったのに断るというのは自分勝手が過ぎると思うがそこはこちらにも事情があると割り切ろう。


「そうか、やはりそっちしか知らんか……」

「そっち?」

「その、なんじゃ。スタンピードは数日前に鎮圧しての」

「鎮圧……?」


 予想外のことを言われ、つい呆気に取られてしまった。

 でもストピはそんなこと言ってなかったぞ?

 もしかして魔王に匹敵する魔物がいたっていうのは誤報で簡単に鎮圧できたとか?

 

「少し詳しく聞いてもいいですか?」

「よかろう。では最初から話すとするか」




 王様の話をまとめてみるとこういうことらしい。

 時は二ヶ月前に遡る。

 その日、ストピに依頼を出し聖騎士団の招集や冒険者への呼びかけなど出来る限り全てを対策し始めた。

 一か月かけて対策し終えたもののその一か月の間、ストピからの連絡は来なかった。

 さらに一週間、二週間と待つが連絡はない。

 しかも最悪なことにその二週間の間にスタンピードは対処せざるおえないところまで迫ってきていた。

 選択の余地なく巨多の魔物達と対峙することとなった。

 聖騎士も冒険者も国民も皆がみな、自分の国は自分で守るのだと協力し合い戦い続けた。

 そして昼夜問わず戦い続けること三日目、唐突にそれは現れた。

 全長三十メートルを超える熊を一口で飲み込む程大きな鮫型の魔物グランスクアーロ、別名地上のごみ箱。

 それは人や魔物に限らず木々や城壁すらも飲み込み、戦場を荒らして去っていった。

 結果、多くの犠牲者を出すことになったがスタンピードの鎮圧には成功した。

 忘れていたが日本に戻す方法があるのか聞いてみるとひどく時間も手間もかかる召喚の魔法と違いすぐに準備は軽く済み、今からでも転送できるらしい。

 というか時間も手間もかかる召喚の魔法が無駄になったということか。

 なんというか、ご苦労様です。


「それにストピからどうしても戻りたい理由があると聞いておる。本来ならばここに残って復興を手伝ってほしいと言うところなんじゃが、そこまで人手が足りないわけでもない」

「じゃあ……元の世界に戻してくれると?」

「そうじゃ。それと何か欲しいものを言うてみるがよい。事情があったとはいえこちらで無駄な時間を過ごさせてしまった詫びじゃ」

「詫び?」


 帰してもらえるだけで満足だったんだけどお詫びまでくれるとは。

 欲しいと思ってたものがあるから丁度良かった。

 日本で使えないだろうが記念にはなるだろう。


「それじゃあお言葉に甘えて。魔導書をいただけませんか?」

「ほう、魔導書とな。それは一体どうしてじゃ? いや、詮索はやめておこうかの。」


 いや、そんな大層な理由じゃなくてただほしいだけなんだけど……。


「では、セバス。最上級の魔導書を用意するのじゃ。転送の魔法も忘れずにの」


 いつの間にか王様の背後にいた”セバス”と呼ばれた執事は「かしこまりました」と軽くお辞儀をして王座の間から出ていった。

 というか本当にいつ王様の背後に立ったんだ?

 もしかして元々そこにいてステルスとか気配を消す何かを使ったのか?

 まあ、分からないから置いておこう。


「さて、勇者様よ。こちらの食事はどうじゃった?」


 唐突にそんなことを聞かれた。

 食事か、それじゃあ素直に……。


「とても美味しかったです」


 そう、ここの食事はとても美味しかったのだ。

 どの料理も見た目、味と共に完璧に近かった。

 もしこの料理が日本の高級店で出されても引けを取らない程だ。

 少し気持ちが揺らぎそうになったのは秘密だ。


「そうか。それは何よりじゃ」

「国王様、準備が整いました」


 さっき出ていったセバスが辞書みたいに大きいな本を持って王座の間に入ってきた。

 って準備終わるの早くないか!?

 そういや準備はすぐ済むって言ってたな。

 そしてセバスは真っすぐにこちらへ歩いてきて「こちらが魔導書になります」と大きな本を渡してきた。


「あ、ありがとうございます」


 本を受け取って……って意外と軽いな。

 三キロはありそうな見た目なのに持ってみると一キロもないかもしれない。


「では勇者様、そろそろ転送の魔法を開始するぞ。無駄な時間を過ごさせて悪かったの、セバス」


 セバスは「ハッ」と軽くお辞儀をして二歩後ろに下がり言葉を紡ぎ始めた。


「あらゆる空間を統一せし精霊よ。我が魔力を用い、改変しかの者を元いる場所へ戻したまえ。――”オーヴォイエ”」


 刹那、俺の足元を中心に眩い光を放ちながら魔法陣が描かれ始めた。

 これこっちに召喚される時とほとんど変わらないな。

 そう考えてるうちに気が付くと自分の部屋に立っていた。

 左右見渡しても一寸も違わない、俺の部屋だ。

 時計を見てみると針は六時を指していた。

 右手に持っている大きな見た目に反して軽い本を確認して、


「本当に帰ってこれたんだな」


 そう呟くと緊張が解けたのか足に力が入らず吸い込まれるようにベットにもたれかかる。


「もう朝だけど疲れたしちょっと寝るか……」


 ポツリと独言し意識を手放した。




***




「……うん。八雲先生、これで行きましょう。では三か月後には原稿持ってきてください」


 俺はその言葉を聞いてホッ、と胸をなでおろした。


「わかりました。では失礼します」


 あの異世界に召喚されてから十年。

 今、俺――榮倉八雲はラノベ作家になっている。

 あの日俺は無事に日本へ帰してもらい、親にあることを相談した。

 ラノベ作家になりたい、と。

 あの異世界で魔法を見たとき、感銘を受けた。

 そして日本に帰って来て魔導書を読んで決意した。

 この感動を沢山の人に味わってほしい。

 しかしやはりというべきか、猛反対された。

 そんなものになるなら東京大学に行ってサラリーマンになった方がいいと。

 それでも決意を崩さなかったからか殴られそうにもなった。

 でもそれ以上に、決意は崩れなかった。

 親の反対を振り切ってでも作家になりたかった。

 そして改めて作家になりたいと伝えると、遂に両親が折れてくれた。

 しかも意外なことにそんなになりたいのなら全力でやりなさい、全力でサポートするからと許可が下りた。


 そこから作家になるまでは早かった。

 東京大学の理学部から文学部に進路を変更し浪人することなく合格。

 何事もなく四年間を過ごし卒業し、保険会社に就職。

 会社に通いながら小説を書き、大賞に応募していた。

 しかし会社に就職してから三年後――今からちょうど一年前にたまたま俺の応募した作品が最優秀賞に選ばれめでたく書籍化。

 書籍化されてから瞬く間に売れ行きが伸び、重版が決定。

 そして今、三巻の企画書の打ち合わせが終わったところだ。


 ここまでを思い返してみるとあの時召喚されていなかったらこれほど充実はしなかっただろう。

 他人から見れば充実していないと答えるかもしれない。

 でも俺は今の生活は充実している、最高に幸せだと言い切れる。


「ストピ、元気にしてるかな」


 トイレの鏡を見ながらぽつりと呟く。

 そして「頑張るか」と気合を入れなおし原稿を書き始めるべく自宅へ向けて足を進める。

 が、唐突に足元が眩く光りだしたそれによって遮られた。

 足元のそれを見てみると俺の足元を中心に日本語でも英語でもない、見覚えのある模様が円を描いていた。


「これってまさか――」


 俺の言葉は一層強く光りだした魔法陣にかき消された。




***




 目を開けると十年前と全く変わらない埃のかぶった家具が目に飛び込んで来る。

 左右を見回してもやはり同じだ。

 ということは後ろに……。

 うん、やっぱりいた。

「ゆ、勇者様!?」と鳩が豆鉄砲を食ったような表情でこちらを見ている。

 俺はまた異世界に来れたんだ、と喜びがこみ上げてくるのを抑えながら、


「今度は何が起きたんだ? ストピ」


 前回よりは頼りになる。

 そう言わせられるように気を引き締めストピの話に耳を傾けた。

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