蜘蛛の心中

山桜笛

蜘蛛の心中

朝起きると、カーペットの上に同じ種類の蜘蛛が二匹並んで死んでいた。僕は蜘蛛が嫌いだ。でも、おばあちゃんが「蜘蛛はとても良い虫さんだから大切にしなさい。」ってこの前言ってたので、身震いをしながら、おばあちゃんがいつも手入れをしていた庭のふかふかの土に埋めてあげた。

 

 私たちの人生?いや、蜘蛛生は平凡で特別だった。そして良い時間だった。私たちが生きていた日常には私たちの何倍もの体の大きさがある人間っていう生物がいた。彼らは、いつも「人間は心があるから。」「人間は人生が長いから。」「人間は人付き合いが大事だから。」と、人間はー人間はーと言うのだけれど、私たちだって人間と同じぐらい苦労もあったはずだ。

 これは、人間とは比べものにならないくらい豊かな心を持ち、長い時間を生き、蜘蛛関係に悩んで眠れない日も過ごした蜘蛛の夫婦の物語。

 

 私とあなたは、生まれは遠く離れた所だけれど出会ってからはずっと畑に囲まれた民家に住んでいた。この民家に住んでいる人間は、おばあちゃんとその孫の男の子だけ。なんで男の子の親が一緒に住んでないのかはよく分からないけど、結構な頻度でこの家にやって来る。仲は悪くないみたい私とあなたは夫婦で、静かにこの民家に住んでいる。ある日男の子が私たちを見つけてティッシュを持って追いかけて来たことがあった。私たちは必死に逃げ回った。もう無理かと思った時、おばあちゃんの大きな声がした「こらやめなさい!!何してるの!」その一言で私たちは一命を取り留めた。それから私たちは、おばあちゃんに一生感謝すると決めた。

 今日も、古ぼけた民家に朝がやってきた。いつもは静かな朝が、今日はなんだか騒がしい。私たちは床下からリビングの声に聞き耳をたてた。

「はい、わかりました。はい、あ、そうですか、ありがとうございます。今から行きます。」

 電話をしているその声は、おばあちゃんの声では無かった。お母さんの声だ。こお母さんは、昨日の夜から家にいるようだった。

「良太、おばあちゃんに会いに行くわよ。」

「おばあちゃんどうしたの?畑に行ったんじゃないの?」

「おばちゃん昨日の夜、急に体調が悪くなって昨日は病院に泊まったの。それで、今病院から電話が来ておばあちゃんの容態が悪いから急いでで来てくれって。」

「そうなんだ・・・。僕寝てたから知らなかった。」

「ほら、早くご飯を片付けて歯磨きしておいで。急いで。」

 そんな会話が聞こえてきてまもなく、お母さんと男の子は家を出て行った。


「おばあちゃん大丈夫かしら昨日の昼間は元気だったじゃない。」

「きっと大丈夫さ、最近は、天気が不安定だから少し体調を壊しただけだよ。」

 あなたの声は低く床下に響いて全然大丈夫といっているようには聞こえなかった。私を励ましてくれたのかな。ありがとう。

 それから二人で狩りに行って二人で家を散歩した。夜はすぐに来た。いつものように二人で寝床ついたが、なかなか眠れずおばあちゃんよくなってると良いねって話をたくさんした。

 結局、お母さんと男の子は夜になっても家には帰ってこなかった。どこにいるんだろ。病院?病院の近くのホテル?それともお父さんとお母さんの家?その前にお母さんとお父さんは一緒に住んでるのかな?この家にずっとすんでるからあんまり知らないなー。

 変な?不思議な?気味悪い?居心地が良い?夢をみた。

 私たちはおばあちゃんがいつもいる和室の真ん中にいた。家の外からの光はない。でも、電気の光ではない光で部屋は包まれていた。

「なんだろ、この光。」

「なんだろな。」

 呟いたら横から聞き慣れた声がした。横を見るとあなたがいた。

「おばあちゃんがいない。おばあちゃんの部屋は変な感じね。」

「ここにいちゃいけない気がする。」

 部屋を見渡すとふすまだけが光を吸っていた。私たちは何も言わずにそのふすまに吸い込まれるように近づいていった。ふすまの前まで来たところで、ふすまが音を立てずに静かに開いた。ふすまの中は、とても暗くて冷たい空気が流れていた。私たちは悩むことなくふすまの中に入った行った。

 進んでいくと暗闇の中で聞いたことがない声と、聞いたことある声が話をしているのが分かった。

「地獄です。」

「なんでです?理由を言ってくださらないと。納得できないわ。」

「五歳だったころ覚えていますか?蜘蛛を殺したのです。」

「覚えている訳がないでしょ。五歳のころだったら誰だって虫の一匹や二匹あるでしょ。そんなことしてたら人間みんな地獄行きじゃない!」

「そうかもしれませんけど、あなたは死ぬまでずっと虫を大切にしたことがないでしょ。それが最大の理由ですよ。分かりましたか?あなたは地獄です。」

「え・・・」

 おばあちゃんは考えているように見えた。そして何かを言おうとしたときおばあちゃんの叫び声が聞こえた。

 私たちは走った。走って、走って、走った。明かりが見えてきたところには大きな穴とその穴の縁に捕まっているおばあちゃんがいた。

「「おばあちゃん!!!!」」

 穴のそばまで行った瞬間おばあちゃんは捕まっていた手を離してしまった。おばあちゃんに向かって手を伸ばした届かなかった。私達は反射的に穴の暗闇に向かって糸を伸ばした。必死に全力で叫びながらおばあちゃんを呼びながら。もう糸が出なくなった。そのとき暗闇でおばあちゃんの手をつかんだ。その手をつかんだ糸を引っ張った。体がちぎれそうになったけどそんな事は気にしない。ひたすらに引っ張った。

 私たちは吹っ飛んだ。おばあちゃんは帰ってきた。

 目の前に現れたおばあちゃんは、泣いて、震えていた。

「蜘蛛・・・・・?」

「「おばあちゃん!」」

「さっきの声はあなたたちなの?」

「「はい!」」

「・・・。」

 呆然としているおばあちゃんを前に、私は誰か分からない声の主に叫んだ。

「おばあちゃんは、虫を大切にしない人じゃありません。聞いてください。私達を助けてくれた命の恩人なのです。私たちを殺そうとした人間を叱ってくれたのです。そのとき、おばあちゃんがいたから私達が生きているのです。どうかお願いです。地獄は取り消してください。」

「・・・・・・・。わかった。取り消そう。天国だ。」

「本当ですか!!!ありがとうございます!」

「よかった!俺からもお礼を言おう、ありがとうございます!」

 私に続いてあなたもお礼を言った。おばあちゃんは何も言えずに泣いていた。

「天国ならあっちだ。」

 声の主は見えないけれど奥の方に光が現れた。

「早くいけ。時間がない。」

 おばあちゃんはしばらくしてから涙をぬぐってゆっくり話し始めた。

「蜘蛛さん達、なんで蜘蛛さんとお話できているのかなんだかよく分からないけどもう、考えてもしょうがない気がしてきたわ。とにかくありがとね。さっき言ってくれたことはきっと良太の事よね。うん。私はこのとおりどうやら死んでしまったみたいなんだけど、もう、あの子はあんな酷いことしないと思うから恨まないであげてね。時間がないみたいだからこれでね。ばいばい。」

「さようなら。ありがとうございます。」

 おばあちゃんは、私達を優しくなでてくれた。それから振り返って静かに時間をかけて新しい光へ歩いて行った。



 朝の臭いがした。

「「夢?」」

 同時に声がでた。

「おはよ。」

「おはよ。」

「変な夢見たの。」

「俺もみた。」

「どんな夢?」

「確か・・・どうだったかな。」

「家の散歩しない?しながら話そうよ。」

「いいね。いこうか。」

 体がとても重かった。朝だから?違う気がする。まあいいか。

「なんかね。気がついたら和室にいるの。」

「あ!同じ俺もそうだった。」

 どうやら、私達は同じ夢をみていたらしい。

「こんな、不思議な事ってあるのね。」

「そうだな。」

 あなたも体が重そうで同じ速度ゆっくりあるいた。しばらく歩いていたら、急に重かったからだがずっともっと重くなった。

「ちょっと休憩しない?」

「俺もそう言おうとしたところだ。そうしよう。」

「なんか眠くなってきちゃった。夢で糸だしすぎたからかな?」

「うふふ、そうかもね。」

「ここでもう一回寝るか?こんなこと初めてだな。」

「そうだね。」

「そういえば・・・・・おばあちゃんどうなったんだ・・・ろうな。」

「どう・・・だろね・・・。」

「どちらに・・・しても・・・幸せだよな・・・。」

「それは・・・・そう・・・だ・・・よね・・・。」

「おやすみ。」

「おやすみ。」

 私達は眠った。ずっと眠った。私達はどうやらおばあちゃんを助けるために、命を使い切ってしまったらしい。これで私達もおばあちゃんもこの先いつまでも幸せね。最後に見た景色は、男の子の部屋のふかふかのカーペット。その上で、うとうとしているあなたの姿だった。

 ふかふかの記憶。これは、カーペット?それとも懐かしい土?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蜘蛛の心中 山桜笛 @torotoro44

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ