第14話「勝手に迷惑だと決めつけるな」

「でも……」

「勝手に迷惑だと決めつけるな」

 眉尻をつり上げた彼は、有無を言わさぬ調子で彼女の顔をのぞき込んだ。彼が怒っているのは、こちらの気持ちを確かめもせずに迷惑かもしれないと一人で距離を置こうとする点だ。

 ――あえてこちらの気持ちを問わないようにしているのは、このところ薄々感じているところだ。彼女は決定的な一言が放たれるのを避けている気がする。口にしなかったからといって、この気持ちが消えるわけではないのに。

「……ああ、わかった」

 恐る恐るこちらを見上げた彼女の眼差しに、一瞬困惑の色が宿る。明かな迷いがある。それでも最後には観念したように、彼女はそっと瞳を伏せた。やはりその胸中を引き出すことは期待できそうにない。

 これだけ近くにいても、触れていても、本当は何を考えているのかが見えない。ただ拒絶されていないことだけは確かで、それがますます彼の胸中を波立たせた。諦めさせてはくれないところが、いっそ憎らしくさえあった。




 十一月二十日より始まった「大会」は、初日こそぎこちない空気も流れていたが、徐々に活気と熱気に満ち溢れるようになった。

 再び真っ白な訓練室へと足を踏み入れたシンは、リンの姿を探して視線を巡らせる。彼は本日第一試合だったため、その後買い出し担当となっていた。

 大会が始まったからとはいっても、日々やるべきことが減るわけではない。買い出しをさぼっていると、あっという間に食料がつきてしまう。だから誰もがずっと訓練室にいるわけにはいかなかった。

「あ、いた」

 目指すリンの背中は、左手の壁際にあった。この試合には「場外」という概念がなく、訓練室の中であればどこを動き回ってもよいこととされている。

 そのため、見学や応援をしている他の面々は、大抵壁際にいた。自分の身は守るようにということだから、背中の安全くらいは確保しておきたいという心境だ。

「おい、リン。試合はどうなってる?」

「あ、シン。お帰りなさい。それにシリウスさんやミケルダさんまで」

「……え?」

 戦闘音に負けないよう声高に呼びかければ、こちらへ視線を寄越したリンはぱっと明るい表情になった。シンは慌てて振り返る。

 いた。彼女の言う通り、いつの間にかそこにはシリウスとミケルダの姿があった。気を隠しているため気がつかなかったのか。部屋の中はとにかくうるさいから、靴音が目立たないせいもあるだろう。

「そうなんだ、来ちゃったー。思ったよりも盛り上がってるね」

 戸惑っているシンの方へ、まず近づいてきたのはミケルダだ。垂れ気味の瞳をさらに細め、頬を緩めながら手をひらひらと振っている。

 一方、その後ろのシリウスは微苦笑を浮かべていた。二人ともいつもの恰好だ。滝から聞いた話は本当らしいと、シンは一人で納得する。

 と、技と技がぶつかり合う際の特有の高音が鳴り響いた。その音に引き寄せられるように、シンは試合の方へと一瞥をくれる。

 今はちょうどラフトとカエリ、よつきとジュリの対戦の真っ最中だ。だが今来たばかりのシンの目にも、よつきたちが圧倒的に優勢なのは明かだった。

「やっぱり競うのって大事なんだねー。みーんな熱心だ」

 さらに近づいてきたミケルダが、うきうきとした声で感想を述べた。シンは相槌を打つ。実際、乗り気ではなかった者たちも、いざ試合が始まれば真剣だった。やはり誰だって負けたくはないのだろう。

「やっぱりそれなりに力を自負している人が多いですからね」

 そう言いながら、リンもぱたぱたとこちらへ近寄ってくる。試合が終わるや否やいつの間にか着替えていた彼女は、今日は青いワンピース姿だ。それが彼女の歩調に合わせてふわりと揺れている。

 着替えが必須なのは、戦闘用着衣に限りがあるためだった。丈夫だとはいえ、それでも大事に扱うに越したことはない。手入れも必要だ。そういう意味ではシリウスたちが羨ましくなる。

「ミケルダさんたちは、誰かに用ですか? それとも純粋に見学ですか?」

 足を止めたリンは首を傾げた。ミケルダは時折顔を見せることがあったので、その延長だとは思うのだが。今日はシリウスも一緒だ。用があるとすればレーナだろうか? しかし彼女はずっと審判中だった。

「まあ、様子見っていうか、そんなところ? 上にいると息苦しいし」

 すると、急ぎの何かがあるわけではないと、ミケルダはぶんぶん首を横に振った。シリウスとミケルダが来ると、お喋りなミケルダが一方的に喋っていることが多い。それを幸いと言わんばかりに、シリウスは対戦を凝視していた。

 接近戦主体のラフトとカエリ、遠距離が得意なよつきとジュリという組み合わせだったが、よつきたちは巧妙に相手を近づかせない策をとっていた。これではラフトたちが効果的な攻撃を行うことができない。

 今までの試合を見ていても、よつきたちの強さは本物だとシンは思う。

「リンちゃんたちの対戦はこれから?」

「いえ、私たちは朝一番で終わりました。この試合とか、次の試合が気になるので見学です」

 何度耳にしても慣れない響きに、シンは思わず顔をしかめた。ミケルダは誰のことでもそのように呼んでいるので、これといった意味はないはずだが。それでも違和感は拭い去れない。

 まあ、長く生きているミケルダにとっては誰もが年下の女の子という扱いになるのもわからない話ではない。気安い口調と人懐っこい言動のせいでつい忘れがちになるが、彼も上の者――つまり神なのだ。

「へぇ、なるほど。何あれ、銃とかいう奴? でもただの銃じゃあないよね?」

 ミケルダも試合の方へと目を向ける。彼が問いかけたのは、よつきやジュリが持っている得物についてだ。よつきの方がやや大型になるが、それは銃と呼ばれる類の武器だった。

 無世界でそうした写真を見かけたことはあるし、かつては神魔世界にもあったものだ。しかし今はほぼ廃れている。――整備の必要のない技の方が便利だったからだとも、事件があったせいだとも言われていた。少なくとも現在のこの星に作り手はいない。

「あれはレーナが作りました。込めた精神を打ち出すことができる銃だそうです。だから精神が尽きなければ弾切れがないんですよ」

 頷いて説明したのはリンだ。シンもその話は初耳だった。詳しいのは、おそらくジュリから直接聞いたからだろう。いつの間にか情報収集を済ませているとはさすがだ。

「一発一発の威力は剣とか槍には劣りますけど。使いようによってはかなり強いですよね」

「へぇ、すごい。それをレーナちゃんが?」

 目を丸くしたミケルダは、何故かシリウスの方へと顔を向けた。その眼差しに気づいたのか、シリウスがこちらを振り返る。ミケルダが何を言いたかったのかシンにはわからなかったが、呆れたように嘆息したシリウスは腕組みをした。

「宇宙ではまだ銃器が流通している。そこからの発想だろう。この基地の装備のことを考えれば、あいつにとっては大した労力ではないんだろうな」

「えー宇宙ってまだそうなんですか? あ、技使いも少ないから? それにしたっていきなり作っちゃうレーナちゃんも、それを使いこなしちゃう彼らもすごいなぁ」

 淡々と告げるシリウスへ、ミケルダはうんざりとした声を出した。シンも同感だ。今まで馴染みのない武器をいきなり手渡され、すぐに使えるようになるものなのか。レーナがとんでもないのは今さらだったが、仲間の適応力にも目をむきたくなる時がある。

「あ、じゃあひょっとしてリンちゃんのその短剣も?」

 するとミケルダは目敏く指摘する。リンが腰のベルトから提げているのは、彼が気づいた通り、レーナに用意してもらった武器だ。試合が終わっても身につけているというのは、少しでも体に馴染ませたいという思いだろうか。

「はい、そうです。武器がないと私は魔族に全く対抗できないので。でも苦手なんですよね」

 リンは肩をすくめた。彼女は広範囲にわたる技が一番得意であり、こうした接近を前提とした武器は不得意なのだという。傍から見ると全くそのようには思えないのだが。

「え、精神系は?」

 ミケルダは眼を見開いた。まるで精神系が使えないのがおかしいと言わんばかりの声音だった。一瞬動きを止めたリンは、ついで苦笑する。

「使ったことないですよ。ミケルダさんたちとは違って、使える技使いってほとんどいないんですよ?」

「えー、そりゃあ使い手は少ないけど。でもリンちゃんなら使えそうなのに。ぱっと見た限りでも、人間らしからぬ精神量でしょ」

 何度も瞬きをしたミケルダは、リンの頭からつま先までまじまじと見た。外見だけで精神量などわかるものなのかと、シンは驚嘆する。気は感じ取れるが、蓄えてある状態の精神を見る方法などないはずだ。

「え、精神量なんてわかるんですか?」

「普通はわかんないよ。でも多いってことがわかるくらい、リンちゃんは多い」

 二人がそんな会話を交わしている間も、試合は続いている。銃口からほとばしる青白い光は、精神そのもののような『弾』だ。それをラフトたちは防ぐことで精一杯なようだった。それだけよつきたちの連携がとれているということだ。

 シンたちが対戦するのは最終日だが、それまでには対策を練る必要がある。今日の滝とレンカ、青葉と梅花の試合の様子見はリンに任せてあったのだが、ここにも強敵が潜んでいたとは。

 シンは腕を組む。どんどん強くなっていく皆に置いていかれるわけにはいかない。

「精神系の技は純度の問題が大きい」

 そこでぽつりと、囁くようにシリウスが述べた。弾かれたようにシンは振り返る。シリウスの眼差しは依然として試合の方へ向けられていたが、意識はこちらの会話も拾っていたようだ。シンは眉根を寄せる。

「純度?」

「余計なところへ力を割かずに、ただ精神の解放にだけ意識を持っていく。他の性質は全て剥ぎ取る。それが精神系だ。精神そのものを具現化する行為に近い」

 シリウスは淡々と語った。そうした説明を耳にするのも初めてのことだった。誰もが精神系には詳しくないし、精神系が使える者たちでさえ何故使えるのかはわからないようだった。

 それは歩き方を教えるのが難しいのにも似ている。ごく当たり前に扱える者には、説明しようがないらしい。だがシリウスは違うのか。まさか彼は誰かに精神系の扱い方を教えたこともあるのか?

「へぇ、そういうものなんですね」

 興味が湧いたのか、リンはシリウスの方へと近づいていく。まさか今の話だけで何かが理解できたとは思わないが。シンは首を捻った。それでも何か今後に活かせそうなものがあるのか。

「ああ。精神をそのまま取り出す感じに近い」

「そのまま」

「この説明だけで使えるようになったら大したものだがな」

「そうなんですね、ありがとうございます。参考にします」

 足を止めたリンは軽く頭を下げた。命の恩人ということで、シリウスへの対応は丁寧だ。――いや、大概の者はそうか。誰もがシリウスには一目を置き、気安い態度はとらない。例外はミケルダやレーナくらいだろう。

「え、じゃあシーさん、ついでに聞いちゃうけど。破壊系はどうなの?」

 やたらと気安い者の代表であるミケルダが、すかさず疑問を投げかけた。隙あらばといった様子だ。

 シリウスは面倒そうに眉根を寄せると、首を鳴らしながらまた試合の方へと一瞥をくれる。まるでそれに呼応するよう、甲高い耳障りな音が白い空間に響き渡った。

「破壊系は、精神系の応用に近い。純度を核の破壊の方へとより傾けている」

 シリウスはなんてことないようにそう説明したが、シンにはぴんとこなかった。核というものについては、以前の『説明会』で聞いた。神や魔族にとっての命のようなものだという。それを破壊するといっても、別に物理的な話ではないだろう。

「つまり精神系の仲間なんですか? 破壊系っていうのも、魔族には効くんですよね?」

 リンも続けて質問を投げかける。精神系と似たようなものだとすれば、そうなるのか。シンの中では、魔族が使っている印象しかない。するとシリウスはちらとリンの方を見遣って、小さく首を縦に振った。

「ああ。純粋な攻撃力としては破壊系の方が上だ。ただ精神系の方が浸透力があるので、精神系と混ぜて使う者が多い。……その比率を調整できるのは、あいつくらいだがな」

 シリウスはそこで視線を転じた。彼の眼差しが指し示す先は、シンにもすぐに察しがついた。審判をしているレーナだ。一見くつろいだ様子で壁に背を預けつつ試合を注視しているが、その眼光に油断など一切ないことはシンにもわかる。

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