第10話「夢でもあり得ません!」

「笑いたくもなる。自覚はあるのに改善はされないのだな」

「優先度の問題だ。必要だからそう振る舞っている。その結果信用してもらえないだけだ。優先度が変わらないから……まあこうなるわけだな」

 その間も、シリウスとレーナの軽口は続く。周囲に不穏を撒き散らしているというのに、当の二人は軽妙な調子で言葉を交わしていた。

 青葉が知るこの二人のやりとりは緊迫感を伴うもののみだったので、妙な違和感があった。いつの間にこんなに仲良くなったのか。アースが不機嫌な理由も察せられるというものだ。

「ちょっと待って、話を戻すわね。つまり、この対魔族用の基地ってのが、私たちの住む場所になるってこと?」

 このまま話が逸れていきそうな気配だったが、いいところで梅花が口を挟んだ。もしかすると先ほどの視線はその役割を青葉に期待してのものだったのだろうか。そうだとしたら申し訳ない。

「ああ、そのつもりで作った。オリジナルたちがそれでよければだが」

 梅花の方へと顔を向け、微笑んだままレーナは頷いた。予感は的中らしい。今までのことを思えば、レーナが作った怪しげな建物に住むというのはそれこそ冗談のような話だ。

 あらためて青葉はこの巨大な建造物を見上げた。白い艶やかな壁には小さな窓がいくつかついているが、どれも中がのぞけるような高さにはない。まるで絵本で見た城だ。ただの住処にしては巨大だが、一体何が詰め込まれているのか?

「私たちには、たぶん、選択肢はないわね」

 寸刻の間をおいてから、梅花は端的に答えた。声は若干沈んでいた。彼女が憂慮する気持ちは何となくわかる。今まで敵と認識されていた存在が作った物に全てを委ねるとなると、反発する者も多そうだ。

 しかし彼女の言う通り、そもそも神技隊には選ぶ権利がない。自分たちでどうにかしろと言われても困るし、宮殿に間借りするという道もあり得ない。上がこの基地とやらを許可しているのなら、なおのこと拒否することなど考えられなかった。

「――これって」

 と、そこでようやくカルマラの硬直が解けた。まるで地面に縫い止められたように動かなかった足が一歩一歩、何かに操られるよう白い壁へと近づいていく。先ほどまでとは打って変わった様子に、青葉の内に言い知れぬ不安が湧き上がった。

「もしかして、ホワイティング合金じゃあ?」

 怖々とカルマラは壁に手を伸ばした。その指先はかすかに震えていた。今までの猪突猛進な彼女とは思えぬ慎重な手つきだ。

「カルマラ、よくわかったな」

 驚いたのはシリウスも同様だったようだが、彼の場合は理由が違う。感心しつつ首肯したシリウスの気は、部下の成長を喜んでいるようにも感じ取れた。すると弾かれたようにカルマラが振り返る。

「やっぱりそうなんですか!? もしかしてこれ全部!?」

 今度はわなわなと手を上下させながら、カルマラは宙を見上げた。青葉には馴染みのない名称だったが、どうやら貴重なもののようだ。特別な合金なのか?

 彼はもう一度基地と呼ばれるものを見上げた。白い艶やかなこの質感は確かに見慣れない。

「一体こんな量をどこから!? 信じられませんって!」

 カルマラは不安定な足取りでシリウスへと寄っていった。腕組みしていたシリウスの手にしがみつくよう揺さぶる姿は、小さな子どもを連想させる。

「夢でもあり得ません!」

「詳しいことは当人に聞いてくれ。こつこつ集めたらしいが」

 気怠そうにカルマラを見下ろしながら、シリウスは嘆息した。青葉たちの理解は完全に置いてけぼりだ。その間も、話題に上ったままのレーナは始終にこやかにしていた。

 どうやら神技隊のために大枚をはたいたどころの話ではない状況らしい。魔族に対抗するとなると、それだけのものが必要なのか?

「それって珍しいものなんですか?」

 カルマラの騒ぐ声が止まない中、またもや梅花が疑問を挟んだ。勝手に話が明後日の方向に進んでいくことについては、もはや半分諦めの境地らしい。

 するとカルマラはぱっとシリウスの腕を放し、大袈裟に手を振り始めた。

「あのね梅花、珍しいとかそういう問題じゃないのよ! ホワイティング合金ってのはね、一欠片見つけるだけでも褒められちゃうくらいなの! 何も知らない人が見てもただの白い石ころみたいにしか見えないから、宇宙中に散らばってるの! 加工するのだって大変なんだから!」

 力説するカルマラの声が草原の中に響いた。そう言われても、青葉にはやはりぴんとこない。そもそも、その貴重さと目の前の建物の材料という点が結びつかなかった。これだけの大きさの物を作るのであれば相当必要なはずだ。

「慣れれば加工は別に……」

 レーナが何やらぼやいたのが聞こえるが、カルマラは完全にそれを無視したようだった。梅花にずいと近寄って、とにかくすごいものなのだと捲し立てている。

 興奮したカルマラというのはやはり梅花でも御しがたいものらしい。気の毒になった青葉は、仕方なく梅花とカルマラの間に割って入った。

「あーカルマラさん、その辺で」

「あ、邪魔するのね青年。あなたも全然わかってないでしょ? これはね――」

「わかってないのはカルマラもだろう? 使われているのは、ホワイティング合金だけじゃないからな」

 さらに言葉を続けようとするカルマラを、制したのはシリウスだった。呆れ混じりの低い声に導かれるよう、青葉も振り返る。また空気が変わった。カルマラが「え?」と声を漏らすのが耳に届く。

「要所要所にはエメラルド鉱石が使用されている」

 寸刻、時間が止まったような錯覚に陥った。聞き覚えのない単語だが、カルマラの気に戦慄が走るのが感じ取れる。まるで致命的な一撃を受けたように、彼女は眼を見開いた。

「嘘ですよね……?」

 カルマラの喉がひゅっと音を立てた。一歩一歩青葉たちから離れ、また怖々と白い壁を見上げる様は、おののく小動物のようだ。

「エメラルド鉱石って何ですか?」

 一人で打ち震えているカルマラを横目に、梅花が困惑顔で疑問を口にする。先ほどからこのやりとりの繰り返しだ。青葉はますます疲労感を覚える。

「ホワイティング合金と似たようなものだが、さらに希少だな」

 わななくカルマラに代わって答えたのはレーナだ。そうは言われても、希少というのがどの程度のものなのか、青葉には予測もできない。故に比較もできない。梅花も気のない声を漏らしながら困ったように小首を傾げていた。

「精神を直接作用させられる物質としては、最も威力がある。あの時あのラウジングとかいう神が持っていたのも、エメラルド鉱石で作られた剣だ」

 そんな彼らの疑問が伝わったのかどうかは定かではないが、レーナは簡潔に付け加える。

 立てた人差し指を軽快に振る様には全く気負いなど感じられなかったが、ふと青葉は違和感を覚えた。「あの時」というのはまさか、あの時のことを指しているのか?

「それって……」

「うん、前のわれが刺された奴だな」

 当惑気味の梅花に、レーナは微笑んだまま頷いてみせた。青葉はどっと体から力が抜けそうな心地になる。

 あの時の衝撃は今でも忘れられないし、結局あの後レーナたちがどうなったのか、何が起こっていたのか、いまだに理解できていなかった。それをあっさり、こうも簡単に話題に出すとは。

 カルマラの気に攻撃的な色が宿ったのもそのせいだろう。あの戦闘でラウジングもそれなりの傷を負ったはずだ。事情がわらかぬシリウスは怪訝そうに首を傾げただけだが、カルマラは何があったのか知っている。

 これだから怪しまれ疑われるのだと、青葉はぼやきたくなった。もしかするとレーナは信用されるつもりがないのではないか?

「あ、あのねぇ、レーナ……」

 梅花が何か言いかけ、それでもうまく告げられずに言葉を濁した。泣きそうな、それでいて怒っているような複雑な表情は、見ているだけで胸が痛い。

 あの後の梅花の落ち込みようを思い出せば、青葉も文句の一つも言いたくなった。すると頬を緩めたレーナは、つと瞳を細める。

「あれは、あんな物まで出してくると想定できなかったわれの落ち度でもある。オリジナルは気にするな。……いや、すまなかったと言うべきかな」

 じくりと胸の傷を刺すような一言に、青葉は得も言われぬ心地になった。悪びれもせず言葉を交わし、それでいてこうして謝ってくるのだから、たちが悪い。

 こうして面と向かって話をすることになるとは、あの頃は考えもしなかった。

 レーナの狙いは一体何なのか。何故青葉たちを守ろうとし、それでいて上の者を翻弄し、かと思えばこうして協力するのか。

 いくら神技隊のためとはいえ、こんな建物を作り出すなど尋常なことではない。その姿勢がますます青葉の心に不安を呼び起こした。

 ――信じ切れないのは、わからないことが多すぎるからだ。後から後から疑問が噴き出すせいだ。

「また話が逸れたな。つまりこの基地とやらは、この世界で最も技に対する耐久性の強い要塞みたいなものになっている。ホワイティング合金やエメラルド鉱石を使った武器はあれども、建物というのは存在していない。――正確に言えば、アスファルトの研究所を除けばの話だが」

 わずかに肩をすくめたレーナは、やおら白い壁を見上げた。アスファルトという名に聞き覚えはないが、この建物がとんでもない代物であることは青葉にも理解できる。彼女が本気で魔族との戦闘に備えようとしていることも、実感できてしまう。

「どうして、そこまでしてくれるの?」

 そこで根本的なことを梅花は問うた。結局、全ての疑問はそこに辿り着く。レーナの目的がわからないが故だ。

 正直、そこまで尽くされるようなものが自分たちにあるとは思えなかった。理由のわからぬ、大きすぎる施しは、素直に受け取れるものではない。いっそう不気味に感じるだけだ。

「オリジナルたちを守るため、では弱いか?」

「どうしてそこまでして守ろうとするのか、それが知りたいのよ」

 ふわりと首を傾げるレーナに、梅花は頭を振った。自分がオリジナルだからでは納得できないと言いたいのだろう。

 ずっと聞きたくても聞けず、尋ねてもはぐらかされてきた謎だ。上と休戦協定を結んだのであれば、教えてくれてもよいだろう。

「そろそろ、話してやったらどうだ。この星のことを」

 そこで口を挟んだのはシリウスだった。何故だか得意げな口調に青葉が首を捻れば、レーナはあからさまに眉をひそめながら右の口角だけを上げる。皮肉の込められた彼女の笑みというのは見慣れない。青葉はちらとシリウスの方を見遣った。

「シリウス、それが狙いか。まさか押しつけるつもりか?」

「何の話だ?」

「神技隊への事情説明。本来なら、お前たちが責任を持ってやるべきところだろう?」

 不穏な視線がぶつかり合う。困惑する青葉たち、狼狽えているカルマラのことは意に介さずに、二人だけ何かをわかり合っている。突然の話の展開についていけず、青葉は眉間に皺を寄せた。どうして最後はいつもこうなるのだろう。

「責任があるのはお前もだ。どうせお前の口から告げなければならないこともあるのだろう? 私も聞きたいことがある」

「……単に、尋問したいだけじゃないのか?」

 レーナは大仰にため息を吐いた。至極当然とばかりに相槌を打ったシリウスは、腕組みしていた手を解く。そしてどことなく勝ち誇ったように口元を緩め、楽しげに笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る