第12話

「この間私たちを襲ってきた、カイキとネオンについての続報よ」

 リンはそこで一呼吸置いた。顔を半分だけ出して様子をうかがっていたコブシが、ぴくりと肩を震わせる。よつきの笑顔も消え、真剣な眼差しがシンたちへと向けられた。辺りの空気にも張り詰めたものが漂う。

「夕方、第十八隊シークレットもカイキたちの仲間に襲われてたみたいなの。そこでとんでもないことがわかったのよ」

「とんでもないことですか?」

「彼らは、シークレットにそっくりだったのよ」

 重要な事実をリンが告げると、よつきとコブシは一瞬固まった。彼女の言葉を脳内で繰り返しているようだった。何度か瞬きをして、それから互いに顔を見合わせ、ついで不思議そうにシンたちへと双眸を向けてくる。シンは大きく頷いてみせた。

「オレたちを襲ってきたネオンってのも、その時にいたシークレットの一人にそっくりだった」

「えーと、サイゾウとかいう名前だったかしら? 髪の長さは違うけど、それ以外は本当に同じ。兄弟というよりは双子みたいな感じね」

 シンの説明にリンもそう続ける。まだ信じられないのか、よつきとコブシは「はあ」と気の抜けた声を漏らした。いきなり受け入れろと言われても難しいのが普通か。シンとリンがまた目を合わせていると、何とか立ち直ろうとしたらしく、よつきは一度首を横に振ってから顔をしかめた。

「本当、なんですか? シークレット先輩にそっくり?」

「嘘ついても仕方ないでしょう。当人たちもびっくりしてたわ」

「何も知らなかったら、シークレット先輩と間違えてたかもしれませんね」

「そうなのよ。だから急いで伝えに来たの」

 唸りながら顎に手を当てたよつきに、リンは同意を示した。状況がわからない中、仲違いになるのが一番避けたい状況だ。情報も錯綜し、大事な事実を見落としてしまうかもしれない。

 するとしばらく考え込んだ後によつきは笑顔を作り、軽く頭を下げた。

「助かりました。ジュリたちが帰ってきたら伝えておきます」

「あ、ジュリはいないのね。ただ気を隠してるわけじゃあなかったんだ」

「実は今、第十五隊フライング先輩に会いに行ってるんです。昨日偶然その一人と顔を合わせまして、それで今日フライング先輩のところに話をしに行く約束になったんです」

 そこで、思いも寄らぬ名前が飛び出した。唯一連絡のついてなかった第十五隊フライング。彼らと接触できたのは大きな一歩だ。思わず笑顔になったシンは、再びリンと顔を見合わせる。

「どうかしました?」

「いや、これで現時点で動いてる神技隊とは連絡がつくなと思って」

「第十六隊ストロング先輩とは、シークレットがもう会ってるみたいなの」

 不思議そうに首を傾げたよつきに、シンとリンは口々に説明する。予想していなかった事態に困惑するばかりだが、悪いことばかりが起きているわけでもないらしい。ゲートからそう離れた場所にいるはずはないと思っていたが、こうも簡単に見つかるとは思わなかった。

「これで活動している神技隊全てに注意を促すことができますね。よかった」

 安堵するよつきに、シンたちも頷く。とりあえずはカイキたちに注意を払いつつ、上の判断を待つのが得策だろう。そして可能ならばその間に顔合わせを済ませておくのが望ましい。上の決定に時間がかかるかもしれないという点だけが、気がかりか。

「この話はフライング先輩にも伝わるようにしておきます」

「よろしく頼む」

「はい」

 頼もしいよつきの返事に、ひとまずの不安は解消される。ピークスとはうまくやっていけそうだと、シンは密かに胸を撫で下ろした。旧知の仲の者がいるというのは、やりやすいようでやりにくい。見知らぬ他人でも、常識人であれば話が通るものだ。

「先輩たちがいてくれて助かりました。これからもよろしくお願いします」

 穏やかな微笑を浮かべるよつきに、シンも静かな笑みを返した。全ての懸念が取り越し苦労で終わることを、今は願うばかりだった。




 花見の時期を終えた広場の一角で、青葉は椅子に腰掛けていた。白いテーブルに向かいつつ、黙って頬杖をつく。

 気持ちがささくれ立っていることは自覚していた。そのせいか誰も近寄ってこないし、話しかけてくることもない。苛立ちの原因もよくわかっていた。早朝の梅花とのやりとりがその発端だ。

 昨日判明した新たな事実を上に伝えるために、梅花は宮殿へ赴くことになった。それだけなら取り立てることなどないが、早朝という時間が問題だった。

 何となく違和感を覚えて目を覚ましたからよかったものの、そうでなければ彼女は何も言わずに出かけるつもりだったのだろう。それを裏付けるように、書き置きらしき紙を手にして特別車の前に立っていた。

 宮殿に行くということは前日に聞いていた。しかしだからといって当日挨拶もなく出向いていいという話ではない。寝起きの不機嫌顔のまま声を掛けたことを、青葉は思い出す。

「こんな時間にどこに行くんだ?」

 まだ朝焼けが眩しい時刻だった。特別車から顔を覗かせた青葉は、歩き出す寸前の梅花を目に入れて問いかけた。

 一歩を踏み出しかけていた彼女は、やおら振り返る。いつもと変わらぬ感情のない顔――に一見すると思えるが、そこにわずかな不安が滲んでいることに彼は気づいた。そんな表情をさせる心当たりは一つしかない。

「もしかして、宮殿か?」

 端的に尋ねると、梅花は静かに頷いた。黒目がちな瞳がわずかに伏せられる。結ばれていない黒髪が空気を含んで揺れ、頬へと影を落とした。

「ええ、行くって言ったでしょう? 昨日のことを報告しておかないと」

「だからって、こんな朝早くに行くことないだろう? さすがの宮殿だって、この時間はまだ動き出してないんじゃないのか?」

 車から降りた青葉が眉間に皺を寄せると、梅花は曖昧な笑みを向けてきた。どこか困ったような眼差しに、口角だけがわずかに上げられた微笑。普段目にすることがない表情だ。

 茜色の雲へと一瞥をくれた青葉は、落ち着かない気持ちをなだめるよう息を吐く。

「しかもまた何も言わずにか」

「昨日伝えたじゃない。宮殿だったら、もう働き始めている人はいるわ。それに、帰りが遅くなると困ると思って」

 躊躇いながらも梅花はそう口にして、再び瞼を伏せた。腕時計型の通信機を撫でる指先が、青葉の目にはどことなく不安定に映る。どうやら彼女の心中も穏やかではないらしい。

「遅くなるって……そんなに拘束される可能性があるってことか? やっぱりこの件はややこしいことになりそうなのか?」

「わからないわ。ただ、そんな予感がするだけ」

「お前の予感ってのは経験則みたいなものだろう?」

「そうとも限らないわよ」

 言葉を濁した梅花は、決して青葉を見なかった。そのことが予感の強さを物語っている。

 彼女は宮殿について詳しい。いや、正確に言うと宮殿の裏側やその動きについて予測する力がある。それは今まで上の動向をつぶさに観察してきた結果と、彼女の洞察力によるものだろう。だから彼女の上に対する読みは大抵当たるという。

「ただ可能性はあるから、念のためにってこと。その間のことはよろしく頼むわ」

 通信機から手を離して、梅花はゆっくり面を上げた。もう、先ほどの不安は垣間見えなかった。不確定な今後のためにできうる限りの手を尽くす、いつもの彼女だ。

 青葉は眉根を寄せながら頷く。

「こっちのことは心配すんな。神技隊同士でも連絡取ってるんだし。お前こそ気をつけろよ」

 何にとは、青葉は言わなかった。上に気をつけろと言うのも変な話ではある。しかし他の表現が見つからない。

 上にとって彼女がどんな存在なのか、彼女は上をどう思っているのか、何度も尋ねようとした。だがそれも叶わないままここまできている。宮殿という場所が苦手であるのはわかっているのだが。

 青葉はふと、昨日のリンの言葉を思い出した。『ジナルの神童』とは、本当に梅花のことを指しているのか? 宮殿でもそんな風に呼ばれていたのか?

 けれどもこの状況でそんな話題を出すのも憚られる。彼が密かに歯噛みしていると、梅花は小さく首を縦に振った。

「わかってるわ。いつものことだもの」

 それが今朝最後に聞いた梅花の言葉だった。その後、彼女は真っ直ぐゲートへと向かった。

 神魔世界へと旅だった彼女の気は、青葉にも感じ取れなくなる。こうなってしまうと帰ってくるまでは何が起こっているのかわからない。

 仕事にも身が入らなかった。今日の青葉は受付担当だったのだが、集中力がなくて何度かサイゾウに注意された。彼らの仕事は占いだ。正確には何でも屋なのだが、稼ぎの大半は占いになっている。

 彼らシークレットは、上の命令により各地を転々とする可能性がある。だからすぐに始められて元手がかからず、どこでもできる商売でなければやっていけない。

 色々と試してみた結果、リラックスするお茶を提供しつつ、希望者にはマッサージや占いを提供するという何を目的としているのかわからない商売ができあがった。これが意外とうまくいって、それなりの稼ぎになっている。

 占いというのもかなり眉唾物で、当たり障りのない質問を繰り返しながら相手の表情や気から困りごとを探り当てていくという、お悩み相談に近い内容だ。

 梅花曰く邪道に近い。技を使ってはいないものの、技使いだからできる芸当だ。背に腹は代えられないのでとサイゾウが始めたのだが、これがやけに人気となっていた。

 梅花は絶対にやりたがらないので、サイゾウやアサキ、青葉がその担当になることが多かった。今日はサイゾウである。

 だが今日は受付の青葉の呼び込みが甘かったため、大した稼ぎになりそうにはない。普通の腕時計を見下ろして、彼はため息を吐いた。

 アサキが買い物に出かけてから一時間といったところか。もう夕方になってしまう。それなのに梅花は帰ってきていないという事実が、彼の心に重くのしかかった。もしかしたら今日は戻ってこないかもしれない。

「まいったな」

「何がまいったんでぇーすか?」

 突然声をかけられ、青葉は慌てて顔を上げた。またぼんやりしていたらしい。受付代わりの白いテーブルの前には、買い物袋を持ったアサキが立っていた。軽く結わえた黒髪を揺らして首を傾げている。

「あ、いや、何でもない。おかえり」

「何でもないって顔じゃないでぇーすね。梅花はまだ帰ってないんでぇーすか」

 核心へといきなり触れられて、青葉は顔をしかめた。その問いかけに意味はない。聞かなくとも彼女がいないことはアサキにもわかるはずだ。ずいぶん意地が悪いなと、青葉は苦笑を漏らした。

「まだだよ。今日は無理かもな」

「アサキたちのそっくりさんが現れたんでぇーすかぁーらね。上も対応を決めるのに時間がかかりそうでぇーす」

「だろうな」

 まさか上の方針が決まるまで拘束するつもりだろうか? 慎重な判断を要することにおいて、上の迅速な対応というのは期待できない。

 意見が割れているならばひとまずは保留ということで一旦帰してくれたらいいのにと、青葉はうんざりとした心地になった。上は何かと理由を付けて梅花を留め置きたがる。

「ところでサイゾウはまだ占い中でぇーすか?」

 青葉が唇を引き結んでいると、アサキは話題を変えてきた。これまた確認する意味もない疑問だ。青葉は頷く。

「そう。ようも今はそっちの手伝いをしてる。今日の客はそれで最後だろうな」

 日が暮れると客引きはほぼ不可能だ。しばらく同じ場所に留まっている時はちょっとした噂になるらしく、この特別車を捜し当ててくる物好きもいる。

 しかしこの広場に来てからは今日で二日目。まだそういうこともないだろう。

「そうでぇーすか。じゃあアサキたちは食事の支度を――」

 不意に、アサキの声が途切れた。買い物袋が落ちる音がした。一気に目の前が白くなり、視界の端で色とりどりの光が明滅する。

 青葉は目眩を覚えながらも何とか立ち上がった。足下の感覚がおかしい。固い石畳の上だったはずなのに、柔らかい布を踏みしめているかのようだ。

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