第10話
「僕はようだよ!」
尋ねられる前に、ようは笑顔で名乗った。その流れを受けて、ベンチの後ろに回ったサイゾウも簡単に挨拶をする。これで必要最低限のやりとりは終了だろうか。二人並んで立つシンとリンへ、青葉は単刀直入に問いかけた。
「シンにいたちは戦闘の気配を感じて確かめに来たってこと?」
すぐさまシンは大きく頷いた。だから念のために気を隠していたのか? 先ほど、ようそっくりのイレイという青年が技を使ったばかりだ。たまたま近くにいたのならば気づいてもおかしくはない。
「ああ、そうだ。ってことは戦闘は本当にあったんだな」
シンはかすかに眉をひそめる。ことの重大さは、もちろん彼にもわかっているはずだ。公で技を使うような事態は、本来ならば避けなければならない。
だが実際のところはもっとややこしいことになっている。自分たちと瓜二つの三人組に襲われた事実を、一体どうやって説明したらいいのか。青葉が説明を躊躇っていると、沈黙を埋めるようにリンの声が続いた。
「でもすぐに気は感じなくなっちゃったけどね。すぐに勝負はついたの?」
「それは、たぶん結界のせいだと思います。それに戦闘ってほどのことはなかったし。一人に、攻撃の技を使われただけってところですから」
青葉はあの時のレーナの言葉を思い出し、そう付け加えた。間一髪と言っていたから、イレイの攻撃からほとんど間を開けずに結界を張ったのだろう。
「一応確認すると。使われたってことは、青葉たちは使ってないんだな?」
「当たり前でしょう。オレたちがこんな所で技を使ってどうするんすか」
「そうだよな。ってことは、襲われたってことだよな? 神技隊を襲ってくる奴らがいたって」
ずいぶんと歯に物が挟まった言い様だ。シンが何を伝えたいのかわからず、青葉は首を傾げた。
神技隊をわざわざ狙ってくる者たちがいるということだけでも、異常事態には間違いないだろう。しかしそれよりも自分たちと瓜二つの顔だったという現実の方が、青葉たちには衝撃が大きかった。そろそろこの事実を告げるべきか。
「こんなことを口にしたら、正気を疑われるかもしれないけど」
青葉は前置きしながら、サイゾウ、ようと順に顔を見合わせた。青葉が何を言おうとしているのか、二人は察したようだった。不安がありありとわかる眼差しが向けられる。
「オレたちを襲ってきた奴らってのが、オレたちそっくりだったんすよ」
一瞬、間が生まれた。シンは瞳を瞬かせ、それから何か考え込むように空を睨み付けると、隣にいるリンと目を合わせる。
その視線につられるように、青葉もリンの方を見た。信じがたいと驚いている風ではなく、かといって思考停止している様子もなく、彼女は曖昧な微笑を浮かべている。その反応は予想外であり、青葉は眉をひそめた。何かがおかしい。
「奴らってことは複数よね?」
「全員、そっくりだったのか?」
どう言葉を続けていいのか青葉が迷っていると、リンとシンが確認してくる。まるで示し合わせたような綺麗な問いかけだ。どことなく複雑な気持ちになりながら、青葉は首を縦に振る。
「襲ってきたのは三人。オレにそっくりなのと、ようにそっくりなのと、ここにはいない仲間にそっくりなのです」
口にするとますますげんなりする。居たたまれなさを覚えて、青葉は視線を彷徨わせた。
サイゾウは硬い顔で押し黙っている。ベンチに座っているようは、唇を尖らせて足をぶらぶらさせていた。焼き付くような黒い影も地面の上で揺れている。
「なるほど」
一呼吸置いてから、シンは神妙に相槌を打った。素直に納得されて、青葉の方が拍子抜けしてしまいそうだった。やはり先ほどから変だ。違和感の正体を探ろうと、青葉はシンを凝視した。するとシンは困ったように耳の裏を掻き、小さく唸る。
「実はな、オレたちもついこの間、二人組の男に襲われたんだ」
ゆっくりそう告げたシンは、再び横に立つリンへと双眸を向けた。言いづらいことがある時によく見かけていた表情だなと、青葉は何となく昔のことを思い出す。
シンの視線を受けたリンは、青葉ではなくサイゾウへと一瞥をくれた。
「そうなの。そのうちの一人が、たぶん、サイゾウと似てたのよ。じっくり見たわけじゃあないし、髪の長さは違ったかなーと思うんだけど。気も同じ感じだった」
リンは、断定はしなかった。しかし自分の感覚を疑っていない者の持つ、独特の力強さを匂わせていた。
瞠目するサイゾウをよそ目に、青葉は「あー」と声を漏らす。なるほど、だから「そっくりさん」の話を聞いても驚かなかったのか。疑問は解けた。
「サイゾウと似ていた方が、ネオンとか名乗ってた。もう一人はカイキね」
「情報ありがとうございます。しかし、だとしたらサイゾウを見てもよく驚きませんでしたね?」
「驚いたわよ。でもシンが青葉のことを知り合いだって言うから。間違いないって言うから」
青葉が苦笑いすると、腕組みしたリンがぶんぶんと首を横に振る。驚いたという割に冷静だったなと、青葉は振り返った。もしかしたら彼らが俯いたまま歩いている間に、喫驚していた時間は終わったのかもしれないが。
「つまり、青葉たちシークレットそっくりな奴らが、神技隊を狙ってるってことになるのか」
「そうなるっすね」
シンが出した結論に、青葉の胸の奥はずしりと重くなる。前代未聞の事態だ。おそらく梅花に聞いてもそんな前例はないと言うだろう。
青葉は顔をしかめる。これはできるだけ早めに、梅花に報告してもらわなければならなくなった。狙われたのが青葉たちだけではないとなるとますます大事だ。
「えー! それって、僕たち気をつけなくちゃいけないってことじゃない!?」
「そうなるな」
声を上げ眼を見開いたようの頭を、サイゾウがぽんと叩く。本当に神技隊が全員狙われているとしたら大変なことだと、青葉は前髪を掻き上げた。
一体何のために? 何故わざわざそんな面倒なことを? 疑問は次から次へと湧いてくるが、答えが得られることはない。
「すぐに帰って梅花やアサキにも伝えないと! ……あ、やっぱり梅花には上に伝えてもらわないと駄目だよね?」
おろおろしながら立ち上がったようの眼差しが、恐る恐る青葉へと向けられた。その茶色の瞳には躊躇が見え隠れしていた。
気持ちはわかる。先日宮殿に出向いたばかりであることを考えると、梅花をまた行かせるのは忍びない。青葉は苦笑しながら首を縦に振った。
「そりゃあ、これだけの事件になってるならそうするしかないだろう。上が何て言ってくるかはわからないけどな」
「その梅花っていうのは、ジナルの神童?」
そこで突然、リンが口を挟んできた。一瞬だけ、空気が静まりかえったような錯覚に陥った。青葉はおもむろにリンの方へと顔を向ける。先ほどから変わらぬ薄い微笑を口元に浮かべたまま、彼女はじっと青葉を見つめていた。
「梅花は……ジナル族ですけど。その呼び名をオレは聞いたことがないです」
「そう。気分を害したならごめんなさい。先日派遣されたばかりの神技隊から、ジナルの神童が派遣されてるって話を聞いたものだから」
小首を傾げたリンは、朗らかに笑った。悪気はないのだと言わんばかりの声、言い様だった。
どうやら自分はずいぶんと不機嫌な顔をしたらしいと青葉は悟る。彼女の言うジナルの神童というのは、きっと梅花のことであろう。それは今まで耳にしていた梅花の話を鑑みても納得のいくことだった。ただ、いい気分にはならない。
「先日派遣されたばかりの神技隊ってことは、第十九隊ですか?」
青葉が瞼を伏せ口を閉ざしたためか、慌てたサイゾウが話を繋ぐ。「ええ」とリンは大きく頷いた。
空気がぎすぎすとしている。シンの眼差しが自分に向けられていることを、青葉はわかっていた。気を隠しているのでそこから感情は読み取れないのだが、言いたいことは理解しているつもりだ。「大人げない」と視線が告げている。
「先日カイキとネオンに襲われた時に、顔を合わせたの。どうも神技隊同士で協力するようにって言われてたみたい」
「そうなんですか」
「神技隊が狙われているとなると、ますます情報は共有しないと駄目ね。私はもう一度第十九隊ピークスに会って話をしておくわ。あなたたちは誰かと連絡取れる?」
「えーっと、それは……」
遠慮無く話を進めていくリンに、サイゾウはしどろもどろになった。青葉が顔を上げると、サイゾウの助けを求める目が向けられていた。結局はこうなるらしい。
青葉はあえてリンを見ずに天を睨みつけるようにして、先日会った第十六隊の名を口にした。
「この間、第十六隊ストロング先輩に会ったばかりなので、たぶん連絡は取れると思います」
これで第十六から第十九隊まで情報が行き届くことになる。しかし現在活動している隊に限っても、後一つは残っている。現役ではないが密かに活動している人々、活動はしていないが残っている者たちはさらに多い。
もっとも、あのアースたちがそこまで範囲を広げて狙ってくるかはわからなかった。青葉は茜色に染まっている空から目を離し、シンとリンの姿を盗み見る。
「それなら残りは第十五隊ね。なんとか会えたらいいんだけど」
リンは眉根を寄せ、顎に手を当てている。どうやら彼女はよく喋る方の人間らしい。
普段は口数の少ない梅花と一緒にいるため、青葉は何だか不思議な心地になった。ここまで話せとは言わないが、もう少し会話に反応してくれてもいいのにとつい考えてしまう。
「一度は全員で集まりたいわよね」
「おいおい、どこでだよ」
そこでようやくシンが再び声を発した。苦笑してもなお爽やかな声が辺りに染み入る。
シンの反応もわからないわけではない。神技隊はどの隊も五人で構成されている。つまり五隊が揃うとそれだけで二十五人、なかなかの人数だ。それこそ先ほどアースたちに襲われたこの公園の奥でもなければ難しいだろう。集まるだけならともかく、話す内容が内容だ。
「場所は考えないといけないけど。でも顔合わせは必要でしょう。だってシークレットのそっくりさんに狙われてるのよ? 仲違いみたいになっても困るし」
やや子どもっぽい表情で眉をひそめたリンは、シンの方へと向き直った。「もう既に起きてます」という一言を、青葉は飲み込む。
しかし第二、第三の事件が起きてもらっては困るので、リンの提案には賛成だ。また勘違いされてはたまらない。もしこの場に青葉がいなかったら、サイゾウたちは『敵』だと思われていた可能性もあるのだ。
「わかったわかった。まあ、急に一堂に会するのは無理にしても、できる限り顔は合わせた方がいいよな。特にシークレットは」
シンはぽんとリンの肩を叩き、それから青葉を横目で見た。含みを感じさせる眼差しに、青葉は閉口する。
例の騒動については知られていないはずだが、何か感じ取るものでもあるのか。青葉は急いで笑顔を繕った。
「じゃあストロング先輩にはオレたちから話をしておくので。上には、梅花に報告してもらいますから」
「そうだな、よろしく頼む。オレたちはまたピークスに話しておく」
シンはそれ以上は踏み込んでこなかった。リンの肩から手を離し、軽く相槌を打つ。すると待ってましたとばかりに立ち上がったようが、「任せてー!」と声を上げた。無駄に元気のいい返事に、シンとリンは顔を見合わせて笑う。
「それじゃあ、また一週間後にでもここで報告し合うってことでどう? それまではできる限り気を潜めておいて」
「問題ないです」
リンの提案にも、青葉はすぐ同意を示すことができた。青葉たちは自由業のようなものなので、時間の縛りがない。生活は不安定だが、こういう時には便利だ。
次の機会にはアサキと梅花も連れて特別車ごと来た方がいいだろう。帰り際、車が駐められそうな場所を探しておくか。
一週間で何がわかるのか。そして、何が起こってしまうのか。期待と不安の入り交じる思いを抱えて、青葉はサイゾウとようの背中を叩いた。
帰路の足取りがますます重くなるだろうということは、今からでも容易く想像できた。
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