異世界アルバイト
うぃーど君
第1話 『確かに言いましたけど』
物語は日本のとある一般家庭の一室から始まる。
時刻は深夜2時、薄暗い部屋で男がパソコンを操作している。
「よっし、これで勝ちだ」
パソコンの画面には男の勝利を告げる画面が表示されている。
男はその画面に満足そうに頷くと、次の対戦相手を探す。
「ったく、ゲームの金が現実で使えりゃ大金持ちなんだがなぁ」
男は吐き捨てるように呟く。
男の名は『斉藤
大学卒業後、会社へ就職したものの対人トラブルで一年程で辞め、今はアルバイトをしながら何とか日々を暮らしている。
「はぁ~、宝くじ当たらないかなぁ、って買わなきゃ当たりませんよね。わーってますよ……はぁ~」
完全に独り言である。ノリツッコミと言うべきなのだろうか?
『斉藤 隆』は会社を辞めてから一年程無気力に過ごし、それからはバイト生活をしながらやはり一人で居る事が多く、そのせいか独り言が多い。
その時、ゲーム画面にフレンドから『彼女できたよ!』とチャットがきた。
『斉藤 隆』は画面に『おめでとさん』と書きながら、
「ばっかでぇ~、どうせ女なんか裏切るだけなのにな」
そう言って自嘲気味に笑う。
これは彼が学生時代、恋愛において手ひどく失敗した経験からこのような考えに至っている。
「あ~あ、明後日また仕事かぁ。ったく、俺を雇うならもっと給料出せよって話だ」
彼の能力は決して低くない。仕事を与えるとそつなくこなし、勤務態度も真面目だ。
ただし、真面目すぎるのか優秀すぎるのか、周りに合わせるのが苦手なせいでどうも上手くいかない。
「あ~、めんどくさ。金が見合うなら何でもしますってね、ほんと」
だるだるな雰囲気で『斉藤 隆』は机に突っ伏す。
その時、突然パソコンの画面がブラックアウトする。
「なんだ?! 停電か?」
いきなり部屋が真っ暗になり『斉藤 隆』は動揺する。
とりあえず部屋の何もかもが光を失っているようだ。
「ブレーカーでも落ちたか?」
『斉藤 隆』はそう思って部屋を出ようと扉を開くが、全くドアノブが動かない。
「あん?」
がちゃがちゃと何度もドアノブを回すが、やっぱり動かない。
「なんだってんだよ、ったく」
『斉藤 隆』がイライラしたのか、頭をがしがしと掻きながら大声を出そうとした時、後ろから突然声を掛けられる。
「お前の要望に合う仕事がある」
「うどぉわ!」
『斉藤 隆』は突然の事に驚き、変な声を上げながら振り向く。
「なななんだよ! 泥棒か! うち金ねーぞ!!」
言いながら声の主を見ると、広くない彼の部屋の窓辺に黒い布を被った男が居た。
まるで魔術師のローブのような、頭からすっぽり被った男がそこに居るのだ。
「お前の要望に合う仕事がある」
黒ローブの男はもう一度同じ台詞を放つ。
『斉藤 隆』は慌てつつも、
「なんの話だよ! って言うかお前誰だよ!」
そう言いながらずっと後ろ手でドアノブをがちゃがちゃ回して脱出を図ろうとする辺り、やはり彼は優秀である。
「お前が望んだのではないか? 金が見合う仕事を」
黒ローブの男はローブで目元が隠れて口しか見えないが、見た目そう年寄りと言う感じではない。
「その前にあんた誰だよ!」
『斉藤 隆』はそう言いながらドアからの脱出を諦めて壁際にじわじわと移動するが、唯一の脱出口である窓には黒ローブがいるのでどうしようも出来ない。
「私が誰かなどどうでも良いと思うが……とりあえず『黒衣の男』とでもしておこうか。
それよりもお前の要望に見合う仕事の話を聞かないか?」
『斉藤 隆』の頭の中では必死に色々な考えが巡っていたのだが、大声を出しても誰も来ない、ドアノブも開かない、窓へも行けないと万策尽きたので仕方なく話を聞く事にした。
「なんだよ……仕事って、内臓売れとかなら断るぞ」
「そのような類ではない」
黒ローブ、いや黒衣の男は先に断言してから、
「こことは違う世界でこちらの依頼をこなすシンプルな仕事だ」
『斉藤 隆』は露骨に変な顔をする。
彼の『黒衣の男』の認識が『訳分からない存在』から『頭のおかしい奴』に格下げしたせいだろう。
「信じる信じないに時間を取る気は無い。ここに『マニュアル』を用意した。やる気があるならこいつに聞くがいい」
黒衣の男は手元から文庫本サイズの一冊の本を取り出す。
黒々としたまるで魔道書と言う感じがぴったりの本である。
「それからこれは……そうだな、証拠と言う訳ではないが迷惑料とでもしておくか。驚かせた分の代金だ、仕事とは関係なく置いていくぞ」
黒衣の男は滑るように動くと机の上に本と何かを置く。
「ではな。仕事の件、お前の要望に合うと思うのでよく考えくれ」
黒衣の男はそう告げると『斉藤 隆』に背を向けて窓に向かって進む。
そのまま吸い込まれるように窓の向こうへと消える。
一瞬の沈黙の後、突然パソコンの画面が復活する。
まるで何事も無かったかのように他の電気機器も光を取り戻していた。
『斉藤 隆』はドアノブを捻る。
ガチャ
ドアは普通に開いた。
それから部屋の電気をつけてみる。
普通に電気がつく。
「夢か……」
ぽつりと呟く彼の目に、机に置かれている黒い本ともう一つの何かが目に映る。
その時の彼の目には黒い本よりも恐らくもう一つの方が注意を引いたのかもしれない。
福沢諭吉さん達である。
「おぉ!?」
素早く手に取り、銀行員並みの勢いで数えると諭吉さんは10人ばかりいた。
「おお……」
それから彼は自分の頬をつねる。
古典的だが、夢ではない確認である。
「……夢じゃない?」
彼はもう一度机の上を見る。
そこには黒い本が『こっち見ろよ』と言わんばかりの存在感をかもし出している。
『斉藤 隆』は本を手に取る。
ページをめくると、中身は真っ白だった。
同時に彼の頭の中で『声』が響く――。
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