シンデレラが灰になるまで 04

「何時から気付いてた?」

 落ち着いたリウは十畳ほどの牢屋の角に座り込み、俯いたまま囁いた。

「クーちゃんを見た時には薄々な。後はお前のクーちゃんへの度を過ぎた過保護さを見てればわかる。だってあれ、形質転換の結果だろ?」

「…………」

「言い方が良くなかったな。お前とあの子の先代がヤったからだろ?」

「もっと良くない言い方になってるぞ」

 腕の隙間からじとっとした目で睨んでくるリウ。 

「プランツ同士でも、本当にセックスするんだな」

 隣に座るゼロは感心しているようだった。プランツ同士の交わりに対しては、同族がこういう反応を返すのが通例だ。恋愛感情を持つことこそあれど、それ以上踏み込んで触れ合いたい、繋がりたいと思う者は少ない。ヒトと違いセックスを必要としない単為生殖を行うがために、プランツの性欲は低いのだ。

「そりゃあできるできないで言えば、できるよ」

「だが種が混じると形質転換が起きて、継代(コピィ)した時に思ってもいない個体が生まれ返っちまう。だから迂闊な事は皆しない」

「迂闊で悪かったな」

 そうだ、結果彼女の継代(コピィ)――クーは滅多にない白花個体のタンポポとして生み戻った。

「いや、ロマンチックだろ」

「はあ?」

「だってよ、次の自分が変わっても良いから繋がりたいなんて、自分を殺す覚悟を持つのと同じことだぜ。しかも相手の為に」

 その言葉に、リウが心臓は針で刺されたかのように痛みを感じた。苦笑いでそれに耐える。

「そうだな。愛情がお互いを変異させるんだ」

 二人の間に何も生まれない。だけどそこを繋ぐ何かが確かに在ったのだと示すために。

「俺は彼女と約束したんだ。何代掛かっても必ず月(ムーンサイド)に連れて行くって……まだ諦めるわけには行かない。だから全部説明しろ」

 黄色い瞳がゼロを射抜く。その視線に応えて、ゼロは強く頷いた。

「冷静になってくれて何よりだ。大体全面的に騙してた俺が悪いしな」

「もっともだ。結局お前の目的はなんだったんだ?」

 ゼロは手を差し出して言った。

「それに答えるには、お前が盗ってきたブツを出してもらうのが一番早い」

 リウは隠しポケットから掌程の木箱を取り出すとゼロに渡す。部屋の角に二人で身体を向けて、隠すようにその箱を開ける。そこには金の台座に乗った青い宝石が、ビロードのクッションの上に鎮座していた。

「確かに、シンデレラティアだな」

 ゼロは素手でシンデレラティアを取り出すと、青いきらめきを宿す宝石部分を遠慮なく掴んだ。

「……?」

 そして、訝しげな顔をするリウの目の前で、ゼロはがばっと宝石部分を取り外した。

「ゼロッ!?そんなに乱暴に扱って」

「いやいや、そもそもこれは、こう扱うもんなんだよ」

 そう言ってゼロは宝石をリウの掌に乗せた。おっかなびっくり宝石を見つめていたリウは、やがて不思議そうな顔をする。

「これ、何か軽くないか?」

 掌に乗るサファイアの直径は五センチを下らないのに、それにしてはずっしりとした重みが感じられない。そういえば宝石の入った木箱を持ったときもその軽さに中身が入っているのか最初疑ったのだったとリウは思い出す。

「ご明察。それはただのイミテーション。もの凄く良く出来た人工物だ」 

 ゼロは宝石を裏返す。其処にはただがらんとした空洞があった。台座に蓋をするように薄く作られ被さっていただけらしい。

「そして、その空洞部分に何が在るかっていうと――これだよ」

 金の台座の宝石の嵌っていた部分は、緩くすり鉢上に窪んでいた。そして其処には、青く光る小さな物体が詰まっている。ゼロが一粒摘み上げると、それは半透明の涙型をしていた。ゼロが口を歪める。

「こんなキレーなもんが末端価格数十万のドラッグなんだ。笑うだろ?」

 リウは笑えなかった。自分が盗んでくれと頼まれたものは希少な宝石ではなく、麻薬。

 ターゲットの『高価値』の意味が既に違っていたのだ。

「何だよこれ!?ゼロはドラッグが欲しくて俺に盗難を依頼したっていうのか!?」

「違う。俺の目的はこんな宝石の面を被った麻薬なんかじゃねえ……その持ち主だ」

 ゼロの表情から初めて、世の中すべてを揶揄するような曖昧さが消えた。

「歌姫のハンナ?」

 焦がれるように目を細め、ゼロの声が僅かに掠れる。

「ああ。ハンナは俺の保育者(ガーデン)だった。だけど五年前、急に出て行った。戸籍の為に、歌手になる夢の為に、そして、麻薬の為に」

「ハンナが?いや、いくらなんでも年齢が合わない」

 写真で見たハンナはまだ二十歳前後の容姿だ。ゼロの歳を考えればどう考えても計算が合わない。それではゼロが継代(コピィ)したタイミングで、ハンナはまだ四五歳の幼児だったという事になってしまう。

「それが、こいつの効果だよ。プランツ専用の酸化還元型逆行性栄養剤。俗称“シンデレラティア”。製造禁止の特A劇薬物だ。老化を止めるどころか、酸化されつつある組織を還元して若い状態に逆行させる。さらにそれだけじゃあ飽き足りず、この薬は逆行させた体組織を基礎として、細胞レベルから組織を最も最適な方向に変化させるんだ。つまり、野薔薇のプランツだったハンナなら、もっと美しく。花弁は大きく、色鮮やかに、魅力的に――そういう風に変化させる」

「すごいじゃないか!なんで使用禁止なんだ?それがあれば、ずっと若いままでいられるんだろう?」 

 もしそれが使えるなら、クーが彼女と同じ歳になるまで自分も今のままの姿でいられるかもしれない。そんな思いを見透かすかのようにゼロは目を眇めた。

「リウ、灰かぶりの話のオチ、知ってるか?」

「そりゃあ知ってるよ。クーに暗記するまで読まされてるし。あれだろ?鐘が鳴って魔法が解けて雑草に戻った灰かぶりは慌てて城から逃げ出して家に戻って、数日後に王子が少女の履いてたぼろぼろの靴を持って灰かぶりを見つけ出してハッピーエンド。もう魔法は解けて見た目は雑草に戻ってたけど、王子は灰かぶりの優しい心に恋をしてたってところがミソなんだよな」

「そう、魔法なんて無くても、綺麗になれる薬なんて無くても、雑草だって幸せになれるっていうクソ昔からある黴臭いプロバガンダ。浮世離れした空想家(ドクトリネア)だらけの中央の好きそうな御伽噺だと思わないか?」

「……意味が分からない」

「灰かぶりに魔法使いから与えられたのは、節制と誠実が齎したご褒美じゃあ無かったって事さ。その恩恵を受けるにあたって、支払う対価が大きすぎるんだ……だから、絶対に使おうなんて考えるな」

 有無を言わさぬその言葉に、リウは黙り込んだ。

「シンデレラティアを盗まれて今頃ハンナはパニックになってるはずだ。常習性も高いからな。いや――それよりも麻薬漬けの歌姫だとばれるかも知れないっていう恐怖でおかしくなってるのかな」

 ゼロの口から堪えきれない笑いが漏れる。リウはそのゼロの姿を悲しげに見つめた。

「お前は、自分を捨てた保育者(ガーデン)に、復讐したいのか?」 

「……シンデレラティアは、アクアリオではユグドラが一括して流通を管理してる。シンデレラティアっていう俗称もこの街でだけのものだ。なんでかわかるか?それはハンナが広告塔として使われているからだ。ユグドラにな。そのせいでハンナは厳重にユグドラに管理されて、五年間会える機会なんて一度もなかった。だから俺は、ユグドラごとハンナを引き摺り出すことにしたんだ」

「そうまでして会って、どうするんだ?」

 ゼロがその問いに答えることはなかった。沈黙の後、彼は仕切り直すように話題を変える。

「長話もなんだ、そろそろ脱出することを考えようか」

「?冤罪なんだから直ぐに解放されるんじゃ」

「そんな訳ないだろ、俺達は麻薬に手を出したんだ、向こうの組織に目を付けられてるに決まってる。大方違う容疑で警察に捕まえさせて、後ろに手が回った俺たちを回収しようって言う考えだろ。それにしてもあんなしょぼい罪状で引っ張らせるとはな…………あぁ!なるほど!」

 思い当たることがあったらしく、ゼロが一瞬目を見開いた。理解の出来ないリウは首を傾げる。珍しく眉間に皺を寄せて、彼は答えに唸った。

「あいつらが狙ってるのは、別の罪状だ」

「何……?」

「戸籍偽造。リウ、ユグドラの狙いはお前の公的書類を徹底的に洗わせることだ。今はまだエルザが各書類や証書に細工をしている途中。だからきっとあいつらもどこかの綻びを見て気づいたんだろう。処理が全て完了すればもう偽造を証明することはできないが、今の中途半端な状態が見つかれば話は別。それで偽造の事実を気付かせて、月(ムーンサイド)への航空機の搭乗権を失効させようって算段だな。あちらさんもエグい事考えやがる」

 リウは顔を青ざめさせた。

「そんな……じゃあ俺とクーは……月(ムーンサイド)には」

「リウ、なんか警官に没収されたか?」

「……いや、まだ名前と品種を書かされただけだ」

「なら今それで照合してるんだろうな。その内本人確認をするために遺伝子や免許類も取られる筈だ……その前にさっさと出るぞ」

 おもむろにゼロが立ち上がった。拘置所に入れられただけだったので、所持品はまだ確認されていない。今がチャンスだった。

「どうやって……?」

 リウが問う。

「わりいなリウ」

 答えの代わりに、ゼロは笑顔でポケットに突っ込んでいた手を取り出す。

 その手には、安っぽいピンクの百円ライターが握られていた。

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