21.夏祭りのラブロマンス

第72話 去年とは少し違う夏

 無事に児童館での公演も終わり、季節は夏。俺たちはまた夏合宿へと出かけることとなった。


 原作では二年生の時には夏合宿に行かなかったはずなのだが、アリスちゃんがどうしても行きたい、栗原グループの別荘があるからと言うので、今年も合宿をすることになったのだ。


「ここですわ!」


 白いリムジンを降り、別荘に荷物を運び込む。


「わあ、すっげ」


 渡辺さんが声を漏らす。


「素敵な別荘ですね」


 と、これは桃園さん。


「っていうか、デカすぎよ!」


 とミカンは叫んだ。


 建っていたのは白亜の宮殿。そして目の前に広がるのは、見渡す限りの真っ白な砂と青い海が広がるプライベートビーチ。


 さすが金持ち。持っている別荘の格が違う。


「こちらが、皆様の部屋の鍵ですわ」


 執事と思しきお爺さんが、俺たち一人ひとりに鍵を渡してくれる。


「荷物は後で使用人が届けに参りますので、皆様は長旅でお疲れでしょうし、お部屋でゆっくりして下さって結構ですわ」


「へぇ、ありがたい」


 俺たちは、二階へエレベーターを上がり、それぞれの部屋へと入った。


 俺の部屋は、エレベーターを出てすぐの角部屋だった。


「じゃあまた」


「うん」


 俺は隣の部屋の小鳥遊と手を振り合うと、自分の部屋のドアを開けた。


 ガチャリ。


 するといきなり妙な太鼓の音が聞こえてきた。


 ドコドコドコドコドコドコ……。


 な、何だ!?


「ヘイ、リンボー!」


 部屋の中には、全裸でリンボーダンスを踊る前生徒会長がいた。


 !?


 ――バタン!


 慌てて部屋の扉を閉める。


 ……?


 なんだありゃ、幻か?


 目をゴシゴシと擦ると、深呼吸をし、俺はもう一度ドアを開けてみることにした。


 キイ……。


「し、失礼します……」


 恐る恐るドアを開けると、先程とはうって変わり、白いワンピースに身を包んだ元生徒会長がイスに腰かけトロピカルジュースを飲んでいた。


「よく来たわね、武田。どうしてあなたがここに?」


 いや、慌てて身なりを整えたんだろうけどさ、リンボーダンスのセットはそのままだし、下着を一切つけてなくて色々と透けて丸見えだし――いったいどこから突っ込んでいいのか分からない。


「俺たちは演劇同好会の合宿でここに来たんですよ。生徒会長はどうしてここに?」


「そ、それは、私は大学が休みに入ったので、息抜きにこちらに……」


 そこまで言ったあと、元生徒会長はギリリと爪を噛んだ。


「よもやと思ったけれど……演劇同好会の面々がここにいるということは、アリスったら、私に断りもなくこの別荘を借りたのですわね」


 どうやらこの別荘は毎年生徒会長が借りているのに、それを知らずにアリスちゃんが合宿のためにこの別荘を借りてしまい部屋がかち合ってしまったということらしい。


「……そういうことか。っていうか、生徒会長、この部屋のカギは俺が持ってるのになんで部屋に入れたんですか?」


「そりゃ、私は全ての部屋を開けることのできるマスターキーを持っていますもの!」


 ドンと胸を張る元生徒会長。


「とりあえず、この部屋は私が使っていますので、武田くんは別の部屋へどうぞ!」


 俺は廊下に押し出される。


「え、ちょっと待っ」


 すると扉がガチャリと開き、元生徒会長は俺の荷物と着替えをポイと廊下に投げ捨てた。


「それと、他の部員たちには私がこの部屋に居ることは内緒にしてくださらない? 私は一人でゆっくりバカンスを楽しみたいの」


「あ、うん。まあ、それは別にいいけど」


 ポリポリと頭を搔く。


 ……仕方ない。部屋を代わるか。


 一階にもどり執事の爺さんに相談すると、お爺さんはすぐさま別の部屋の鍵と交換してくれた。


「すみません、確認しないで。こちらの手違いでございます」


「いえいえ」


 案内された新しい部屋に入る。


 白で統一されたインテリア。窓の外には立派なバルコニーがあり、そこから見える海は綺麗で中々居心地がいい。まるで海外のリゾート地に来たみたいだ。


 ザザ……ザザ……。


 あー、なんだか波音を聞いていると眠くなってくるなあ。


 俺が波音を聞きながらウトウトしていると、急に館内に放送が響いた。


「皆様、昼食の準備が整いましたので、一階の食堂にいらしてください。そこで今後の予定もお話いたします」


 お、昼食か。


 たしか去年は、手分けをして掃除をして、手作りのカレーを作って――苦労した末の食事だった気がするから、今年はやけに楽だな。


 そんなことを考えながら部屋のドアを開けると、ちょうど桃園さんも隣の部屋から出てきたところだった。


 そっか。変更してもらったこの部屋、桃園さんの隣の部屋だったのか。


「あれっ、武田くん――隣の部屋でしたっけ?」


 桃園さんが不思議そうな顔をする。


「あ、いや、最初は違ったんだけど、変えてもらったんだ。前の部屋にちょっと――出てさ」


 桃園さんの顔が真っ青になる。


「えっ、出たって……」


 どうやら桃園さん、俺の部屋に幽霊だとか、そういうものが出たと思っているらしい。


 俺はさっき見た、すっぽんぽんでリンボーダンスする生徒会長の姿を思い浮かべた。


 うん、あれはある意味、幽霊やオバケより恐ろしいかもしれない。


「あ、いや、ちょっとあの、部屋の電気が切れちゃっててさ。それで換えの電球が無いみたいだから別の部屋に変えてもらったんだ」


「何だ、そうだったんですね」


 ホッとした表情を見せる桃園さん。怖いものが苦手なのかな。


「さ、早く昼食に行こう」


「はい」


 二人で食堂へと急ぐ。


 しかし――原作にはアリスちゃんはいなかったし、二年の時の合宿も無かったから、ここから先は完全にオリジナル展開だ。


 これからどうなるのか、俺にも全く予想がつかない。


 この合宿、一体どうなるんだ?

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