第89話 恋のおみくじ

「すごく真剣に祈ってましたね」


 お祈りを終えたところで桃園さんに話しかけられる。


「そ、そうかな……はは」


 桃園さんの事を祈ってたんだよ!


 ユウちゃんも不思議そうな顔をして俺を見る。


「タツヤ……叶えたい願い、ある?」


「い、いや、その、別に? そんな大した願いじゃないよ」


 返事に困った俺は、話を変えようと横に居た姫野さんに話しかけた。


「そういえば姫野さん、鞍馬山はどうだった?」


 姫野さんはふう、と頬に手を当てため息をついた。


「どうもこうも、京都に来たからには鞍馬山で天狗狩りをしようとしたんだけど、結局天狗は見つけられなかったわ。それから貴船神社にも寄ってみたかったんだけど、時間が無くて」


「そ、そう。それは残念だったね……」


 なんで天狗を捕まえようとするんだよ!


「そういえば、姫野さんってオカルト好きでしたもんね」


 桃園さんが教えてくれる。

 あ、そうなんだ。それでか。


 ――って、あれ。もしかして。


「あ、お守り売ってますよ」


 桃園さんがお守り売り場を見つけて伸び上がる。


「タツヤ、一緒に行こう」


「一緒に行きましょうよ」


 ユウちゃんも俺を誘ってくる。

 俺は首を横に振った。


「いや、俺はいいよ。二人で行ってきたら?」


「そう……ですか。じゃあユウちゃん、一緒に行きましょうか」


「うん」


「じゃあ、行ってきますね」


 あることに気付いた俺は、桃園さんがお守りを買いに行く後ろ姿を見送ってから姫野さんに尋ねた。


「――もしかして、バレンタインの日に小鳥遊に呪いのチョコを送ったのって、姫野さん?」


 姫野さんはビックリしたように口を少し開いた。


「へえ、あのチョコに呪いがかかってるって、よく分かったわね」


 やっぱりか! 


 ホワイトデーの時、杏ちゃんに、小鳥遊に呪いのチョコを送った奴がいるって聞いて、ずっと誰だか気になってたんだ。それがまさか姫野さんだったとは。


「なんで小鳥遊に呪いを? 何か恨みでもあるのか?」


「いえ、恨みはこれっぽっちもないわ」


 姫野さんは長い黒髪をバサリとかきあげ、あっけらかんとした顔で言う。


「だったら――」


「ただ私は試したかったの。小鳥遊くんはこの辺りでも、ご利益があると有名な神社の息子だし、もしかして特別な力があるんじゃないかと思って。想像通り、私の呪いは見破られたみたいね。――いえ」


 姫野さんはまっすぐに俺を見つめた。


「ひょっとして、あの呪いを解いたのは貴方だったのかしら?」


「は?」


 ちょっと待て。確かに俺は姫野から小鳥遊宛のチョコを託されたが、呪いを解いたのは杏ちゃんだぞ!? どうしてこういうことになる!?


 姫野さんの目が、妖しくキラリと光る。


「武田タツヤ――あなたからは、特別な力を感じるわ。まるでこの世界の住人じゃないみたい。この世界から、くっきりと浮き上がって見える……」


 ギクリと心臓がなる。


 まあ、確かに俺はこの世界の人間じゃ無いからな。


「な、何言ってんだ。馬鹿なこと言うな」


 プイッと横を向くと、姫野はそんな俺の様子を見てクスリと笑った。


「武田タツヤ……あなた、面白い人ね。私、あなたに興味が湧いてきたわ」


 興味なんて持たんでいい!


 ザッ。


 すると足音がして振り返る。


 そこに居たのは、なぜか青い顔をした桃園さんだ、


「あ、桃園さん。どうしたの? お守りは買えた?」


「はい……」


 ん? どうしたんだ? 桃園さん、妙に暗い顔だな。


「あの――桃園……」


「タツヤ」


 くいくい、と今度はユウちゃんが袖を引っ張る。


「あっちにおみくじがある。一緒に、引こ」


「えっ? ああ、うん」


 おみくじか。そういえば、原作では桃園さんが大凶を引いちゃって、それを小鳥遊がフォローして結んであげて、桃園さんが惚れ直すっていうシーンがあったな。


 よし、二人っきり作戦は上手くいかなかったけど、俺も桃園さんのおみくじを結んであげて、惚れ直してもらうぞ!


「桃園さんも行こう!」


「あ、はい」


 桃園さんとユウちゃんとおみくじ売り場に行くと、そこにはすでに小鳥遊とミカンがいた。


「あ、武田くんたちもおみくじ引くの? 僕も今から引こうと思ってたところだよ」


 おみくじ売り場にいくと、小鳥遊がちょうどミカンとユウちゃんのおみくじを結んであげている所だった。


「そうなんだ。俺たちも早く引こう」


「はい」


 桃園さんと共に列に並ぶ。


 ふふ、待ってろよ、桃園さん。おみくじは俺が結んでやるからな!


 俺はおみくじを引こうとする桃園さんの後ろでスタンバイをした。


 確か原作では、大凶を引いた桃園さんに、小鳥遊は「大凶は珍しいから逆に凄くラッキー」みたいに言って励ましてたっけ。


 心の中で「大凶は数が少ないから逆にラッキー逆にラッキー」と繰り返す。


 さあ、来い! 大凶!!


 俺が凝視しているその横で、桃園さんはペロリとおみくじをめくった。


「……あ、大吉です」


 だ、大吉??


「ぎゃ、逆にラッキーだね」


 思わず条件反射で言ってしまった俺に、ミカンが不思議そうな顔をする。


「逆に? 大吉は普通にラッキーでしょ」


「は、はは、そうだね……」


 俺は笑って誤魔化す。


 まさか、おみくじの結果が変わるなんて!!


 小鳥遊がおみくじについて書かれた看板を指さした。


「良かったね、桃園さん。『大吉は持ち帰る』って看板にも書いてあるよ。持ち帰ったら?」


「はい、ありがとうございます!」


 クソッ、桃園さんが大吉なのは喜ばしいことなんだけど、俺の計画は台無しだ。


 悔やんでる俺の横で、小鳥遊がペロリとおみくじをめくった。


「……あ、大凶」


 落ち込んだような表情を見せる小鳥遊。


 ――仕方ない。


 俺はサッと手を出した。


「貸して、結んであげるから!」


「で、でも」


「貸してって。こういうのは結んだ方が絶対にいいから」


「武田くんがそう言うなら」


 小鳥遊の頬がポッと赤くなる。


「うん。大凶だからって、落ち込むことは無いよ。大凶って、数が少ないからかえってラッキーだって言う人もいるし」


「そうなんだ」


 おみくじ売り場の横の結ぶスペースの高いところに結んでいる俺を、ユウちゃんはぼうっと見つめた。


「……ありがとう」


「いえいえ、どういたしまして」


 あれ。なんで俺は小鳥遊とカップルみたいなことしてるんだ??


 こんなはずじゃなかったのに!!

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