第90話 ホテルにて
そして色々あった末、俺たちは無事に今日泊まるホテルへと戻ってきた。
「いやー、疲れた疲れた」
畳に足を投げ出してふくらはぎをもむ。今日一日歩きっぱなしだったので酷く足がだるい。
「そういえば山田くん、アニメショップはどうだったの?」
カバンの荷物を整理しながら小鳥遊が尋ねる。
「んー、思ったより女性向けが多かったけど楽しんだでござるよ。あ、そうそう、武田氏にはお土産もあるでござる」
「え、マジで!?」
山田がアニメショップの袋をガサゴソと漁る。
「あったあった、雄っぱいマウスパッド!」
山田が取りだしたのは、マッチョな男のイラストが印刷され胸部がクッションになっているマウスパッドだった。
い……要らねえぇ!!
「いや、なんで男!?」
「いやあ、武田氏と言えばおっぱいでござろう? そこでおっぱいマウスパッドを探したでござるが、このキャラしか在庫がなく……」
「へー、武田くんにお土産? 何貰ったの?」
小鳥遊がひょいと雄っぱいマウスパッドを覗き込む。
「あ」
「こ……これは」
小鳥遊の顔色が変わる。
「そ……そう。武田くんはこういうのが好みなんだね。僕も頑張って大胸筋を鍛えるよ……」
胸の筋肉を触りながらブツブツと呟く小鳥遊。
ご、誤解だっ!!
「なあ、夕食まで少し時間があるからウノやんねぇ?」
筋トレを始めた小鳥遊の所へ西田がやってくる。
西田と東野、今日は鞍馬山を散々歩かされたはずなのに元気だな。
やっぱ運動部だから体力があるのかな。それとも修学旅行で興奮してハイになっているのだろうか?
「いいね、武田くんほ?」
「んー、俺はいいや。なんか疲れたし、ちょっと仮眠する」
だが万年文化部でモヤシの俺にはもう限界だった。まぶたが自然にトロンと落ちてきて眠いったらない。
「そう。じゃあ、夕食の時間になったら起こすね」
「ああ、頼む」
そこから先の記憶は無い。
ちょっと仮眠するつもりが、俺は信じられないくらい深い眠りについた。
***
「――んん?」
柔らかな感触で目が覚める。
ふにふにふに。柔らかくて暖かくて、どこか懐かしいこの感触は、まさかおっぱ――。
「おっぱい!」
ガバリと飛び起きると、手には山田から貰った雄っぱいマウスパッドが握られていた。
「……じゃなかった」
っていうか今、何時だ?
時計を見ると九時だった。
あれ、確か夕飯って六時半から七時半の間だったはず……。
もしかして俺、夕飯食べそびれた!?
顔からサッと血の気が引く。俺が呆然としていると、小鳥遊がやってきた。
「あ、武田くん、起きた?」
「ちょ、小鳥遊、夕飯の時間過ぎてんじゃん。なんで起こしてくれなかったんだよ」
「起こしたよ。でも、武田くんぐっすり寝てて全然起きなかったんだよ」
マジか。ぐう、とお腹が鳴る。
山田もやって来て小鳥遊を擁護する。
「本当でござる。乳首を吸っても股間を握っても寝てるから死んだかと思ったでござる」
どさくさに紛れて何やってんだ、てめーは。
「あ、でも、お腹空くと思ってこっそりご飯をおにぎりにして持ってきたよ」
小鳥遊がラップに包んだご飯を出してくれる。ありがたい。中にはご丁寧に、夕食で出たであろう鮭まで入っていた。
だけど食べ盛りの男子高校生。今日は朝から歩き回ってたし、おにぎり一個で足りるはずもなく――。
「……ハラ減った」
俺の空腹はピークに達していた。
「大丈夫? 先生に言って何か食べ物貰えないか聞いてこようか?」
小鳥遊が心配してくれる。
「――いや」
俺は時計をチラリと見た。時刻はもうすぐ消灯の十一時だ。
まてよ。この後、原作では確か――。
「確か、風呂の近くに自動販売機が沢山あっただろ。あそこに何かパンとか食べる物が無いか見てくるわ。最悪コーンスープとかでもいいし」
俺は上着のパーカーを手に立ち上がった。慌てて小鳥遊も財布を手に追いかけてくる
「僕も行くよ。ちょうど飲み物を買いに行きたかったんだ」
「いいよ、一緒に行こう」
二人でエレベーターに乗り、一階へと向かう。
俺は小鳥遊の涼し気な横顔に目をやり、ゴクリと唾を飲み込んだ。
実を言うと、俺が一階に行きたかったのは自販機だけが目当てじゃない。小鳥遊のとあるフラグを潰すためだ。
この後――小鳥遊は裸のミカンと共に朝まで女風呂に閉じ込められるというムフフ展開がある
だが、よくよく考えてみると、朝まで風呂場で過ごすなんて、普通に可哀想だ。
小鳥遊もミカンも、そんな目には合わせたくない。
そんな訳で、次の俺のミッションは、小鳥遊とミカンのお風呂フラグを潰すことだ。
「あれ? いっくんと武田、どうしたの?」
案の定、風呂の前まで来たところでミカンにばったりと出会う。ふふ、計算通りだ。
「僕たちは、ちょっと自販機に用があってね。ミカンは、これからお風呂?」
「うん。消灯ギリギリの方が人が居なくて良いかなって思って」
そう言うと、ミカンは女風呂のドアを開けた。
「やったあ、誰もいない。貸し切りだわ!」
ピシャリとドアが閉まり、ゴトンと荷物を置く音。どうやらドアの向こうでミカンが着替えを始めたらしい。
「さーて、食べ物の自販機は……無いみたいだな」
俺は女風呂の様子を気にしつつ、自販機に目をやった。
「えー、本当? 代わりに何かお腹にたまるものは無いかなあ。このプルプルゼリードリンクっていうのはどうかな? あっ、こっちにお汁粉もあるよ」
小鳥遊と俺がなんとか空腹を満たしてくれる飲み物を探そうとした、その時だ。
「きゃあああああっ!!」
突然、女風呂からミカンの叫び声が聞こえてきた。
来た!! 原作通りの展開だ!
「ミカン!?」
俺と小鳥遊は、女風呂へと慌てて飛び込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます