19.ミカンの偽彼氏作戦
第62話 ミカンの作戦
さてそんなわけで新入部員も入り、俺たちはゴールデンウィークにまた行われる児童館での劇に向けて始動したわけなのだが――。
「……進展が無いわ」
そんなある日の休み時間、ミカンが窓辺でふう、とため息をついた。
俺はえっ、と思いながら振り向く。
「進展ならしたじゃないか。つい昨日、児童館での劇が『大きなカブ』に決まって――」
「そうじゃないわよ」
ミカンは思い切り顔をしかめると、俺の耳元で小さな声で囁いた。
「そうじゃなくて、私といっくんとの恋の進展のことよ」
「ああ」
頬杖をつき、遠く窓の向こうを見つめるミカン。
「バレンタインでチョコをあげても、向こうはいつもの事だって感じだし、どうしたらいいかしら」
『桃学』の原作によると、ミカンは幼稚園のころからかれこれ十三年も小鳥遊のことが好きらしい。
だけど小鳥遊にとってミカンは恋愛対象外らしく、いくらミカンがパンツを見せようが胸を押しつけようが小鳥遊は動揺すらしない。
しまいには「妹としか思えない」と言われてフられてしまう始末。
いい加減諦めたらどうかと俺は思うのだが……。
「そうだなあ、ミカンはいつもグイグイいきすぎだから、それが良くないのかも」
俺が適当にアドバイスを送ると、ミカンはぱあっと顔を輝かせた。
「そっか、押しでもダメなら引いてみろって訳ね!?」
「……うん、まあ、そうだな。いつもベタベタなミカンが急に冷たくなったら、向こうもあれって思うかもしれないし」
ミカンの恋路を手伝う気など一ミリも無いのだが、とりあえず適当に同意しておく。
「そうね、その方が私の大切さにいっくんも気づいてくれるかも。ナイスアイデアよ、武田!」
ミカンは俺の腕にぎゅっと抱きつくと、胸をポヨンと押し付けた。
「そうと決まったら、武田、付き合ってよ!」
――へ?
「は? どこに?」
俺が間抜けな口調で返事をすると、ミカンはぷうっと頬を膨らませた。
「どこにじゃないわよ。付き合うの。私たち、偽の彼氏彼女になるのよ。いいでしょ?」
は?
はああああ!?
「一回あんたと付き合うフリをして、しばらくしたら別れたっていっくんに報告するの。そうしたらいっくんが私を慰めてくれて、あれよあれよという間に恋人同士になってるってわけ。いい作戦じゃない?」
「いやいや、待てよ、何でそんなこと――」
嫌がる俺の手を握り、ミカンは力説する。
「それに、この作戦であんたの恋のほうにも進展があるかもしれないし!」
「いやそれはないと思うけど――」
と、ここで俺ははたと気づいた。
ミカンは最終的には小鳥遊にフラれるキャラ。
だが、文化祭でも小鳥遊とダンスを踊ったし、今のところ、この世界で小鳥遊と一番順調にフラグを積み重ねているのはミカンだと言える。
しかしここで俺がミカンと付き合うふりをすれば、親友を大切にする小鳥遊は、いくら別れたとしても、ミカンとは付き合いにくくなるのでは?
ラブコメ的に見ても、元カレがいたり過去に男と付き合ったことのあるヒロインというのは正ヒロインにはなりにくい気がするし。
――うん、ここはミカンと付き合うフリをするのもありかもしれない。
「……分かったよ、付き合おう」
「本当、やったあ!」
ミカンが飛び跳ねて喜んでいると、ちょうどタイミングよく小鳥遊がやってきた。
「どうしたの、ミカン。何だか楽しそうだね」
「ふふ、実はね……私、彼氏ができたの!」
「彼氏って――」
小鳥遊は一瞬、目を見開いて驚いた表情をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「ミカン、もしかして武田くんと付き合うの?」
ミカンがギョッと驚く。
「そ、そうだけど、なんで分かったの!?」
「えっ、だって、ミカンが僕の他に仲のいい男子って武田くんしかいないし――」
そう言うと、小鳥遊は俺の顔をチラリと見て微妙な顔をした。
「それにしても、武田くんってモテるし、ミカンが彼女の座を射止めるなんて思ってもみなかったけど、凄いよ。おめでとう。さすが僕の幼馴染だ」
「あ、ありがと……まあ、当然よ……」
ミカンも微妙そうな顔で答える。
どうやらミカンの想像では、小鳥遊はもっと嫉妬して悔しがってくれると思っていたらしい。甘いな。
それにしても、小鳥遊のやつ、俺がモテるだなんて、なんという勘違いをしているんだ。モテているのはお前なのに。
ガシャーン!!
すると何やら大きな物音がし、俺たち三人は一斉に顔を上げた。
見ると、桃園さんがペンケースを落としたようで、中身がペンやら定規やら、中身がバラバラに転がっている。
周りにいた女子たちが慌ててペンを拾い出す。
「桃園さん、大丈夫!? 顔色悪いよ!」
「一緒に保健室に行く?」
「い、いえ、大丈夫です。お気になさらず……」
青い顔でヨロヨロとペンを拾い出す桃園さん。
桃園さん……どうしちゃったんだろ?
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