第55話 お返しのクッキー
「ミカンにはこの星の形がいいかな。猫好きだから、この猫の形もいいかもなぁ」
小鳥遊がクッキーの型を手に悩み始める。
そっか。クッキーの型にも色々な形があるんだな。
俺はクッキーの型のたくさん入った箱を見つめた。小鳥遊はお菓子作りが趣味らしく、色々な種類のクッキー型をコレクションしている。
「そうだ。小鳥遊、花の形の型ってあるか?」
「あるけど、これでいい?」
「うん、ありがとう」
小鳥遊から花の形をした型を受け取る。
「それは誰にあげるの?」
「桃園さんだよ。桃園さんから貰ったチョコケーキにさ、花の模様の飾りがついてたんだよね」
俺はバレンタインの日に貰った桃園さんのチョコケーキのことを思い出した。
桃園さんのケーキの真ん中には、イチゴチョコでできたピンクの花が乗っていたのだ。
「多分桃の花だと思うけど……きっと桃園さん、花が好きなんだと思って」
「へえ、桃園さん、武田くんにはチョコケーキをあげたんだ。僕にはトリュフだったよ」
ああ。あの時、調理室で作ってたチョコか。俺もひと口桃園さんにあーんしてもらったっけ。
「なんか、俺の分だけ失敗したとかで、次の日にわざわざ改めて持ってきてくれたんだよね」
「桃園さんが、十四日にわざわざ?」
小鳥遊が目を見開く。
あ、まずい。小鳥遊に余計な誤解をさせちゃったかな。
「あ、でも桃園さん家は方向が同じだし、うちから近いから。散歩がてらに来ただけだっていってたし」
「えー、そうかなあ。それでわざわざ?」
「そうだって!」
俺は慌てて話題を変えた。
「あっ、これ、ユウちゃんのクッキーはこれにしようかな」
俺がハートの型を取ると、小鳥遊は少し動揺したような顔をした。
「えっ、ユウちゃんのがハートなの?」
「うん、だって、これ、少し心臓っぽいだろ?」
「え?」
俺はユウちゃんから貰ったチョコレートのことを思い出した。
ユウちゃんから貰ったチョコレートは、目玉と心臓をかたどった少しグロいチョコだった。
初めは何でこんなチョコ? と思ったけど、少し考えてピンと来た。
そういえば、ユウちゃんと初めて会った時、『中世残酷拷問辞典』という本の話で盛り上がったんだっけ。
それでユウちゃんは、俺の事をちょっとグロいのが好きな人と思っているに違いない。
「ユウちゃんは、俺が拷問が好きなことを知ってるから……」
「えっ」
小鳥遊の顔が青くなる。
「ぼ……僕はそういう趣味はちょっと……その、放置プレイとかだったらいいけど……あの、ムチ打ちとかそういうのは……でも武田くんがどうしてもと言うなら頑張るよ!」
何の話だよ。
しばらくして、無事、クッキーは焼きあがった。あとはこれを女子たちに配るだけだ。
***
そしてホワイトデー当日。
俺は桃園さん、ユウちゃん、ミカンの三人には、昼食を食べながら、他の二人には昼食後にクッキーを配ることにした。
「はいこれ、ミカンに。これは桃園さん、これはユウちゃんね」
三人に手作りのクッキーを渡す。
「それ、小鳥遊と一緒に作ったんだ」
俺が言うと小鳥遊がポリポリと頭をかく。
「まあ、僕は教室に忘れてきちゃったんだけどね。お昼が終わったら渡すから」
どうやら小鳥遊はあとでみんなに渡すらしい。
「わーっ、ありがとう。クッキー? 食べていい?」
ミカンがオレンジ色のリボンをほどき始める。
「どうぞ」
全く、ミカンときたら気の早い女だぜ。
「タツヤの、手作りクッキー?」
ユウちゃんがキョトンとした顔でこちらを見上げてくる。
「そうだよ。一人ひとり違う形のクッキーにしたんだ」
「わー、可愛い」
ミカンが、猫やテディベア、星をかたどったクッキーを見て目を輝かせる。
うん、自分で言うのも何だけど、チョコペンやチョコスプレーなんかの飾りを駆使して、かなり可愛いクッキーができたと思う。
ま、焼きとか味付けとか、デコレーション意外の部分はほとんど小鳥遊がやったんだけどな。
それを見て、ユウちゃんがソワソワしだす。
「私も、見ていい?」
「どうぞ」
ユウちゃんが青い包みを開ける。
ユウちゃんにあげたのは、丸いクッキーの中にチョコペンでさらに丸を描いて作った目玉クッキーに、メガネをかたどったメガネクッキー、それから本の形をした本クッキーだ。
ハートは、小鳥遊にやめろと説得されたのでやめておいた。
確かによく考えると子どもっぽくて少しダサいかもしれないし、ユウちゃんのイメージカラーの青に合わないしな。
「これは……」
ユウちゃんが目玉チョコを見て目を丸くする。
「おっぱい??」
「違う!!」
目玉チョコだっての!
いくら俺がおっぱいが好きだからって、おっぱいクッキーは作らないから!!
「そっか……タツヤはおっぱいがすき……忘れてた。来年はおっぱいチョコにするね……」
しゅーんと下を向くユウちゃん。
だから違うって!!
「えーと、私のも見ていいですか?」
桃園さんが遠慮がちに切り出す。
「もちろん。どうぞ。自信作なんだ」
桃園さんにあげたのは、桃の花と桃の実、それからウサギをかたどったクッキーだ。
桃園さんはウサギのぬいぐるみを大切にしてるって設定があったから、きっと喜んでくれるだろう。
「わあ、可愛いです。ウサギさん」
桃園さんがウサギのクッキーを見て子供のように喜ぶ。こういう所、やっぱり可愛いよなー。
「これは……」
次に手に取ったのは、ピンクのチョコペンで色付けした花の形のクッキーだ。
「ああ、それ? 桃の花だよ。桃園さん、バレンタインに桃の花のついたケーキをくれたでしょ。やっぱり、苗字にも「桃」って入ってるし、桃の花が好きなのかと思って」
「えっ? ああ……はい、そうです! ありがとうございます!」
照れたように笑う桃園さん。
「お家で大切に食べますね」
小鳥遊とクッキーを手作りしてよかった。
その笑顔を見て、俺は心底そう思ったのだった。
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