第57話 決意の卒業式

「武田くん、いい花はありましたか?」


 桃園さんに背後から声をかけられ、ハッと我に返る。


「そうだな」


 俺は一本の赤い大きな花を手に取った。


「じゃあ、赤いガーベラなんかどうかな。花言葉も「前向き」「限りなき挑戦」で、新しいことに挑戦する季節にピッタリな気もするし」


「そうですね、ガーベラって、見た目も可愛らしいですし」


「いいと思う」


 桃園さんとユウちゃんも同意してくれる。

 そんな訳で、俺たちは赤いガーベラの花束を注文することにした。


「できたよ。こんな感じでどう?」


「わあ、可愛い」


 水森さんが持ってきてくれたのは、赤いガーベラの他に、オレンジの小さなバラや白いマーガレット、カスミソウを散らした可愛らしい花束だ。


「すごい、センスいいな」


「これなら先輩も喜びますね」


「うん」


 そんな訳で、俺たちは先輩のために赤いガーベラの花束を買うことにした。



 ***


 そして、卒業式当日。


「さて卒業生諸君、旅立ちの日を迎え、寂しいこともあるだろう。だが、別れは出会いの始まり。そして、筋肉は裏切らない。諸君らは四月からも新たな環境で筋トレに励み――」


 マッチョ校長の挨拶が始まる。


 いつもながらおかしな挨拶だが、卒業生も在校生も来賓も、みんな神妙な顔で校長先生の挨拶に聞き入っている。


 俺も最近は筋肉に毒されてきたのか、何も感じなくなってきた。末期だ。


 そして生徒会長の挨拶。


「――お世話になった先生方、苦楽を共にしたご学友のみなさん、本当にありがとうございました」


 壇上で涙ぐむ生徒会長。


「……うっ」


 前の方から、小鳥遊がもらい泣きをするような声が聞こえてくる。


 小鳥遊だけじゃない。あちこちからすすり泣きをしているような声が聞こえてくる。


 マジかよ。俺、全然泣けねーんだけど。


 っていうかみんな、あの生徒会長にそんな思い入れがあったのか!?


 俺としては真昼間の学校でいやらしい事をしているイメージしかないんだが……。


 最後に、卒業生と在校生による歌が送られ

卒業式は終わった。


 その頃には、クラスメイトの大半が泣いていた。


 え……マジ!?


 俺はマジマジと考えてしまった。

 俺って冷たいのかな。冷血人間だったのか? 人の心を持ってない?


 いや――。


 俺はまだどこかで、ここは本当の世界じゃない。作りものの、マンガの中の世界だと思ってるんだ。


 この世界に慣れたつもりではいたけど、俺はまだ、この世界に完全に馴染んでいないのかもな。


「武田くん!」


 小鳥遊に話しかけられ、ハッと正気に戻る。


 気がついたら、桃園さんとミカンも俺のところにやってきた。


「武田くん、凛子先輩のところに花束とプレゼントを持っていきましょう」


「校門で待ち伏せしましょ。早くしないと帰っちゃうかも」


「ああ、分かった」


 俺たちは、急いで校門の所へと向かった。


 校門に着くと、すでに何人かの卒業生が校門を出て帰宅している。まずい、遅れたか!?


「ごめんごめん、教室で友達と寄せ書きを書いたり記念写真を撮ってたら遅くなっちゃった」


 すると小走りで凛子先輩がやってきた。

 良かった、間に合ったみたいだ。

 

「先輩、これ。卒業祝いです」


 ミカンが凛子先輩にプレゼントを渡す。


「わー、可愛いハンカチ! ありがとう」


 どうやらプレゼントはハンカチにしたらしい。喜ぶ凛子先輩。


「それから、これ」


 俺は花束と、あらかじめ部員に書いてもらった寄せ書きを渡した。


「わー、綺麗! これ、武田くんが選んだの!? センスいいねえ」


「いや、これはフラワーデザイナーさんが……」


 俺がポリポリと頭をかくと、桃園さんがずいと前に出た。


「そんな事ありません! 武田くんが、花言葉まで調べて真剣に選んだんですよ」


 いやいや、そんな大袈裟な。


「へー、花言葉? どんな?」


「ええと、赤いガーベラが『前向き』『限りなき挑戦』、オレンジのバラが『絆』『信頼』『情熱』、カスミソウが『感謝』だったかな?」


「へー、そうなんだ」


 凛子先輩が赤い花束をしみじみと見やる。


「『限りなき挑戦』か。いいね」


「そういえば先輩、東京の大学に進学するんでしたっけ」


 ミカンの問いに、「うん」と先輩は含むような声でうなずいた。


「でもそれだけじゃなくて、実は東京の芸能事務所のオーディションにも受かってて、四月から、大学に通いながらモデルとしても活動することにしたんだ」


 凛子先輩のこの報告に、その場にいた全員が目を輝かせる。


「そうなんですか!」

「芸能人! すごい!」

「サインくださいでござる!」


 だけど、盛り上がる俺たちの中、一人だけ浮かない顔をして何やら考え込んでいる人物がいる。それは桃園さんだ。


 なぜ浮かない顔をしているかというと、実は桃園さん、本格的に女優を目指すために上京したいのだが、それを親に反対されているのだ。そのことを、凛子先輩の報告を聞いて思い出したのだろう。


「いや、まだオーディションに受かっただけだし、何も活動してないけどね……あ、そうそう」


 凛子先輩は苦笑すると、花束から赤いガーベラを一本引き抜いた。


「はい。これは桃園さんにあげるよ」


 桃園さんはビクリと顔を上げた。


「私に……ですか? どうして――」


「桃園さんも女優を目指してるんでしょ? 知ってるよ」


「……はい。でも――」


「桃園さんは美人だし、演技も上手い。才能あると思うよ。でもね、一つ欠点がある。それは、周りに気を使いすぎて、遠慮しちゃうところだよ」


 うつむく桃園さんの頭を凛子先輩はそっと撫でた。


「赤いガーベラの花言葉は『限りなき挑戦』――桃園さんはもっと自分の思いのままに色々なことに挑戦するべきだと思う。進路においても……恋愛においてもね。もっと積極的に行動しないと、自分の欲しいものは手に入らないよ」


 凛子先輩がウインクをする。


「ほら、男の子って鈍感だから」


「……はい」


 桃園さんは、力強くうなずいて赤いガーベラを受け取った。


 そーだよなー。小鳥遊とか、特に鈍感だし……。


「よし、それじゃみんなで、記念写真を撮るでござるよ!」


 山田の合図で、凛子先輩を真ん中にして全員で集合写真を撮る。


「三、二、一……はいチーズ!」


 こうして卒業式は終わり、俺の『桃学』一年目も幕を下ろしたのであった。

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