第35話 お掃除ハプニング
「とりあえず、男子が掃除で女子が料理みたいな感じに分ける?」
凛子先輩が尋ねる。
あ、まずい。
俺は頭の中から桃学の記憶を引っ張り出し、思考をフル回転させた。
確か、この後原作では、凛子先輩が激マズカレーを作ってみんなを悶絶させるんだよな。
カレーなんて誰にでも作れそうだし、どうやればカレーを失敗するのかは分からないけど……とりあえず飯マズだけは絶対に阻止しないと。
となると――この中で料理が得意なのって誰だ?
小鳥遊にお弁当を作ってきたミカンは多分料理ができるよな。
そういえば、小鳥遊もファンブックに両親がいつも仕事で遅いから妹に料理を作ってやってるとか書いてた気がする。
あとは、桃園さんはお嬢様育ちだから怪しいけど、飯マズ属性が他のヒロインと被るとは思えないから、桃園さんとユウちゃんも大丈夫かな。
山田は……プロ並みの腕前であるという可能性もあるけど、無茶をしそうでもある。あんまりギャンブルはしたくないな。
「いや、男子女子で分けるよりは、料理ができるかどうかで分けませんか。女子だからって料理ができるとは限らないし」
俺が言うと、凛子先輩は腕組をしてうなった。
「それはそうだけど、じゃあこの中で料理ができるのってだれ?」
「確か小鳥遊は料理が得意だよな?」
俺が小鳥遊のほうに向き直ると、小鳥遊は「えっ」と声を上げ肩をふるわせた。
「い、いやいや、得意っていうか、料理はたまにするぐらいだよ」
「それで十分だよ。料理に慣れてる小鳥遊を料理係に入れよう。それからミカンも、自分でお弁当作ったりしてたよな?」
「う、うん」
「それから、掃除は体力使うから、ユウちゃんも料理係で。この三人が料理の担当で良いんじゃないですか。台所の人数が多いと帰って邪魔になるし」
「私もそれでいいと思います」
「そうでござるね」
桃園さんと山田も同意する。
「それじゃあ決定。私たちは掃除にとりかかろうか」
腕まくりをする凛子先輩の後を俺たちは追いかけた。
ホッ。これでメシマズは回避できたぞ。相変わらずファインプレーだな俺!
「あったあった。ここだ」
階段の下のスペースに、ホウキやらモップやら掃除機を発見し、俺たちは一階と二階に別れて掃除をすることになった。
「それじゃあ、私は二階を掃除してくるから」
「じゃあ、拙者も二階にするでござる」
凛子先輩と山田が階段を上がって行ってしまい、俺と桃園さんがその場に残される。
「……じゃあ、私たちは一階ですね」
桃園さんがふわりと微笑む。
「お、おう」
こうして、合宿での最初の作業、部屋の掃除が始まった。
***
「……よしっ、こんなもんかな」
風呂場とトイレの掃除をちゃちゃっと済ませる。
最近の洗剤は性能がいいらしく、シュシュッとスプレーして水で流すとすぐにピカピカになった。
桃園さんに水周りの掃除をさせるのは大変だし可愛いそうかなと思ってトイレと風呂場を引き受けたんだけど、ゴシゴシする手間もなく綺麗になったので少し拍子抜けしてしまう。
しかし、あっという間におわってしまってやることが無いな。廊下のモップがけでもするか。
階段下に行くと、そこには桃園さんの後ろ姿があった。
「あ、桃園さん、畳の掃除機がけ終わったの?」
声をかけると、桃園さんはクルリと振り向いた。その目元には涙が――。
「え……ええ!? どうしたの!?」
「た……武田くん……あの、私、掃除機と床のもっぷがけはしたんですけど、すみません、ちょっと、あれだけはどうしても無理で――」
青い顔をした桃園さんに連れられ、窓際に行ってみると、そこには大きな黄色い蜘蛛が。
「ああ、これかあ」
要するに、桃園さんは蜘蛛が怖くて窓の掃除ができなあというのだ。
震えながら俺のTシャツの袖をギュッと握る桃園さん。可愛いなあ。やっぱりお嬢様育ちだから、虫は苦手なのかな。
「ちょっと待ってて。俺が今、何とかするから」
「あっ、殺さないで! 殺さないで下さいね」
「分かったよ、外に逃がす」
俺は箒とちりとりで蜘蛛を挟み込むと、窓の外にぽいと投げ捨てた。
「これでよしっと」
「……あの」
だが、蜘蛛は外に逃がしたはずなのに、桃園さんはなおも青ざめた顔をして口をパクパクさせている。
「へ? 何?」
訳が分からず桃園さんの目線を追うと、ちりとりからビヨンと蜘蛛の巣が垂れた。
「きゃあああああ!!」
桃園さんが、俺の袖を掴んだままパニックになり走り出そうとする。
「あ、ちょっと待って! 桃――」
ドサドサッ!
その瞬間、掃除したばかりのツルツルの床に足を取られ俺と桃園さんは勢いよく地面に倒れ込んだ。
思い切り頭を打ち、一瞬意識が飛ぶ。
「……痛たたた」
そして目を覚ますと、目の前が真っ暗だった。
ん?
むにゅん。ぽよよん。
顔に妙に暖かくて柔らかいものが。これって――。
「わわっ、すみません。大丈夫ですか!?」
俺の上に乗っかっていた桃園さんが慌てて体を起こす。
そう、つまり、さっき俺の顔に乗っていたのは桃園さんの大きくてたわわなおっぱいだったということだ。
マジか。もっとちゃんとおっぱいの感触を味わっておくんだった!
「あ、ごめん。桃園さんこそ大丈夫?」
俺の体を下敷きにしていた桃園さんが、慌てて俺の体の上から降りる。
「は、はい。武田くんのおかげで助かりました」
桃園さんの顔が耳まで真っ赤になっている。
「武田くんこそ、すごい音がしましたけど、頭とか大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。それよりここは俺がやっておくから、桃園さんは二階を手伝ってきて」
「は、はい。分かりました」
小走りで駆けてゆく桃園さん。
俺はふう、とため息をつき、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
さすがラブコメの世界……こんなラッキースケベがあるとは。
ピロリン。
するとスマホが鳴る。山田からだ。
なんの気無しに開くと、俺の上に桃園さん乗馬よろしく乗っかって何だか卑猥に見える画像が送られてきたところだった。
あいつ、最近は大人しいと思ったらまた性懲りも無くこんなストーカーまがいの真似を!
クソっ、やけに大人しく二階を選んだと思ったら、まさか隠し撮りをするためだったとは。
でも――。
俺は写真をじっと見つめると、それはそれとして、画像はきちんと保存しておいた。
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