第14話
分かってしまった。こいつがなんでこんなにもどもっているのか。
――こいつ、照れてるんだわ! しかもあたしの下着姿を見たくらいで。あんなの、お父さんだってお兄ちゃんだって腐るほど見てたのに! クラスの男子が見たって、こんなふうにはならない。
こうなると遥火は笑いを堪えるのが大変だった。まだどもりながら注意し続けているサファヴィーにはきっと遥火の表情など見えていなかったに違いない。見えていたらすぐに顔をしかめるなり注意するなりしたはずだ。
遥火は今ではサファヴィーの話などまるで聞いていなかった。本当に必死だったのだ。…面白すぎる。
早口に話してしまうと、サファヴィーは彼らしくもない一方的な会話をついに終わらせようとした。
「…とまあ、私が言うのも無粋なことでしたが、ともかく、これからは遥火、あなたも――ああ、待ってください。彼女はまだ食べていません」
突然、サファヴィーの声が大きくなり、調子が変わったのにびっくりして遥火は我に返った。気付けばすぐ横に給仕の一人が立っていて、手付かずの遥火の皿を下げようとしていた手を引っ込めている。
――ああ、取っちゃって良かったのに!
遥火が給仕に下げてくれと言おうと振り返ったそのとき、別の声がそれを阻んだ。サファヴィーだ。
「それよりも、遥火。あなたの鴨肉はずいぶん小さくはありませんか?まだ口をつけてはいないのでしょう?」
「
遥火はイライラしながら言った。
――まったく、いつもいつもどうしてこういう余計なことにばっかり気付きやがるのかしら。ああもう給仕のお兄さん、早く下げちゃって!
しかし事態は悪い方向に進んだ。サファヴィーが遥火の言葉をそのまま受け取ったのだ。彼は激昂して言った。
「なんてことを!
遥火はぎょっとした。しかし、シーアに頼まれて事情を知っているはずの給仕の男は
「も、申し訳ありません! 今すぐ取り替えます」
と言って慌てて深く頭を下げると、問題の皿を取ってそそくさと調理場の方へ行ってしまった。遥火はギッ、と相手には分からないように、ものすごい目つきでサファヴィーを睨みつけた
――なんっって余計なことを! 本当に、わざとやってんじゃないのかしらっ。大っ嫌い!!
それから数分の後、先ほどの給仕が巨大な鴨肉ののった皿を抱えて戻ってきた。さっきの倍というと、どう考えてもサファヴィーやアブデュル女史のと同じくらいの大きさになるはずだ。それが、たった今机上に置かれたその肉の大きさは、その人たちの倍はありそうだった。
「さあ、好きなだけ召し上がってください」
サファヴィーがまるで天使のような、しかし遥火には悪魔にしか見えない顔で
――ここで食べなきゃ、こいつに負けってことだ。
「…い、いただきます」
遥火がナイフとフォークを握った。下座では四人が額に手を当てている。――その日、遥火は地獄を見た。
「う…うえぇー」
もう何度目かのうめき声が城の二階の一番南に位置する一室に響いた。発生元はもちろん、ベッドにうつぶせに倒れ込んでいるこの部屋の主、遥火である。
「大丈夫?」
「背中さすってあげましょうか?」
「うーー」
傍らから心配そうに声をかけるシーアとフロンティアの二人にも、遥火はうめき声で答えた。
今、遥火の気分は最悪だった。彼女はあれから、どれもこれも普通の二倍の量で運ばれてくる料理を泣きそうな気持ちで見つめた。もちろん隣には絶対に悟られぬよう、顔には微塵も出さないよう努力したが。
サファヴィーのにこやかな表情と、四人の使用人のはらはらした顔と、アブデュル女史の監視するような視線。それらに見守られながら、遥火はその料理の数々を口に運んだ。それはもう、これまで生きてきた中でも最高に胃が
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