遥火と大金持ちの城

@b060959

第1話

 フランドル国の東南。下流・中流階級の住まう農業地帯で、例に漏れず農業を営んでいた瀬戸せと家に、その日悲報は伝わった。内容は瀬戸せとまこと瀬戸せとマサラ夫妻の突然死。知らせを受けたのは夫妻の三人の子供たちだった。子供たちは泣き叫び、村人たちも列を作って二人の葬儀に参列した。


 

 それから一週間が経ち、二週間が経った。しかし、そのときになってもなお、亡くなった夫妻の子供たちは三人揃って元の家にいた。そしてそのことが村人の、また子供たちの悩みの種だった。長男は十七歳、長女は十五歳、次女は十四歳の子供たち三人。働けない歳ではなかったが、とてもこのまま農業で生活していくことはできない。養い親が必要だった。

 

 

 しかし、三人の引き取り先を探す村役場の職員が心底困ったことに、夫妻には極端に親戚が少なかったのである。まず父親の真の方は論外だった。彼は遠く離れた、それこそ地球の反対側にある日本という国からの移住者だった。村の中には一人として彼の親族への連絡手段を持っている者はいなかった。たとえそれを役場が突き止めたとしても、フランドル生まれフランドル育ちの、日本語などまるっきりできない子供たち三人だ。彼らをそんな異国へ送ってしまう情け知らずなこともできない相談だった。


 

 そうすると、残るは母方の親族だ。マサラは生まれも育ちもフランドルで、この国をいたく気に入って移住してきた真と二十年前に恋に落ち、結婚した。彼女の両親はすでに他界しており、兄弟もいない。村役場が持てる限りの人脈と操作網そうさもうを駆使して調べること三週間。瀬戸せと夫妻が亡くなってから三週間と二日後、ついに三人の子供たちの引き取り手が決まった。その決定を気の毒そうな表情を浮かべた役場の職員から聞かされた三人は、すかさず文句を並べ立てた。引き取り手が三人ともばらばらだったのだ。しかし役場が必死で探し当てた三家は、マサラの父方の祖父の又いとこの孫の結婚相手(しかし二十年前に離婚)の弟の息子一家、など、ほとんど他人同然のつながりしかない人々だった。だから、一人引き取ってくれるだけでも奇跡に近い幸運だった。


 

 十五歳の遥火ようかは、馬車を降りた途端あんぐりと口を開けた。夜行列車を三日乗り継いで、駅に迎えにきていた馬車に導かれてやっとたどり着いたその場所である。



「なに、これ…」



 思わずつぶやきが漏れた。遥火ようかの目の前には夢の中でだって見られないような光景が広がっていた。


 

 目の前にそびえ立つのは、見たこともないほど巨大な門扉。

 

 

 そして、驚きは遠くに目をやるほどに大きくなっていく。門の後ろに広がった光景を、遥火ようかは最初森だと思った。しかしすぐにそうでないことに気づけたのは、緑の多いその土地を構成するものものがあまりに整然としていたからだ。完璧に刈り込まれた木々と、幾何学的な模様を描く生垣。その間に植えられた鮮やかな花々。それらを突っ切って、門から幾重にも枝分かれした白いレンガ道が伸びている。


 

 思いっきり優美に整えられた庭だ。

 


 しかしこの整いすぎた庭も、さらにその奥にあるものに比べたらなんでもないものだった。遥火ようかがいまだに口を閉じられない理由はまさにそれだった。



 ――ばかでっかい屋敷…いや、もしかすると、城? 


 

 思ってみるとまさにぴったりだった。横に長く、窓がたくさんある様子は学校に似ていたが、比較にならないほど大きい。だいたい、学校は木でできていたが、この建物の壁は輝くばかりの白で、屋根は青だ。おまけに、その隣には円柱型のこれまた窓のたくさんある建物があり、尖塔がいくつも飛び出している姿は、王冠そっくりに見える。


 

 遥火ようかが完全に呆けている間に、遥火をここまで乗せてきた馬車の御者ぎょしゃは、一度、馬から降りた。そうして、門の内側に現れた男に門越しに何事かを告げると再び馬に飛び乗り、馬車ごと去ってしまった。



 遥火ようかが気づいたときにはすでに馬車の姿はなく、代わりに、目の前に白い服を着た男が立っていた。この城の門番らしい。大柄でがっしりとした様子がいかにも強そうだ。肌にやや色がついていることから、生粋のフランドル人ではないのだろうことが一目で分かる。南部では対して珍しくもなかったが、北部ではどうなのだろう。門番は一見怖そうだったが、挨拶してきた口調には親しみが感じられた。 



 挨拶が終わると、門番は遥火に後についてくるように告げて、門を越えて歩き出した。

 


 門番についてひたすらまっすぐ歩きながら、遥火ようなはとんでもないところに来てしまったと心から動揺していた。風に乗ってくる香りは優雅なバラ。もういくつの噴水を見ただろうか。村の公園にただ一つあった、一年に一度の祭典の日にしか水が出ない、あの噴水よりずっともっときれいだ。あんなのを何個も、しかも水を出しっぱなしにしておけるなんて…。なんて金持ちだろう。それにこの庭の広さ。もう十分も歩くのに城の入り口にたどり着かない。門の前であれだけ大きく思えた城なのに、近づくごとに、実際はさらにさらに大きいことが分かった。



 遥火はごくりとのどを鳴らした。自分はここの召使めしつかいにでもされるのだろうか?

 


 それから五分も歩くと、目の前にひときわ大きな噴水が現れた。そしてその前に立っていた少し猫背気味の男に、遥火は引き渡された。門番は白く飾り気のない服を着ていた(それでも遥火ようかのいた村の男たちの普段着よりずっと上等そうだった)。対して、噴水の前にいた男は御者の服に似た黒い光沢のあるスーツを着ている。



 服装からするに執事だろうか、と遥火ようかは思う。その男が遥火ようかに丁寧なお辞儀をしたとき、おびえた表情を見せた。遥火ようかはそれの意味するところを敏感に感じ取る。



 ――この人、あたしの汚さにびびってるんだわ…。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る