第四話 デスガルムの野望

 ボウエイジャーという、宇宙最強クラスの強大な軍事力を保有しつつも非武装中立を標榜しているという、あまりにも不可解な国、日本。

 この日本という謎多き地方政府の分析だけで、その日の連隊間連絡会議は出口の見えない議論に何時間も費やされた。会議の出席者たちは、過去の侵略では一度も感じたことのない重苦しい疲労感に襲われていた。相手の正体が見えないという事は、これほどまでに神経を消耗させるものなのか。


「もう一度、原点に立ち返ってみませんか?」


 膠着して誰一人として口を開かない会議の中、第三連隊所属の若手戦闘員Uがいきなり挙手して、真剣な口調でこんな提案をした。

「一旦、日本の事は置いておいて、最初の計画通り、アメリカ大統領の誘拐作戦をもう一度やってみるのです」


 お、と戦闘員Aは思わず椅子から身を乗り出した。それは戦闘員Aも以前から同じアイデアを考えていて、それでも確信が持てずに今まで提案できていなかったことだったからである。

「今回の侵略作戦の大きな問題点の一つは、我々の侵略が、全くもってこの星で話題になっていないという事です。

『不殺化』が進む現代戦の基本思想は、可能な限り戦わずに戦力の誇示だけで決着をつけ、敵味方両方の損害と不要の怨恨の発生を減らす『示威による屈服』であります。しかし今回の侵略作戦は、その示威が全く機能していません。そこが問題なのです」

 なるほど、あいつ若いのに鋭いじゃないか。うちの連隊に欲しい人材だな、と戦闘員Aは思った。


「この星で最大最強の国家である『アメリカ』のリーダーがあっさり誘拐されるという事件は、我々の脅威をこの星に誇示する最高の示威行為だと考えます。

 これを行う事で、ボウエイジャーを取り巻く周囲の環境も変化し、膠着したこの状況を打破するきっかけになるのではないかと」

 戦闘員Uが発するテレパシーは凛として力強かった。彼なりに懸命に勉強して、自分の分析と戦略を丁寧に構築した上での発言である事が言外から伝わってくる。だが、重々しい雰囲気のベテラン戦闘員Eが、その若手の意見を一笑に付した。

「そんなもの、ボウエイジャーが一瞬で駆けつけて終わりではないか」


 ベテラン戦闘員Eの口調は叱責に近いものだったが、若い戦闘員Uはひるまずに反論した。

「確かに、我々が誘拐を仕掛けても即座にボウエイジャーが駆けつけるでしょうから、アメリカ大統領の誘拐自体は成功しないかもしれません。

 ですが、たとえ誘拐未遂事件であっても、我々の侵略をこの星の原住民に強く印象付ける事はできます。それに、ボウエイジャーが現れないという可能性も十分あるのではないかと考えます」

「そんな訳があるか。奴らは今までだって、まるで先回りしているかのように、我々の出撃先にすぐに現れてきたんだぞ」

「はい。ですが、今までの我々の出撃先はいずれも人のまばらな郊外で、周囲にはマスコミも報道陣もおりません。だからこそ彼らは出撃できていた、という可能性は考えられないでしょうか」

「……どういう意味だ?」

「先ほどからの情報部の説明によると、理由は不明ですが、ボウエイジャーはこの星ではなぜか軍事力と認識されておりません。という事は、彼らはおそらく秘密裏に結成された地下軍事組織で、その存在を世界に公開できない何らかの理由があるのです。

 もしそうだとしたら、アメリカ大統領の周囲などという報道陣だらけの場所には、ボウエイジャーは出撃できない可能性も十分考えられます」


 ベテラン戦闘員Eは腕を組んで「存在を世界に公開できない理由とはなんだ?」と横柄に尋ねた。戦闘員Uは悪びれもせず「現時点では分かりません」と堂々と言い切った。それじゃ話にならん、とベテラン戦闘員Eは冷笑を浮かべたが、それに対して若い戦闘員Uは、理由などは問題ではありません、とまで言い切ってしまった。

 理由はどうであれ、ボウエイジャーに人前で戦えないという弱点があるかもしれないのだったら、ダメ元でもその可能性を実際に検証してみればいいじゃないか、仮に失敗してもそれは大した損害にもならないのだから、というのが戦闘員Uの意見だった。


「我々を阻止するためにボウエイジャーが登場すれば、今まで世界に全く知られていなかったボウエイジャーの存在が、明るみに出ることは絶対に避けられません。

 そうなれば、世界は黙っていないはずです。ボウエイジャーのような大量破壊兵器を国際社会に隠匿して製造・保持していた事で、日本は世界中から激しい非難を受けることでしょう。そうなればおそらくボウエイジャーも、今までのように自由に出撃し、我々の侵略を妨害する事はできなくなってくるのではないでしょうか。

 正直、大統領の誘拐が成功しようがしまいが、実はそこは大して重要ではありません。『ひみつ戦隊』であるボウエイジャーを地球人たちの目の前に引きずり出す、それがこの作戦の一番のポイントなのです」


 戦闘員Uは自分が思いついた素朴な発想をストレートに表明しただけで、そこに深い意図はない。だが、ほんの少しの負けすら許さず、挑戦を避けていては何もできないという彼の言い分は、古株の戦闘員達の目には、生意気な若造が自分たちに楯突いているかのように映った。

 会議室中に「憶測だらけの希望的観測だ」「無責任極まりない」などといったベテランたちの乱暴なテレパシーが飛び交う。その中で唯一、戦闘員Aだけは実は内心この説に好意的だったのだが、幹部戦闘員の中でも最も重鎮の一人である自分が安易に若手の意見に与する事により、会議がますます紛糾して後に禍根が残ることを懸念して、この場は発言を控えることにした。


「そんなもの、原住民はボウエイジャーに味方するに決まってるじゃないか。

だって原住民にしてみたら、彼らは自分たちを侵略者から守ってくれるヒーローなんだぞ。逆効果になるだけだ」

 そんな批判の声に対して、戦闘員Uは自説を述べた。若いながらも堂々とした、実に立派な態度だった。

「確かに一般民衆にとっては、彼らはまぎれもないヒーローでしょう。しかしこの星の指導者たちは同じように考えるでしょうか?

 ボウエイジャーは、今でこそ異星人から自分たちを守ってくれる味方かもしれませんが、強大な軍事力であることに変わりはありません。我々異星人を撃退した後、今度はボウエイジャーが日本政府の手先となって自分たちに牙を剥いてくる可能性は、十分に考えられることです。

 ですので我々は、原住民の姿形に偽装した工作員ロボを大量に派遣して、そのような流言蜚語を各国の指導者やマスコミをターゲットにばら撒くのです。この星の遅れた文明が相手なら、あっさりと指導者たちは疑心暗鬼に陥って、ボウエイジャーの活動を裏で妨害するようになるはずです」


 残念なことに、どんな批判にも一切動じず反論する戦闘員Uの堂々とした立派な態度は、頭の固いベテラン戦闘員たちを説得するには完全に逆効果だった。若者の理路整然とした反論にプライドを傷つけられ、意固地になった古株たちは、「ありえない」「考えが甘い」などと思い思いのテレパシーをだらしなく垂れ流していた。そのうち、その中の一人が


「そんな事をして、原住民どもが内戦を始めたらどうするんだ」


 と叫んだ事で、うまい反論が思いつかなかった古株たちは、その反論いいね! とばかりに一斉にその説に飛びつき、「そうだ」「そうだ」と連呼した。

 侵略中の星の原住民が内戦を起こしてしまう事は、デスガルム軍にとって実際、かなり頭の痛い問題なのである。


 デスガルム星は、文明度の低い惑星を侵略・占領し、リノベーションして他星に売却する事を主な産業とする軍事惑星国家だ。

 文明度の低い惑星は、非効率的な政府組織によって経済活動が妨げられている上に、原始的な生産設備しか存在しないので、労働生産性は極めて低い。その一方で、安価な労働力の供給源になりうると共に、最先端の文明が生み出した製品の巨大市場でもある。さらに、未開発の鉱物資源、ユニークな歴史上の遺物や自然環境などの観光資源、豊かな生物多様性といった潜在的な強みを持っている惑星も多い。


 デスガルム星人は、宇宙のあちこちを探索してはそんな未開の惑星を見つけて侵略し、原住民の政府を駆逐して新しい効率的な政府に置き換える。そうした上で、自らが持つ最新の科学技術を導入して、文明の進んだ先進的な惑星に作り替えていくのである。

 そして、文明化の作業が一段落したところで、デスガルム星人はその惑星の政府や主要な生産設備などの所有権を株式化し、投資家に高値で売却するのだ。デスガルム星人たちはその株式の売却益で得た収入で生活すると共に、次の星を侵略するための軍事費を確保する。

 つまり、彼らデスガルム星にとって、惑星侵略は生活の糧を得るための重要なビジネスなのである。このような惑星侵略に特化した軍事惑星国家は、デスガルム星以外にもいくつか存在していて、惑星リノベーションビジネスという名の産業の一分野として確立されている。


 そんなデスガルム人にとって、侵略する惑星というのは大事な商品であり、できるだけ傷をつけないよう慎重に丁寧に侵略するのが基本だ。侵略といっても、彼らは原住民をほとんど殺さないし建物も破壊しない。侵略の際に殺人や破壊をやってしまうと、原住民の無用の恨みを買い、その後の占領がスムーズに行かなくなってしまうからである。

 その代わり原住民の目の前で、厳重な警備に守られた指導者の誘拐や重要拠点の占拠をあっさりとやってのける。それによって自らの圧倒的な力をとことんまで誇示するのである。それによって、デスガルムには絶対に敵わないという強烈な敗北感を原住民たちに植え付け、戦わずして原住民の戦意を喪失させ屈服させるのが、彼らの侵略の手法だった。


 対原住民の戦いに用いられる巨大化カイジンも、巨大化する目的は戦闘のためというよりは、その大きさで原住民を圧倒し、反抗する戦意をくじく事にある。

 だから巨大化カイジンの戦闘力は実際それほど高いわけではなく、武装も必要以上に派手な火花が散るだけで、実は全く威力のない威嚇用のものしかない。歩行の際に地面にいる原住民や建物や車を踏みつぶさないよう、巨大化カイジンの体は反重力装置を用いて、常に地上からわずかに浮き上がった状態になっている。

 そのため、巨大化カイジンがボウエイジャーの巨大ロボと戦った後の街は、火花と煙がもうもうと立ち込めるほどの激しい戦闘があったとは到底思えないほど、実は毎回ほとんど無傷なのである。


 それほどまでに細やかに侵略先の原住民に対して配慮をしながら、できるだけ無傷での侵略を目指している彼らにとって、一番厄介なのが原住民同士の内戦であった。

 内戦が起こってしまうと、その星の環境が破壊され資産価値が下がるだけでなく、怨恨と憎悪の連鎖が起こり、侵略完了後の統治が非常にやりにくくなるからである。

 内戦といっても、実情はせっぱつまった原住民たちが勝手に仲間割れして殺し合いを始めただけであり、実は内戦の発生に関してデスガルム軍は直接的には関係がない。

 だが原住民の目線で考えてみると、そもそもデスガルム軍の侵略さえ無ければ仲間割れだって起こさずに済んだわけで、どうしても恨みや憎しみの鉾先は、内戦の相手ではなく侵略者であるデスガルム軍に向かってしまう。

 戦後の統治と経済開発まで視野に入れて緻密に計画的に侵略しているデスガルム軍としては、そのような不毛な恨みを買うことは極力避けたいところだった。


 内戦の懸念を言い訳にして、建設的な意見を握りつぶそうとする古参の幹部たちを向こうに回して、それでも戦闘員Uは全くひるまずに滔々と反論した。

「内戦の勃発をご心配とのことですが、現実問題としてその心配はないと思います。

ボウエイジャーは、表向きは侵略者を撃退する正義のヒーローです。日本政府も他国に対しては、その点を前面に押し出して擁護するでしょう。侵略者と戦っている最中のボウエイジャーに対して、表立って内戦を仕掛ける国はないはずです。

 しかし裏では、各国によるボウエイジャー包囲網が敷かれ、無形の妨害や圧力が彼らの活動を制限しにかかってくるはずです。それが我々の狙いなのです。何だったら、ボウエイジャー撃退後の世界の覇権を分け合おうと、我々からアメリカなりロシアなりと極秘に持ち掛けて、一時的な協力体制を築いてもよろしいかと考えます。

 むしろその方が、アメリカやロシアの動きを我々がコントロールできるようになりますので、彼らが無意味な軍事行動を起こす事を防ぎ、この星の無駄な破壊を防ぐ事ができて好都合かもしれません」


 その後も戦闘員Uは寄せられた批判に対して一つ一つ丁寧に、自分の提案が適切だと考える理由を説明して論破していった。だが、それらは頑迷な古株たちの汚い野次にかき消され、会議の趨勢を覆すには至らなかった。

 戦闘員Aはこの将来有望な若者を救おうと、途中で助け船のコメントを出そうとした。だが、ほんの少し躊躇して言葉を選んでいる間に、会議はすっかり野次だらけの炎上状態だ。こうなってはとてもフォローしてやることはできない。


 ――若者よ、私はお前のアイデアは好きだが、いかんせん提案の仕方に若さが出たな。これに懲りずにこれからも頑張れ。


 戦闘員Aは心の中で戦闘員Uを励ました。旧勢力の抵抗に遭う可能性が高いこのような思いきった案は、会議の場でいきなり若者が提案すると無用な抵抗を受けてしまう。だから、まず事前に上司を説得して、上司の口から言わせるべきなのだ。

 とはいえ、そういう小手先の会議のテクニックなどは年を取れば勝手に身についてくる。それよりもこの作戦を思いついたお前の着眼点と発想を大事にするんだ、絶対に潰されるなよ、と戦闘員Aは、この若い俊英こと戦闘員Uの名前を記憶にしまい込んだのだった。


 予定時間を大幅に超える長時間の議論で、その日の連隊間連絡会議はすっかり内容が散漫になってしまった。そこで、一向に終わりの見えない会議に何とか形を付けてまとめるため、親衛隊の中でも一番年上の戦闘員Bが重々しい口調でこう宣言した。


「とにかく、まずボウエイジャーを倒さない事には始まらない。各連隊とも、横の連携を密にして、各隊精進してボウエイジャー打倒に向けて団結すべき時だと思う」


 最も重鎮といえる立場の戦闘員Bから、この何の提案にもなっていない提案のような何かが出されたことによって、結局何一つ議論が進んでいないこの会議も、何となく結論が決まったような雰囲気になった。

 戦闘員Uはそれでも納得せず、まだ食い下がろうとする。

 戦闘員Aはこの鼻っ柱の強い有望な若者の今後を気遣って、もうこれくらいで止めておけ、とフォローに入ろうとしたが一瞬遅かった。戦闘員Aの発言より早く、苛ついた戦闘員Bがぴしゃりと戦闘員Uを叱りつけた。


「アメリカを攻める事はまかりならんッ!」


 戦闘員Bは早口で怒鳴った。

「ボウエイジャーが我々の前に立ちはだかっている今、この辺境の国日本で、連敗続きである事を誰にも知られずに戦えているという現状の方が、むしろ我々には好都合なのだぞ! なぜそれが分からぬのかバカ者が!

 アメリカの首都で、世界中の原住民たちに向かって報道されている前で、我がデスガルム軍がボウエイジャーに負ける姿を見せるなど、誇り高きデスガルム軍人として恥ずかしい事だとは思わんのか!」


 その言葉に戦闘員Aは、最初からボウエイジャーに負ける事を前提に話をしている、お前の負け犬根性の方がよほど恥ずかしいわ! と怒りを覚えた。だが、第四連隊の筆頭幹部という立場にある自分がそれを発言してしまうと、連隊同士の大げんかになってしまう。戦闘員Aは怒りを押し殺し、ぐっと自制して最後まで沈黙を保った。

 若者の意欲ある提言をネチネチと集団でいびり倒し、自説に固執して現実を見ない古株たちの醜悪な姿を見ているうちに、なんだかもう、戦闘員Aは何もかもがどうでも良くなってきてしまった。


 我が軍も、知らぬ間に組織がだいぶ硬直化してしまっていたんだなぁ……


 そしてその日の会議は結局何一つ結論もないまま、ただ七日後の出撃もまたぜんいんでこころをひとつにして、いっしょうけんめい、ぜんりょくでがんばるということだけが、みんなのきょうつうのりかいであるとして、あらためてかくにんされたのだった。


 当然、いつものように三十分足らずで負けた。

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