第三話 鉄壁戦士のひみつ大解剖

 デスガルム軍の主力部隊である、突撃機甲大隊所属のカイジンですら「鉄壁戦隊ボウエイジャー」にほとんど損耗を与えることすらできずに完全撃破されてしまった。

この結果は、デスガルム親衛隊の司令室に大きな衝撃を与えた。


 しかし、その衝撃を認識していたのはデスガルム総司令と四人の連隊長たち、それと司令室に勤務するごく一部の幹部戦闘員だけである。どのような星が相手であっても、士気の動揺を防ぐために、この艦の乗組員の大部分を占める一般戦闘員達には戦況の詳細な情報はほとんど伝えられない。総司令と連隊長たちも、内心の動揺ぶりは分からないが、軍内の混乱を防ぐため常に

「この地球という星とやら、実に面白い」

「彼らもなかなかやるようですな」

 などと、余裕を漂わせた態度と言動を保つよう努めている。そのため、デスガルム軍の母船内は今日も普段と変わらず、一般の戦闘員達は自分たちが宇宙最強の軍隊であると信じて疑わないまま、悠々と自らの業務を遂行していた。


「まずは敵を知ること。もう、彼らが未開の原住民という認識は捨てよう。この『鉄壁戦隊ボウエイジャー』は、我々と同等かそれ以上の軍事力を持つ強大な敵である。そのように考え方を改め、徹底的にボウエイジャーの情報を集めるのだ」

 戦闘員Aは自分自身の慢心を戒めるかのように、部下たちにそう指示した。


 戦闘員Aは経験豊富なベテランで、しかもかなり上位の階級に位置している幹部戦闘員である。彼は親衛隊の戦略立案の、かなり深い部分まで関与する立場にある。

 戦闘員は声帯が機械化されているため、「ギー!」という威嚇音しか発することはできない。代わりに彼らはテレパシー通信装置を使って他の戦闘員やカイジンと意思の疎通を行うのだが、その時の彼は、常に論理的に議論を進めるスマートな能弁家である。彼はその高い知性と冷静沈着な判断力を買われて、一般の戦闘員から抜擢されて参謀になった。そしてこの司令室にあって、デスガルム親衛隊の戦略立案の重要な部分を担っている。


「特にあの『変身』とかいうシステム、あれは我が軍にも存在しない全くの新しい技術だ。解析してメカニズムを理解することで、彼らの強さの理由や弱点が分かるかもしれない。科学部隊はこの『変身』の解析を最優先に進めてほしい」

 そう言うと彼は、各部署の戦闘員達に次々と的確で具体的な指示を出していった。


 ボウエイジャーほどの強力な戦闘力を備えた武装勢力であれば、その維持管理に必要なコストは当然ながら莫大なものになるはずだ、と戦闘員Aは見ていた。

 だとすると、「鉄壁戦隊ボウエイジャー」の背後には、国家クラスの巨大な組織の存在があることは間違いない。まずはそこを突き止めるのが先決だと戦闘員Aは考えた。

 確かにボウエイジャーは強い。だが、戦争というのは単純な戦力の強弱だけで勝敗が決するような簡単なものではない。どんなに強力な武器があっても、それを動かすエネルギーの補給がなければ使えない。破損した装備の修理ができなければ、順調なのは最初だけで、徐々に先細りしていって、いずれ必ず戦闘は継続不能になる。

 もしボウエイジャーを倒せないのであれば、別に倒す必要もないのである。ボウエイジャーとの直接対決を極力避けて時間を稼ぎつつ、その間に背後にいる支援組織を分断すれば、彼らは補給や整備を失い、徐々に立ち枯れていくはずだ。


 この科学技術の立ち遅れた星の住人が、一体どうやってボウエイジャーのような先進的な軍事力を保有するに至ったのか。おそらくそれは最高級の軍事機密として厳重に秘匿されているのであろう、現時点で全く情報は得られていない。

 しかし、軍事機密をどんなに隠そうとも、ボウエイジャーの運用を背後で支えている国家の実力を隠すことは決してできないのだ。

 情報を収集・分析して、ボウエイジャーを背後で支援している国家体制さえ把握できれば、後は造作もないことだ。時代遅れの幼稚な政治制度しかもたないこの星に対して、デスガルム文明の高度に発達した謀略技術を駆使して政治外交工作を行い、彼らを互いに疑心暗鬼にさせ、組織を分断するのである。

 そうしてボウエイジャーに十分な支援が回らず、上層部から支離滅裂な運用方針が下りてくるような状態に仕向ける事ができれば、戦わずして勝敗はほぼ決したようなものである。ボウエイジャーはきっと本来の力の一割も発揮できずに、我が軍のカイジンの前に軽々と撃破されるはずだ。

 もし完璧なお膳立てを整えることさえできれば、もはやボウエイジャーと戦う必要すらない。デスガルム軍が仕掛けた謀略工作によって、地球の地方政府たちが勝手に仲間割れを始めて、ボウエイジャーそっちのけで骨肉の争いを始めて自滅していくのを、デスガルム軍はただ悠々と母船から眺めていればいいのである。


ところが、情報部の戦闘員からの報告は意外なものだった。


「不思議でなりません。ボウエイジャーはどうやら民間の武装組織のようなのです。彼らはどの国家の支援も受けていません」

 その報告に、戦闘員Aはうっかりテレパシー通信を切らないまま「はぁ?」と間の抜けた思考を思わず周囲に垂れ流してしまった。恥ずかしい。


「彼らは『日本』に駐留して日本の言語を使用している。だとしたら当然、ボウエイジャーは日本の政府から何らかの支援を受けているはずだろう?」

「いえ、それが全く……。仮に関係を秘匿しているにしても、普通は何かしら接触の痕跡があるものですが、驚くべき事に、彼らと日本政府の間には何一つ接触の痕跡が無いのです」


 どういう事なのだこれは。戦闘員Aはイラついた様子で尋ねた。

「では『アメリカ』はどうなのだ?あれだけ突出した軍事費をもつ好戦的な国家が、ボウエイジャーと全く関係が無い事などありえん」

「それが、アメリカも全くの無関係です……」

「だとしたら、一体誰がボウエイジャーに資金と技術を提供しているというのだ!」


 報告役を務めた情報部の戦闘員は、完全に貧乏くじを引かされた形だった。彼はただ事実をありのままに報告しているだけなのに、これではまるで彼がふざけて報告しているような雰囲気ではないか。

「分かりません……。ただ、ボウエイジャーの創設から運営にあたっては、ある一人の原住民の科学者が主導的な役割を果たしている事が、徐々に明らかになってきました」

「一人? 組織ではなく?」

「はい。万代博士という一人の天才科学者が、ボウエイジャーを開発し、活動拠点となる秘密基地の建設、巨大ロボの建造まで全てをたった一人で成し遂げたのだと」


 そんな馬鹿な、と戦闘員Aは天を仰いだ。それはありえない。

 仮に、ある不世出の天才が世界に登場したとしても、その天才が偉大な発明を成し遂げるためには、そのアイデアに行き着くまでの土台となる知識の集積と、それを社会が受け止めて現実に落とし込めるだけの科学技術が絶対に必要なのだ。

 例えば、土器と石器しか存在ない原始人の時代に、たとえ神のような頭脳を持った超天才が一人生まれたとしても、一足飛びにその天才原始人がコンピューターを発明する事はできない。

 同じように、第四~五世代の軍事技術しか持たないこの星の文明に生まれた天才が、第六世代の技術を発明するのならまだしも、一足飛びにいきなり第八世代にあたるボウエイジャーを一人で生み出すというのは、到底考えられる事ではないのだ。


「馬鹿を言うな。そんな事は不可能だ。そもそも、仮に本当に一人の民間人がボウエイジャーを生み出したのだとしても、あのような巨大な軍事力の存在を、日本以外の他国が放置しているというのが信じられん。これほど極端に偏った軍事パワーバランスでありながら、なぜ紛争が起こらないのだ、この星は!」


 すると、情報部の戦闘員は驚くべきことを言った。

「むしろ、日本の周辺では過去七十年近く軍事衝突は発生しておらず、平和そのものです。紛争が多発しているのは中東と呼ばれる地域などで、多くの場合アメリカが深く関与していて、日本の関与はどこも限定的なものです」


 ちょっと待ってくれ。わけが分からないぞ。

 戦闘員Aは困惑した。


「なぜだ。理解できん。アメリカは他国の大量破壊兵器の保有に対しては、病的なまでに神経質な国ではないか。それなのに、なぜ彼らはボウエイジャーのような強大な軍事力の存在を平気で許容していられるのか。許容どころか、ほとんど無視ではないか。一体どんな巧妙な外交を行っている国家なのだ、この日本という国は」

「この『日本』という地方国家ですが、七十年ほど前に一度、世界の覇権を奪うべく、無謀ともいえる征服戦争を起こしていますが、最後は周辺国から孤立し敗戦しています。以降は侵略戦争の禁止を国是とし、対外戦争を起こさず経済発展に特化したという国のようですね」


 混乱する思考の中で、戦闘員Aは必死にこの日本という国をイメージしてみた。

 決して世界のリーダーではないが、独特の外交上の立ち位置を巧妙に維持する、とても老獪な政府のようだ。

「なるほど……そういえばこの『鉄壁戦隊ボウエイジャー』という呼称も、日本の言語で『抑止力』といったような意味をもつ言葉だったな、確か」

「はい。『鉄壁』とは鉄の壁、転じて強固な防御を意味する比喩表現です。『戦隊』とは戦闘部隊の事。わが軍でいう『カイジン』に相当する単語かと思われます。『ボウエイ』は外敵の侵入に対する迎撃を意味する単語です。

 つまり『強固な抑止力』というのがボウエイジャーの意図する軍事力のありかたであり、あくまで自衛用であって他国を侵略するための軍事力ではないという事を、周辺国に強くアピールしている事がその呼称からも伺えます」

「『ジャー』はどういう意味だ?」

「『ジャー』に関しては解析が完了しておりませんが、口語上のスラングのようなものと推測されます。日本の言語はアメリカの言語との融合が一部で見られており、アメリカの言語で用いられている単語を日本語の発音にアレンジして取り込むといった用例が一部で見られます。

 アメリカの言語では『従事する者』を表す時に、名詞の語尾を『ャー』という形態に変化させます。おそらく、その文法上のルールが日本の言語に流入したものかと。つまり『ボウエイジャー』で『侵入してきた外敵の迎撃に従事する者』という意味になります」


 戦闘員Aはこの日本という不思議な国の事を想像しつつ、しみじみとつぶやいた。

「なるほどな……重武装中立に特化した国、日本……」


 すると、そこで情報部の戦闘員が驚愕の情報を伝えた。

「いえ。この日本という国、武装中立ではありません。非武装中立です」


 戦闘員Aは、「はぁ?」とストレートに聞き返した。

 なんだそれは? 意味が分からないぞ?

 情報部の戦闘員も、ハイ、意味が分からないのです、という実に間の抜けた回答をした。


「とにかく、私共にも全く理解はできないのですが、確かに彼ら日本の憲法には一切の軍隊の保有を禁じる事が明記されており、対外的にも非武装中立を……」


 軍隊を持たずに中立を維持する? 一体何を言っているのだ、この日本という国は。非武装中立など、警察を持たずに犯罪を無くそうとするようなものではないか。


「ボウエイジャーという宇宙最強クラスの軍隊を持っていながら、一切の軍隊の保有を禁じるなどとは、いくら何でも白々しすぎるのではないか日本。しかもこの国は、ボウエイジャーだけでなく、この星の通常の軍事力もそれなりに保有しているのだろう。これでは、非武装中立どころか圧倒的なまでに世界最強の軍事国家ではないか」

「はい……でもこの国の憲法には軍隊の保有禁止の条項が……」


 戦闘員Aは思わず机を叩いて、恥ずかしさも忘れ「ギー!」と威嚇音を発すると再び空を仰いだ。

「なんなのだ、この日本とかいう国は!」


 普段は決して冷静さを欠くことがない、温和な戦闘員Aにしては大変珍しいその剣幕に、情報部の戦闘員は怯えながらおずおずと報告を追加した。

「実は……非常に不可解な点がもう一つございまして……。そもそもボウエイジャーは、この星では軍事力として認識されていないようなのです。

 こちら、この星の各国政府が発行している軍事白書なのですが、ボウエイジャーに関しては、どの国の白書にも一切記述が無いのです」


 戦闘員Aは絶句した。なんという不可解な文明。

世界最強の武装組織を民間人が一人で造り上げ、それを世界中の誰もが軍事力だと思っていないなどと、そんなバカげた状況を、一体どうやって理解すればいいのか。


 戦闘員Aの戦略立案も、一向に進む気配が見えないのであった。

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