ニ 薄汚れたカンザシ

 精霊は実に満足していた。椿の体を手に入れてから退屈することが無い。

 もっとも、春花(しゅんか)の蕾の中にいた頃は、楽しい夢の中で過ごしていた。

 住み着いた時から。本当の椿ではない精霊は、力をほとんど失ってしまっていた。

 今では普通の人間と何も変わらずに日々を過ごしている。そんなある日の事。

「おや? これは何だろう?」

 精霊は一つの綺麗な箱を見つけた。その箱を開けようとした、その時。

「お前は、ただ人間じゃないな」

 箱が喋った。精霊はおどろいて箱を投げ捨てる。すると、箱の中から何か出てきた。

「カンザシ?」

 精霊は用心して、薄汚れたカンザシに話しかける。


「お前も精霊か? いや、違うな。お前は妖怪だろう。違うな」

 カンザシはクスクスと笑っていた。(そうか、こいつは魔力を持ったアヤカシか)

 精霊はカンザシから感じる微量の魔力に警戒をしていた。ただのカンザシではない。

「お前、名は何と言うんだ? まさか、春花の精霊なのか? それにしちゃ力を感じない」

 精霊は答えた。

「お前こそ、その魔力は何だ? 名を告げる事は、お互いどうなるか知っているだろう」

 アヤカシのカンザシは笑い声を立てた。そして、答える。

「面白い。お前は椿ではないのだな。そうか、精霊か。フフフフフッ!」

 しまった! つい、本当の事を口走っていた。そうか、これは騙された!

 精霊は悔しげにカンザシを見ると、カンザシはさらに嫌味を込めて話す。

「お前の所へ椿を行かせたのは俺だ。あの小娘、永遠の命が手に入ると言ったら一目散にお前の所へ駆けて行ったさ。そうして帰ってきたと思えば、見事体をすり返られた。哀れだねぇ」

 精霊はカンザシに問いかける。

「なぜ、そんな事を言ったんだい? 私は自由になって嬉しいけどね」

 カンザシはさらに笑う。

「力を失ってるんだろう? お前からは何も感じないぜ。解るのは普通じゃないって事だけだ」

 精霊の魂が椿の体に宿った為か、椿の体はとても綺麗な美人の体になっていた。

 アヤカシのカンザシは、そんな椿の体に異変を感じ、普段は話もしない口を開いたのだと言う。

「私が、椿じゃないならお前はどうするのさ。何も力の無い私に取って憑こうってのかい?」

 カンザシはクックックッと笑って話す。

「俺は特別に綺麗な魂の持ち主じゃないとこのままなのさ。なぁに、ただ、俺をその髪に差してくれればいい」

 精霊は、怪しいカンザシの言葉に何か引っかかったが、少しの魔力しか持たないこのカンザシに、そこまでのうたぐりは無用だと思った。

「差してやる。だが変な事をするなよ? そうすればお前を叩き割ってやる」

「おお、おっかねぇ。そうすればいいさ」

 精霊は、カンザシを髪に差す。すると、カンザシは薄汚れた身から綺麗に光だし、やがて、とても綺麗なカンザシへと変わっていった。

「鏡を見てみろよ、べっぴんさん」

 カンザシはクスクス笑う。


 鏡を見た精霊は驚いた。椿の体や顔立ちがまるで別人のように美しく変わっていたのだ。

「おい、これはどういう事だ? お前の魔力か?」

 カンザシは答える。

「綺麗な箱に入ったカンザシだぞ? 薄汚れていたのは、今まで沢山の人間の魂が汚れていたからだ。これで本来の姿に戻れた。ありがとうよ」

 カンザシは輝きながら、箱の中へとふよふよと浮きながら入っていった。

 しかし、箱が閉まりきる直前にアヤカシのカンザシは精霊に聞いた。

「お前の名は何て言うんだ?」

 精霊は少しためらったが、自分の名前を口にする。

「春香(はるか)だ」

「そうかい」


 カンザシはそのまま箱の中へと入った。

 すると、春香は思い出したように、箱に入ったカンザシに言った。

「待て! お前の名は何だ?」

「俺の名は、虹差し(にじさし)」

 そう箱の中で答えると、虹差しの入っていた箱も初めからそこに無かったように消えてしまった。


 春香の魂の綺麗さで浄化された虹差しの箱は、いくら探しても家から見つからなかったそうな。

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