第7話 アイビー

「ソウェイルさん、アイビーさんいなかったね…」

私たちは市の先にある森を進んでいた。

キルトのおばさんと別れた後は薬草や食料を買い、最後に花屋に寄った。

だけどアイビーさんはいなかった。

いつ頃からだろうか、ソウェイルとは随分とくだけた話し方で話せるようになっていた。

「そうだな。」

少し寂しかった。

あったことも、どんな子かも知らない、むしろ向こうは私の存在さえ知らないのに…。

「友達になれるって思ってたから…。」

「…。」






どうやらリンは思ったことが口に出ていることに気づいていないらしい。

危ないやつだな。

それと俺の周りで俺をソウェイルと呼ぶやつはいない。

なぜなら長いからな。

「リン、俺の呼び方は何でもいいぞ。長いからな。」

「それは少し…思ってました。」

思ってたのかよ…。

「市の人達はソルくんって読んでたよね…。」

「そうだな。長いからな。」

「じゃあ、ソルくん…?」

「何で疑問形なんだよ。それでいいよ。」

なぜだか笑いがこみ上げてきた。

するとその時背後で声がした。






「ソル…?」

振り返るとそこにはあまり目立ちはしなく、華奢な女の子が1人立っていた。

彼女の印象は薄いものの凛とした美しさがあり、その儚げな魅力を知った者はたちまち目を離せなくなってしまう…。


ソルくんが呼んだその名前は

「アイビー!」

「彼女がアイビー…?」

新緑の瞳がソルくんを捉えている。

「良かった!間に合って。」

爽やかな笑顔を浮かべる彼女は大地の女神を彷彿とさせた。

大地の女神とは、神話『東雲の世界』に出てくる神のうちの1人だ。

「これだけ私に来たの。ソルくん好きだったでしょ?」

「マドレーヌ?」

「そう!ハーブいりのマドレーヌよ!……あら?」

私を見た彼女の動きが止まる。

「あ…はじめまして。リンです。」

「ごめんなさい!挨拶が遅くなってしまって…私はアイビー。よろしくね。」

彼女の笑顔に見とれていると表情が曇る。

「マドレーヌ…2つしか焼いてなくて…」

「あ!大丈夫です。少し食べてみたかったけど、ソルくんのために作ったものだし。」

申し訳なさそうに下を向く彼女に

「次あった時には食べたいなー…なんて…」

「ええ!必ず!!」

満面の笑みをこぼす彼女を見て嬉しくなった。

「私もついて行きたかった。」

何でも、アイビーの親御さんは厳しい人で、旅は疎か、友達と遊ぶことも許されてはいないらしい。

「ソルはいつもこっそり遊んでくれたよね。」

思い出話に花を咲かせていると、

「お使いを頼まれたからこっそり会いに来たの。でももう戻らなくちゃ。」

寂しそうに手を振る彼女か見えなくなるまで何度も振り返り、心の中で手を振り続けた。








「次はどこに向かっているの?」

「隣町だよ。情報といえばあそこだからな。」

「なぜそこは情報に長けているの?」

「あそこはな…古書の街って言うんだ。行けばきっと驚くだろうよ。」

ソルは悪戯っぽく笑って見せた。

そう、そこは町中が本だらけ、まさに情報の国だからだ。






「そろそろ休憩にしよう。」

森の木漏れ日が気持ち良い。

「アイビーのマドレーヌ食べたい!!」

リズが期待の目でソルを見ている。

「おう。お前達で一個づつ食べろ。俺はいつも貰ってるしな。」

「ダメだよ!!せっかくアイビーさんがソルのために作ったのに!一個はソルくんので、私はリズと半分こ。」

リズと私は仲良くマドレーヌを半分にした。

「半分こ半分こ♪」

リズも嬉しそう。

それにしてもソルくんは女心を分かってないんだから!

「それは、済まなかった…。」

ソルもマドレーヌを手にし、みんなで食べようとしていたその時…


ガサガサッ一一


!?

森の茂みの中から美しい黒いドレスを着た少女が現れた。

歳は私と同じくらいで、サラリと伸びる黒髪はショート丈だ。

「おなかすいた…」

「え?」

すると私の手からマドレーヌをとり、ひょいと食べてしまった。

「あ……」

アイビーさんが作ったマドレーヌ…食べたかったなあ。

「また、作ってもらえるよね。」

目に涙が滲みそうだったが、もう18だし、みっともないよねと耐えて見せた。

「おいお前、どういうつもりだ?」


「ごめんなさーい。あまりにもお腹がすいていたので…私、道に迷ってしまって…隣町まで行くんでしょう?私も連れていってよ!」




「どうして隣町に行くことを知っているんだ?」

問いかけに答える様子はない。

やけにリンに話しかけている。まるで旧友かのように…。


嫌な予感がする。




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JobQuest nemo @nemo3

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