第5話 冒険準備

トントントントン…

ソウェイルが2階から降りてきたのは朝方だった。

「ソウェイル…」

なんて言葉をかけるのが正しいのか、正解を私は知らなかった。だけど、今ここで声をかけなければ、彼が独りで苦しむ、そんな気がしたから。

「ごめん…ごめんなさい」

「何で謝るんだよ。お前のせいじゃないだろ?……悪かったな、あんなもん見せて。」

違う!あれはおそらく私を追ってきたゴーストだ。…私のせいなのに…。ソウェイルは私の膝で寝ているリズの頭を撫でながらため息をついた。

「あんなもんじゃない…。」

「え?」

「私は…あなたの母の死を見た。あなたのお母さんが生きた証を見た。あなた達を育て、あなた達の思い出に残る…そんなお母さんの最後を私は忘れはしないわ。」

きっとあるはず、お母さんと過ごした思い出が、強い母を尊敬した心が。

「だから、『あんなこと』なんて言っちゃだめ。」

辛いのに、悲しいはずなのに、『あんなもん』と気持ちをおさえる…それは悲しいことだ。

「…うん。……お前、お節介だな。」

「…!」

気持ちが先走ってしまったことに後悔する。

「…兄ちゃん。」

ムクリとリズが起き上がった。

「起きたか。」

再びソウェイルはリズの頭を撫でた。

「よく聞け、リズ。俺たちは今から父さんを探しに行くぞ。」

「父さんを…!」

お母さんが亡くなったことをお父さんにも伝えなくちゃ…私はこれからどうしたらいいのかな。このままここに世話になるわけには行かないし。

「支度をしろ。…リンお前はとりあえずその派手な服をどうにかしろ。それで長時間歩くのは無理だからな!」

「…え?」

「お前は連れていく、どうせ行く場もないんだろ?旅先で手がかりがあるかもしれないしな…服は俺のを適当に着ろ。俺の部屋は母さんの部屋の奥だ。」

確かにどうせ行く場も帰る場もない。だけど、私がついて行っていいのだろうか…?



トントントン…

階段を上り、ソウェイルの部屋を目指す。

キイィ…

「失礼します…。」

部屋は予想以上に何もなくひどく寂しい空間だった。あるのは勉強机とクローゼット、そこかしこについている傷だ。

「…刀傷?」

部屋の中に刀傷があるなんて…

「男の子の部屋ってもっと…元気があるイメージだったのに。」

流行りのレコードや有名なスポーツブランドの雑誌、小さい頃大事にしていた玩具が飾ってあって…そんなイメージだった。

クローゼットに手を開けると中にはソウェイルが着ているデザインと同じ服が3着あった。

「どこかの制服かな。」

茶色いセーラーと赤いスカーフと黒いズボン。どう見ても私のサイズには合いそうにない。

「やっぱり」

着てみてもダボダボだったので裾をロールアップにしてサスペンダーを付けた。

「うん。何とかましになったかな?」

だけど私は裸足のままだ。

こんなにきっちりした服を着ているのに裸足なのは周りから見ればとても浮いているだろう。

「ソウェイルのは大きすぎるしなあ…」

考えながら部屋を出た。

ふと、お母さんの部屋の前で歩みを止めた。最後に、お母さんの部屋を見てみたいと思った。

キイィ…

柔らかな光に包まれたベッド…血もなければ遺体もない。つい先程、ここに人がいたとは思えない。

「…!!」

ベッドの中で何かが光った

「翡翠色の石?」

お母さんのものだろうか?

「あとでソウェイルに渡そう。」

私は石をポケットに入れ、1階へと向かった。



「うわっ!」

私を見たソウェイルは驚いた。

「ドレスの方がまだマシだったかもな。」

「ぶかぶかだねー。」

そりゃあ、そうなるよね。

「お前、ドレスはどうしたんだ?」

「汚れてるし、捨てたよ?」

「なっ!馬鹿か!!」

ソウェイルはゴミ置きからドレスを拾うと、すごい速さで包装した。

「大事に持ってろよ!お前の大事なもんだろ?この服に見覚えのある奴もいるかもしれないしな。」

私の大事な…あれ、この服…誰に貰ったんだっけ?

「それとこれ。」

ソウェイルが出したのは女物の履物だった。

「母さんのだ。お前靴はないんだろ?」

「あ、ありがとう。」

ソウェイルのお母さんの靴は私にピッタリだった。

「行くぞ」

「どこへ向かうの?」

丘を登りながら尋ねた。

「まずは市場だな。」

そう言いながらソウェイルは振りかえり、小さくなった自分の家を見ていた。

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