第2話「新たなる姿が今――(キャンセルされました)」

 あれから、現実時間では2時間くらいが経過したと思う。

 ボクとミズキ様は、すでにゲームの中盤に差し掛かろうとしていた。

 ミズキ様の攻略スタイルは『ボクを温存し、自分だけで雑魚モンスターを片付ける』だ。これは、ボクたちドラゴンは戦闘に参加するだけでスタミナ等を消費するからなの。


 ミズキ様は自分がレベルアップしても、攻撃力POW瞬発力AGLのみを上げ続ける。

 防具を買わない。

 常に強い武器だけは買う。

 今までの武器を売って、新しい武器を買う。

 足りないお金の分は、拾った物を売る。

 あまつさえ、身につけていた防具まで売ってしまった。

 そうこうしている間に、ボクたちは中盤の要衝ようしょう鬼哭谷きこくだにむら】まで来ていた。


「あのぉ、ミズキ様。ちょっと、なんか――!?」


 またメッセージをキャンセルされた。

 訳では、ない。

 ボクは口に突っ込まれた【マッスル・オニオン】を咀嚼そしゃくする。いつも食べてる味で、これはドラゴンのステータスを育てる高価なアイテムだ。戦闘での経験値でパワーアップするミズキ様と違って、ドラゴンは成長アイテムを食べないと強くならないのだ。

 ミズキ様は小脇にボクをかかえたまま、道具屋の前をうろうろしている。

 周囲の他のプレイヤーの視線が、痛い。


「もぎゅ、もぎゅ……ギョックン! ふう……ミズキ様、あのぉ――」

「黙れ、そして食え! 次は【マッハ・キャロット】だ!」

「またこの二種類だけですかぁ? 攻撃力と瞬発力しか育たな――」

「じゃあ、その前に【やわらか菜】も食べろ!」


 ドラゴンのステータス合計値の上限は決まっている。

 言い換えれば、その内訳は自由だ。

 そして、ミズキ様は完全に攻撃力と瞬発力に特化したドラゴンへと、ボクを育て続ける。お陰でボクの防御力DEFなどは初期値のままだ。


「ふぎゅ! ……にがい。これ、あれですよね……攻撃力と瞬発力以外が上がるのを防ぐため、に食べさせてますよね?」

「当たり前だ!」


 ボクたちを見て周囲のプレイヤーたちがチャットをしている。

 見えないウィンドウの数々に、ミズキ様とボクの話題があふれかえってそうだ。

 それより、ミズキ様……スクリーンショットとか取られてるかもですよ?

 いいんですか、その格好。


「ん? どうした、アアア。早く飲み込め! 消化しろ!」

「……ミズキ様、周りの人が見てます」

「放っておけ!」


 ミズキ様は今、はだかだ。

 防具が無装備という意味での裸だ。

 グラフィック的には、下着姿というか、インナーだけの状態。

 そんなミズキ様が背に【グレートアックス】を背負い、ボクを抱えて歩く。

 道具屋の前を行ったり来たり。


「ミズキ様、もう少し落ち着きませんか? ボク、なんだか――」

「あー、キャンセル! キャンセルだ! ほら、また【マッスル・オニオン】だ!」

「むぐぅ……さっきからなんで、うろうろしてるんで――むぐぅ!」


 三種類の成長アイテムを順番に食べさせられる。

 ボクが怪訝けげんな顔をしているものだから、彼女はようやく説明してくれた。


「ふん、これはな……調だ!」

乱数らんすう……調整ちょうせい? えっと――!?」

「よし、次は【やわらか菜】だ、オラァ!」

「むぎゅ!」


 ようするに、道具屋では各種成長アイテムを売っているが、常に全種類が並んでいるわけではない。乱数というのは、道具屋のランダム商品を管理しているプログラムのことである。

 ミズキ様は自分の行動で乱数の配列を調節して、欲しい成長アイテムだけを買うのだ。


「ぷあ、ゲプ……ミズキ様、せめて自分の防具も――」

「必要ない! 死ななければいいのだ、一撃耐えるだけでいい。アタシの攻撃力なら、雑魚はほぼ二発で倒せる!」

「ボスは……また、ボクがですかあ?」

「当然だ! それまでお前は温存する。黙ってついてこい!」


 無駄に男前なんですけどね、ミズキ様。

 巨大な斧を背負ったビキニ姿が、荷物のようにドラゴンを抱えている。

 最近は傷も増えたし、HPはいつも満タンじゃない。

 周囲の好奇の視線がやっぱり痛い。


「ミズキ様、せめて……【傷舐きずなめ】させてもらえないですかあ?」

「む、ドラゴンスキルか? いらん! お前のスタミナが減る!」

「ボク、もうスタミナMAXマックスまで回復してますよぉ。次のボスまで、【傷舐め】使った分くらい回復しますし」

「ふむ……」


 ミズキ様はようやくちゅうへとボクを解放した。


「よし、舐めろ! 次まで進みつつ、舐めろ!」

「は、はいぃ……」


 買い物はもういいらしく、ミズキ様はずんずか歩き出した。もっとこう、ヒロインっぽい言動ならいいのに。かわいい見た目と反比例はんぴれいして、脳筋アマゾネス全開といったビジュアルだ。

 大股で歩くミズキ様を追って、ボクはその傷を舐める。

 ぺろり、ぺろぺろ。


「ひうっ! お、おいっ! お前! もっと普通に舐めろ!」

「え? いや、普通ですよ? ほら、傷が消えてきます。あ、次はこのお尻の――」

「んんんんっ! くっ、おいこら! 舐め方がいちいちねばっこい!」


 べろべろ舐めてたら、また首根っこを掴まれた。

 そして、ミズキ様は頬を赤らめボクに……残りの成長アイテムを詰め込む。容赦なく口から喉奥のどおくへと突っ込む。


「んーっ! んんー! く、苦しいですミズキ様――」

「ハァ、ハァ……ま、まあいい、HPは回復した。次のダンジョン行くぞ!」

「ま、待ってくらは――」

「うるさい! まったく、恥ずかしい思いをさせて……ん?」


 その時だった。

 ボクの身体が突然光り出す。

 これはもしかして……そう、クラスチェンジだ。

 中級ドラゴンへと今、ボクは姿を変えようとしていた。

 さあ、ミズキ様! ボクを選んで……二種類の成長パターンから、どちらかを――

 ……あ、あれ?


「よし、【ジュエルドラゴン】の完成だな。オッシャア! ついてこい! 行くぞオラァ!」

「あ、あの、ミズキ様! 今、即決した! 悩まずこっち選んだ!」

「当たり前だ! 時間が惜しい、次だ次!」


 えー、なんか……いや、いいけど。

 本当に唯我独尊ゆいがどくそん、我が道を進むミズキ様。

 やっと人間キャラ並の大きさになったボクは、きらめく宝石ジュエルのようなうろこを輝かせて続く。

 はぁ、しかもボク……攻撃力と瞬発力以外、初期値だよ。

 でもそれは、ミズキ様と一緒、おそろいだからいっか。






・総プレイ時間〈02:24:14〉……No Save a Go Go!!

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