戦え! 恐山戦士オソレンジャー

ぜろ

プロローグ

 お願いします、と頼まれた彼は億劫そうに長めの前髪を振って見せた。両目は泥のように濁っており、どこを見ているのか解らない。それでも言葉だけは伝わっていたようで、少年は鞘に納めていた刀の柄を取った。一瞬湧き上がってくる暗い欲望に笑みが浮かびかけるのを止め、目の前の異常に膨れた腹を持つ年配女性や男、子供を見渡す。誰も逃げないと解ると、少し落ち着くような気がした。

 一見何の関わりもなさそうだが、彼らには異常に脹れた腹という共通点がある。

 それは彼らがゾンビであるという証だった。

 しゃん、と音を鳴らして刀が抜ける。

「ありがとうございます、オソレンジャーさん」

 いつもながらにどこか幻想的な風景を見ながら、少年はぼんやりと刀が舞うのを眺めていた。



「でさ、ゾンビになっちゃった男の子がさ」

「うんうん」

「好きな女の子まで齧り付いてゾンビにしちゃってさ」

「えーマジで? キモくない?」

「でもそこまでして一緒にいたいとか結構ロマンチックじゃね?」

「そーぉ? 身勝手じゃん、男の方」

「絶対振り回されそうだけどねー」

「まあまあ最後まで聞きなってぱ。女の子の方は体面が悪いってんでそのまま家から追い出されちゃったらしくてさ」

「ほらぁ! 自己中男!」

「それが、牧場の隅っこにバラック建てて他のゾンビと一緒に暮らしてるんだって」

「マジ?」

「ほら、国道沿いにある牧場あるじゃん? あそこあそこ」

「うえーめっちゃ近いじゃん! 下手に男の方に気に入られたらあたし達もゾンビにされるってこと? やっべーあぶねーもうあの辺通らないようにしよ」


 少女たちの放課後の雑談を聞きながら、少女は黙って手製のカバーの掛かった本を読んでいる。何度も読み直しているようで開き癖やページのズレ、ちょっとした焦げ跡などがついていた。図書館の物ではない、私物である。何もこんな放課後に教室に居残ってまで読むような本なのだろうか、机を寄せて固まっている少女たちの一人は思う。

(――まあ、良いか)

 教室の隅の目立たない場所で読書する少女と噂話にはしゃぐ少女達は、見えない壁で覆われているように互いの干渉を無視していた。たまにその視線がちらりと読書する少女に向けられようとも、少女の視界には本しか入っていない。外の世界などどうでも良いように、少女は黙々と本を読み進める。無心に、頭に内容を直接叩き込むように。


 やがて下校時間の鐘がなる。

 立ち上がって本を妙に傷んだ鞄にしまい込み、少女は教室を出て行った。


「……ねえ、楽隠居ってさぁ」

「らくいんきょ?」

「ほら、さっきまで隅っこで本読んでた女子。楽隠居オルガン」

「そんな名前だったんだ、気にしたことないから知らなかった」

「いやしろよクラスメートの名前ぐらい。あいつ、なんでこんな時間まで学校に居残ってんだろーね」

「さあ、家が騒がしいとかそんな理由じゃない?」

「あいつ体育の時とか絶対長袖じゃん。一回腕まくりしてるとこ見たことあるんだけど、なんか痣? 痕? みたいなのでいっぱいでさ」

「うわー虐待ってやつ? でも中校生にもなったらちょっとぐらい反抗できなくね?」

「あたしもそう思うんだけどさー、なんか言いづらいんだよね。近寄ってくんなって感じがあって」

朔望月さくぼうづきみたいな?」

「あーあいつもそうだよねー」

「まあ良いじゃん、で? 女の子と駆け落ちしたゾンビはどうなったの?」

「それがね――」

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