気高き薔薇姫は月夜に笑う

奏 舞音

序章

序章

 月灯りに照らされた美しい薔薇園に、一人の少女が立っていた。薔薇に愛され、薔薇に守られるその姿は、まさしく薔薇の姫そのもの――。

 昼間は色とりどりの色彩で楽しませてくれる薔薇達も、今は静かに夜のベールに包まれている。柔らかな月の光はその白い肌を映しだし、伏せた目元から零れ落ちる一筋の涙を照らしていた。

 その光景はまるで一枚の絵画のように幻想的で、強く魂を惹きつけられる。


 そして、その完璧な絵画に突如黒い影が入り込む。

 薔薇姫はさっと身を翻し、その影を追う。それは、何の抵抗もせずに薔薇姫に組み敷かれた。まるでこうなることを望んでいたかのように、男はうっとりと薔薇姫を見つめていた。

 薔薇姫は恐ろしく整った美しい顔を組み敷いた男に向け、手に持ったナイフをその首筋にあてる。磨き上げられた銀のナイフには、月明かりに照らされた彼女の顔が映っていた。真っ赤な瞳は男を捉え、可愛らしい唇は微笑むように弧を描いている。


「あなたは、誰?」


 聞いた者全てを虜にしてしまうような、柔らかく心地の良い声。誰も彼女の言葉には逆らえない。誰も彼女を傷つけることはできない。

 彼女を見て、その美しさに囚われてしまった時から………。


「〈災いの姫〉、私はあなたにずっと会いたかった」


 愛の告白のように甘く、優しく、熱っぽく男は言った。そして、男は薔薇姫の滑らかな頬に手を伸ばし、そっと触れた。


 その瞬間、薔薇姫はナイフを持つ手に力を込めた。

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