1 ミーちゃんとお散歩
俺はこの日、ミーちゃんと散歩をすべく、猫グッズとして定評の猫じゃらしを使って、ミーちゃんと遊んでいた。
「ほーれ、猫じゃらしだぞー」
「……」
「ほーれほれ」
「……みゃ」
「ほーれほれ」
「みゃぁ! みゃぁ! これはたまらん!」
みゃあみゃあと鳴きながら、ミーちゃんは猫じゃらしで遊び終えると、消化不良なのかゴロゴロと喉を鳴らした。
そんな姿をみて、少し心がほだされたのか、俺はミーちゃんに自然とこう話しかけていた。
「なあ、これから散歩に行かないか?」
「……ほう、散歩とな」
普段はあんなことはしないのだと語るミーちゃんだったが、散歩には応じてくれた。
「くー! 久々だな! 散歩なんて!」
俺は背伸びをして開放感に包まれていた。
「康孝よ」
「ん?」
不意にミーちゃんが声をかけてきたので応える。
「リードが付いてたほうが良いって?」
「そうではない」
いつもと感じが違う気がしたので、周りを観てみた。
「一体どうしたんだ?」
ミーちゃんは、前足で顔を洗いつつ言った。
「どうやら、悪魔の取り付いた人間の元に来てしまったようだ」
「はい? 大天使が来たと思ったら次は悪魔……!」
見た目は普通の人間。だが、ミーちゃんに曰く、悪魔が取り憑いているらしいので、俺は注意深く目の前の人物を観ていた。すると――
「このバカ犬が!」
目の前で恐らく、その人のペットなのだろう。首輪のついた犬を、ほうきで叩く初老の老人。俺は戸惑ったが、後ろから声がした。
「おいあんた、犬が可哀想だろ」
え、俺の声じゃん! なんで? 喋ってないよ!
「ああん?」
初老の老人に物凄いメンチを切られた。しかし、気が付くとミーちゃんが老人の目の前に来ていた。すると、老人の体から何かが揺らめきながら出て行ったと思うと、老人は気を失う。
「おいおい!」
倒れかけた老人の体を急いで支えながら、俺はミーちゃんを観て言った。
「何したんだ? ミーちゃん」
「なーに、ちょいと低級悪魔にガンをつけただけだ」
「やっぱ悪魔憑きって本当だったのか? てか、どうやったんだ?」
「睨んだだけだとも」
「……ああ、そうなんだ」
ミーちゃんと散歩をしていたが、悪魔というやつが本当にいるかと思うと、少し不気味だった。
生き物を飼って、全く世話しないことや療育放棄をネグレクトと呼ぶらしいことは知っていた。俺がそれだったからだ。ともあれ、あれは動物虐待行為だろう。それよりもさっきなんで自分の声が話してないのに聴こえてきたのかをミーちゃんに問い詰めた。
「そんなことか。お前の声を使わせてもらったのだよ、腹話術ではないぞ?」
そんなことを近くの草むらに来てから、草と戯れながら言うミーちゃんに、俺はしまったと思うのだった。
「こんなんでも大天使ミカエルだった……」
「にゃーん」
この可愛い悪魔め! と思ったが、ミーちゃんは大天使だった。どう言えば良いのだろう?
「この生意気天使め」
「ほう? やるのか?」
俺はファイティングポースを取ったが、すぐに降参した。
「いえ、結構です」
ミーちゃんと過ごして一週間が経った日。俺は危機的な状況下に置かれてしまう。
「ここ、ペット禁止って知ってますよね?」
大家さんからお叱りを受けた。
「いや、その……ちょっとだけ猶予いただけませんかね?」
「ダメです。規約が守れないなら出て行って下さい」
「はぁ……」
「こっちがため息付きたいですよ。早く決めてください。猫ぐらいなんですか! 保健所に行けばどうにかなるでしょ!」
俺はその言葉を聞いてハッとした。保健所といえば、動物を殺処分してしまう場所だ。運良く飼い主が見つかっても、大多数は殺処分。日本の動物の生存率は、本当に低いことを知っていた。ミーちゃんに、また繰り返すのか? と言われ、かなり考え、別のアパートを探すことにした。
「見つからないなぁ」
ペットOKな物件は、そもそも最近出てくるのが多いだけで、大体の奴らはネグレクトしている。ということを前にテレビで観たことがあった。愛玩具として買ったペットを、本当に玩具としてしか観ないような、そんな最低の奴らがいるかもしれない物件が多数だろうという印象がある。
「ペット可……おお!」
俺はその物件の情報に目を輝かせた。どうやら、ここなら結構お手頃な値段で済むらしい。
早速俺は、元いたアパートの大家に、明日中に引っ越すと言ったら、大家さんはこう言った。
「たかが動物でしょうに。ありがとうございました」
俺は数分立ち尽くしたが、大家が去って行く間にこう言った。
「たかが、ねぇ」
新しい住居に行くための準備をするために、俺は引越し業者を探して、条件付きで頼むことになった。
インターネットの契約を同時に行うとゼロ円になるというやつだ。
「まあ、パソコンはないけど、スマホがあるかな」
そう言うと、俺は新しい住居で、ミーちゃんをケージの中から出した。
「ふむ。悪くない」
ミーちゃんは気に入ったようだった。
荷物を運び終わり、全て開封して部屋を整えたが、ダンボールの量が意外に多かったので、俺は廃品回収している業者にダンボールの回収を頼んでいた。その時だ。
「ニャー」
猫だ。見た目からしてサバトラと言われる種類。そういえば、ここはペット可の物件だ。そう思って、気分が少し高揚して、思わずサバトラに近づき、よしよしと頭を撫でると、その猫が口パクをした。
「気安いな人間」
「え」
ミーちゃんと同じ感覚がする。ひょっとして……と思っていると、予感は的中した。猫たちは日本語で会話する。
「おう、ミカエルではないか」
「ほう。ウリエルか」
二匹の大天使が揃った。すると、アパートから自分と同い年くらいの女性が出てきて、サバトラの名前を呼ぶ。
「ウリちゃーん」
聴こえてきたウリエルの呼び名に、ミーちゃんが意地悪く笑いながらウリちゃんに言った。
「ウリちゃんとな」
「わ、笑うなミカエル」
ウリエルもとい、ウリちゃんは恥ずかしそうだ。
「ミーちゃん、この猫はウリエルなのか?」
ミカエルの呼び名に苦笑するウリエル。
「なんだ、お前もミーちゃんと呼ばれているのか」
ミーちゃんは、墓穴を掘った。
「だ、黙らんかウリちゃん」
「にゃっはっはっ」
笑うウリちゃん。ウリちゃんの飼い主が側に来る。スラっとした背格好の女性で、髪はショートカット。瞳が大きめで、今風の服を着こなしている。と言ってもスウェットだが。
俺は挨拶をした。
「どうも。今日ここに引っ越してきた小野です」
ウリちゃんの飼い主は、軽い会釈をして答えた。
「私は、高橋清美です。ここの三号室に住んでるんですよ」
笑顔が眩しい。同い年だろうかと思い、少し話し込んでいると、歳は俺と同じ23歳らしい。と言っても俺が早生まれだから、学級は下になる。そんなことを話していたが、肝心なことを忘れていたので高橋さんに聞く。
「あの、その猫って」
「ウリちゃんですか?」
その呼び名を聞いて、ミーちゃんは笑っていた。そして、ウリちゃんは喉をゴロゴロ鳴らしていた。どうしたのだろうか?
「その猫も大天使なんですか?」
俺の言葉に高橋さんはキョトンして言った。
「え? なんのことですか?」
「いやほら、その猫、ウリエルって言うんでしょ?」
高橋さんは、少しボーっとしながら、ハッとして言った。
「いえ、この子は捨て猫で、ダンボールの中にネームプレートがあったんです。そこにウリエルって」
「はー、なるほど」
味な演出をするウリちゃんだなと思いながら、ウリちゃんを観ると、前足で顔を洗っていた。
それから、高橋さんとの会話も弾み、少し経ってからペットショップに行こうという話になり、今日は当日で疲れていたので、明日行くことになった。日曜日なので調度良かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます