それ

タウタ

それ

 世の中には、自分の失敗を「ごめんなさ~い」――メールには本当にこう書かれていた――で済ませ、こっちが申し訳ございませんと言うまで人の失敗をねちねち詰る人間がいる。そんな人間に謝ったくらいで私の価値が損なわれないことはわかってるけど、気分はだいぶ損なわれる。だから私は帰りにスーパーへ行って、そうめんとツナ缶とトマトを買った。

 ツナ缶は油ごとぐちゃぐちゃに混ぜる。チューブのにんにくとしょうがをたっぷり入れて、しょう油をちょっと入れて混ぜる。刻みネギを山盛り入れて混ぜる。そのまま冷蔵庫へ。コチュジャンを麺つゆに溶かして、それも冷蔵庫に入れる。ちょっともったいないくらい湯を沸かして、そうめんを茹でる。水と氷で冷やして、よく水気を切って、冷蔵庫のツナをこれでもかと盛る。コチュジャン入り麺つゆもどばどばかける。トマトはサイコロに切って全部のせる。私はそれを夕日に向かって食べた。食べるのを止めたら同時に息も止まるみたいに食べた。

 テディベアがベランダの手すりをよじ登ってきても、私はそうめんを食べていた。テディベアは幼児と同じくらいの大きさで、サハラ砂漠の色をしていた。網戸を開けてずかずか入ってくる。

「それ、壊してやろうか?」

 男にしては高く、女にしては低く、子どもにしては滑らかに、大人にしては舌足らずに、テディベアはそう言った。

「壊してやろうか?」

 私は持ち上げたそうめんをどうしようか考えて、結局すすった。口いっぱいのそうめんを咀嚼している間、テディベアは私を見上げて待っていた。

「壊してやろうか?」

 笑った口にはぎざぎざした歯がぞろりと並んでいる。うなずいたら、多分、壊してくれるんだろう。それはきっと、とてもとても気持ちのいいことだろう。そうめんとツナ缶とトマトを買わなくてもいいくらいに。

「食べる?」

 味噌汁用のお椀にそうめんをよそって箸といっしょに隣に置いたら、テディベアは黙って椅子によじ登った。きちんと手を合わせて、箸を器用に使って食べた。食べ終わると、またきちんと手を合わせてから帰っていった。網戸を開けて、ベランダを乗り越えて。今さらだけど、うち五階だった。大丈夫かな。

 いつの間にか夕日は沈んでいて、部屋の中は暗かった。私のお皿は空っぽで、テディベアのお椀も空っぽだった。私はお皿とお椀と箸二膳をシンクに沈めた。

 世の中には、自分の失敗を「ごめんなさ~い」――メールには本当にこう書かれていた――で済ませ、こっちが申し訳ございませんと言うまで人の失敗をねちねち詰る人間がいる。マンション五階のベランダをよじ登ってくるテディベアもいる。

 明日は多分晴れるだろう。


Fin.

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それ タウタ @tauta_y

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