才能移転措置

カメラマン

第1話

 山田という、冴えない高校生がいた。彼には足が速いだとか、勉強ができるだとか、これといった特長がないのだ。


 ある日の午後、彼が自室でコンピューターゲームをしていたところ、奇妙な男が現れた。

「君が山田くんかな?」


 突然現れたその男は、ハキハキとした口調でそう言った。身なりは決して悪くない。


「そう。僕が山田だけど、もしかしてお前は泥棒か?」

「いや、そんなことはないさ。君を助けたいと思ってやってきたんだ。」


 いきなり家に入ってきている時点でおかしい。泥棒でないにしても、危険な男に違いない。すぐにでも追い出すべきだ。


「警察に通報してやる。もし止めるのだったら……」

「君は長所がないことが悩みだね?」

「は?」

「得意なことが一つでもあれば、毎日がもっと楽しいはず……そう思っているだろう?」


 男の言葉に山田はひどくうろたえた。正にそう思っていたからだ。


「そうだな……その通りだ。お前は明らかに怪しい。だが、面白そうだから少しばかり話を聞いてやっても構わない。」

「そう来なくては……」


 男は明瞭な語り口で説明した。男は神族役所の才能科に属していること。名は神崎ということ。


「なるほど、聞けば聞くほど怪しい。だけれど才能に関しては藁にもすがる思いだ、信じてやる。」

「ほう、話が早くて助かりますね。」

「お前は才能科に属していると言ったが、要するに俺に才能を与えてくれるということなのか?」

「それはできません。ただ、才能を移すことならできます。」

「移す?」

「あなたが既にお持ちの才能を他の分野の才能へと移すのです。音楽で成功したいのなら、そこへ運動の才能を移す……といった具合です。」


 山田は度肝を抜かれた。自分が望んでいたことが今目の前で起ころうとしている。これを逃す手はない。


「ぜひともやろう。その前に、俺にはどの分野にどれくらいの才能があるんだ?」

「では、お教えしましょう。全て二十点満点での評価です。運動が三、学力が二、音楽が四、社交性が……」


 神崎は覚えきれないほどの項目とその評価を口にした。わかることはとにかく才能がない、それだけだった。


「そして移すのは三回までです。一度目は今日、二度目は一週間後、三度目はそのまた一週間後となります。また、才能は固体なので移す場合は持てる全てを移すことになります。」

「固体?まあいい。とりあえず俺は運動の才能が欲しい。音楽の才能を運動へと移したい。」

「かしこまりました。一度目は音楽の才能を運動の才能へと移させていただきます。また、これから一週間は二度目の移転をどのように行うべきか考える時間としてお使いください。」


 山田は天にも昇る心地だった。だからこそ、ある疑問が残った。


「わかった。それと、一つ質問をしても良いか?」

「もちろん。どうされました?」

「どうして俺はこのサービスを利用できるんだ?」

「才能合計値が神族役所の設定した値に達していない場合、才能移転措置が行われます。役所の審査の結果、あなたは中程度の才能窮民と認定されたため、このような機会を得るに至ったのです。」

「なるほど。才能がないからか……」

「まあそうお気を落とさず、ここを挽回のチャンスとしましょう。」

 そう言うと神崎は部屋を出ていった。

「これで俺の運動の才能は7だ。他の項目から比べるに、俺はもう運動が得意ということになる……」



 一週間後、神崎は再び山田の家を訪れた。自室で待っていた山田は苛立ちを抑えきれぬ表情をしていた。


「おい神崎、才能を移してもほとんど変わらないではないか。これはインチキか。」

「そのようなことはございません。確かに才能を移転させていただきました。」

「だとしたらどうして変化が現れないんだ?」

「確かに才能値は上昇しています。しかし、運動の才能は全国平均値が9ですので、山田くんは運動が“非常に苦手”から“やや苦手”に移り変わっただけなのです。」

「ああ、腹がたつ。そういうことは早くいうべきだ。」


 山田はしびれを切らしていた。


「まあまあ。そういうことなら、今回も運動へ移転したらよろしいかと。」

「ええい面倒臭い。もっと多くの才能を移したい。才能値が高い項目を教えてくれ」

「前回移転した音楽以外の才能は全て3以下となっていまして……ただ、ひとつだけズバ抜けた才能があるのですが、オススメはしません。」

「それはどんな才能なんだ?」

「“努力”の才能です。才能値は12です。」

「12だと⁉︎」


 一週間前の説明では聞き逃していたことだった。


「はい。ですが努力は全ての行動の大元とも言える……」

「移してくれ。」

「ですから、努力の才能というのは無くしては生きていけなくてですね……」

「移してくれと言っているんだ。才能に溢れている人間は決して努力などしない。移転をすれば俺の運動才能値は19だ。人類でも最高峰だろう。」


 山田の目は、どんな話も受け入れぬことを示していた。


「いいから早くしろ。高校の連中を見返してやるんだ。これで一躍ヒーローだ。」

「努力の才能を移したケースは今までありません。危険です。もっと言うとすればバカのすることです。」

「なんだと、俺の才能を俺が管理して何が悪い。」

「本当に後悔しませんね?そんなことをすればあなたは……」

「うるさい!早くしろ!」




 一週間後、神崎は山田のもとを訪れた。


「山田くん。三度目の……」

「うるさい。あっちへいけ。」

「今からでも努力の補填を行いましょう。ゼロよりはマシになります……」

「考えたくない。お前と話をするのも面倒だ。消えてくれ。」

「これでわかったでしょう?才能窮民のあなたが今まで過ごしてこれたのも……」

「消えてくれと言っている。」


 山田は目には生気がなかった。もはや何も聞こえていないようだった。神崎は半ば諦めのような表情で部屋を後にした。


「ああ、なんと愚かな。思考を巡らし最善の結論を導くのだって努力だ。もう彼にはそれすらできない。ましてや運動で成功することなど、ありえない。努力なしで生きていこうとはあまりにも愚かだ……」


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