透明な星空

@kyo_ka127

第1話

通学路にボロっちいプラネタリウムがある。数年前に事故を起こして、閉館となって以来雑草の支柱と化した建物だ。

地元の大人は立ち入らないように念押しをしているのだが、

「いくぞ」

「お、おう」

俺たちはそこで肝試しをしていた。高校二年生にもなって、阿呆だと思うだろ? 俺もそう思う。

友人の克之に誘われてホイホイ来てしまった俺もどうかと言われたらそれまでだが。

「てかこれ、怖いのは理都だけじゃないの」

はあ、とため息をついて雪菜は言う。幼馴染みである、五条雪菜は紺と白を基調としたセーラー服を着て腰に手を当てながら

「男子って本当に馬鹿よねえ」

「付いてくるお前もお前だろ」

「何かあったら困るじゃない。言っとくけど、あたしは中に入らないわよ。此処で待ってるから、行くならさっさと行って来なさい」

「やーい、ビビり」

「あ、そんな事言ったら」

「鉄☆拳☆制☆裁☆」

ゴンッと鈍い音がして拳が克之に落とされた。

「ゴリラ女」

「あら、何か」

ボキボキと関節が鳴る、克之は何でもないですごめんなさいと高速謝罪をキメた。

「わかればよろしい、行くなら早く行って来なさい。あんまり遅くなると怒られるじゃない」

「っと、そうだ理都行くぞ」

「はいはい、じゃあ雪菜頼む。一時間たって来なかったら電話してくれ」

「はーい、じゃああたしソシャゲして待ってるわね」

幼馴染みに見送られながらプラネタリウムに俺たちは足を踏み入れた。


さて、何故俺達がこんなことをしているのか、それは三日前に遡る。

「なあなあ、あのプラネタリウム取り壊されるらしいぜ」

「ああ、数年前事故が起こったっていうあそこ? 通学路にある」

俺、小牧理都とその幼馴染み五条雪菜、友人の久原克之はいつものように机をくっつけて弁当を食べていた。

行儀悪く、古典の単語帳を見ながら話す克之に雪菜は応えた。

「そうそう、取り壊してレンタルショップになるって噂だぞ」

「取り壊しはともかく、レンタルショップなんかこんな所に作ってどうするのよ。大して繁盛しないんじゃない?」

雪菜はサラサラのセミロングの髪を揺らしながらサンドイッチを口に運ぶ。

「そんなのは知らねーよ、でさ別の噂もあってさ」

女の子の声が夜な夜なするって、と続ける

「ホラーじゃん」

俺は唐揚げを飲み込んで応えた。

「だよな、そんで思ったんだけど肝試ししねえ?」

「何でそんな事を考えつくのよ、バーカ」

雪菜は見た目こそいいが変なところで乱暴である。五条式鉄拳制裁はクラス全員が恐れる技だ。大体はやられる方に問題があるんだけどね。

「気になるだろ、それにほら今後部活で遅くなると思うと聞くかも知れねーよ」

「まあ、それは……ってあんたあそこ通らないでしょ」

確かに、俺と雪菜は帰る方向が同じだから通るし、部活柄(陸上部と剣道部である)夜遅くなることもままある。

「お前は帰宅部の上に学校から家まですぐだろ、通らねーだろ」

「まあな!」

まあなじゃあない。

「ほら、お前なら見えるし」

「あんたね」

雪菜は呆れたようにため息をつき、

「その事で、理都をあんまりからかわないの」

と言う。

俺は物心付いた時から幽霊が見えた。原因は全くもって不明。死にかけた訳でも無ければ、親族にその手の人間がいるわけでも無し。

ちなみに生者と死者を見分ける方法は足があるかないか、あと触れるかどうか。見えるけど触ることは出来ない。話しかけられたことはあるけど、大体はスルーしてる。生者は死者に必要以上に関わるな、というのが知り合いの教えだった。

「いやまあ、特に気にしてないけどさ」

「ならいいよな」

「そういう問題じゃねーよ」

克之は空気があまり読めないことに定評がある。訂正、あまりではなく結構。

「だってさ、つまんねーじゃん。毎日何にもない日常の繰り返しだろ」

「そう? 平和なのはいいことじゃないの」

「確かに」

「いやいや、俺もっとエブリデイアグレッシブな出来事を求めてんだよ!」

「何か違くない?」

俺が言うと、克之はともかく! と続ける。

「三日後肝試しをやろう」

「三日後って言うと、金曜日? あたし、部活なんだけど」

「俺も」

「お前らの部活が終わるくらいには丁度いい暗さになるだろ! という訳で! 決定な」

克之はそう言い切って教室を出ていった。

「どうする?」

「ほっとく訳にもいかないだろ……付き合うしかねえ」

「めんどくさー」

「あの熱意はどこから来てんだか」

「ほんとよね、その熱意勉強に向ければ良いのに」

「全くだ」

水筒のお茶を流し込んでため息をつくと雪菜は寝る、と言って伏せた。こうなると返事は期待出来ないので俺も弁当箱をしまって、持ってきた本を開く。淡い暖かな初秋の日差しがなんだかとても気持ちよかった。


そして話は冒頭へ戻る。

雨風に晒されて汚くなったガラス張りの扉を開けると、中はモワッと熱気で満ちていた。

「ここの戸は念のため開けとくからな」

「おっけー」

雪菜は軽い返事をしてヒラヒラと手を振りながら俺らを見送った。

「暑いな」

身体にまとわりつく様な熱気が気持ち悪い。

「ななななあ、これいきなり戸が閉まって変な化物とかででで出ないよな」

「ホラーゲームのやりすぎだろ」

 言い出しっぺがいきなりビビってどうすんだよ。そもそも、幽霊が見える俺よりはよっぽどマシだと思う。俺なんか、いつ何が見えるか心配なのに。

「さっさと一周して帰るぞ」

「乗り気だなお前」

「早く帰りたいんだよ!」

部活の後そのまま来てるからかお腹がなる。正直、こんな所よりファミレスとかに来たかった。腹が減ったな……。

入ってすぐ、玄関の扉の正面はホールの戸だった。

この施設は、ちょっとしたホールと図書コーナーの隣に、プラネタリウムが建っているという造りらしい(雪菜が調べた) 。誰もいないこともあって見た目より広く感じる。

「お前は怖くないのか?」

「いいや、あんまり」

正直言ってただ暗いだけの空間なのだから、大したことは無い。むしろ空腹と熱気が問題だ。

反対に、克之はガクガクと膝を笑わせている。何しに来たんだよ、ほんとに。

壁には当時のポスターが剥がれかけたまま放置されている。地元のショッピングモールに演歌歌手が来るとか、講演会のお知らせとか、そういうやつだ。

ホールの戸を開けてみようとするも、

「……開かねえ」

「は?」

「いや、埃が詰まったか何かで開かないんだろ」

少しは隙間が出来るものの、それ以上押しても引いてもびくともしない。

「なら止めるぞ!」

入らないですむとわかった途端これである。いきなり元気になったな。

「はいはい」

とはいえ、俺も開かない以上戸をぶち破るとかそんな気持ちにはならなかった。

右に進むとプラネタリウムで左だと図書コーナーのようだ。

そのまま歩きだして、俺の制服の裾を握る克之と共にプラネタリウムのあるホールに着いた。

「お前いい加減、手ぇ離せよ」

「怖いだろ」

これがまだ雪菜なら可愛げもあるが、正直克之だと何とも言えない気持ちになる。嗚呼、俺の可愛い彼女との青春はいずこ?

「開けるぞ」

「お、おう」

ギイィィィィッと音を立てながら重い戸を開く。中からまた、むわっとした熱気が放たれた。

「やっぱり、中に入るのはやめないか」

「まあ、暑いしやめとくか」

ぐるりと中を見回しても、特に何も無かった。いや、何ならあるんだよと言われたらそうなんだが。

「よっと」

ぐっと扉に力を掛けて押す。バタンと重い音がして扉が閉まった。

「お前、度胸あんな」

「おめーがビビりなんだろ……」

引き返して、今度は図書コーナーへ向かった。どうせまた、重い戸に対して中は何もないのだろうと思っていたが

「お?」

あっさりと開いた。今までの戸が重すぎて余計に軽く感じる。

「ここで最後か」

中を見ると


「誰?」


女の子がいた。床にペタンと座って本を読ん でいた。

白い肌に、腰まであるサラサラロングヘアー。ピンクのリボンが胸元についたワンピースを着ている。とろんと眠そうな表情で首を傾げる彼女の足は膝から下がほぼ無かった。スッパリ切れたように無いわけではなく、だんだん色が薄くなって透けているのだ。

間違いない、彼女は幽霊だ。

窓から差し込む夕日に照らされて、儚げな雰囲気を漂わせている。


「こんばんは」

少女はびっくりする程落ち着いていた。今まで俺が見てきた幽霊はこっちが見えると知ると驚いた表情を浮かべるからだ。

こんばんは、と返していいものかと迷っていると

「ぎゃああああああ」

「あ、克之!」

克之が全力で逃亡し始めた。アイツ帰宅部のくせに速い!

「ええと……」

どちらを優先したものかと悩んでいると少女が

「お友達、追いかけなくていいんですか?」

幽霊に友人の心配をされる日が来るとは思わなかったぜ。

「お、追いかけるよ」

「また来てください」

ヒラヒラと血管が見えるんじゃないかというくらい、白い手を振って(まあ、死んでるから血は通ってないんだろうけど)見送ってくれた。


「何か、克之が全力で走って行ったわよ」

「お前は追いかけなかったんだな」

「あんた置いてくわけにもいかないし、声をかける間もなく行っちゃったもの」

何かあったの? と雪菜は尋ねる。

「これば分かる……」

「行くのはいいけど、そろそろ帰らないと怒られない? 夜から雨降るし」

そう言えば、朝の天気予報もそんなこと言っていたな。

「つーか行くのはいいのかよ」

「うん、まあ」

結構図太いよな。ビビりの克之よりは良いんだけど。

「帰りながら話すわ」

少女の事は気になるが、確かに帰らないと親に何か言われそうだ。空腹も限界だし。

自転車にカバンを突っ込んで跨る。

前を漕ぎだした雪菜に先程の話をした。

「なるほどね、でも克之って見えたっけ?」

「いや? そんなこたないだろ」

「なら、何で逃げたのよ」

「うーん、そう言われるとそうだよなあ」

「頭から血とか流してた?」

「いんや、びっくりする程落ち着いていた。足が透けてる以外は普通だな。やけに肌は白かったけど。女の子だったよ」

「ふぅん……」

「また来てねって言われた」

「また行くの?」

「どうすっかな、放っておいてもいい気もするけどちょっと気がかり。今度一緒に行かね? 克之は当てにならない」

「まぁねえ、せめて明るい時が良いんだけど」

「なら、来週の午前授業の日で」

「それならまだいいけど」

いいのかよ、我が幼馴染みながら適当だなと思う。一緒にいて楽なんだけどね?

話をしながら三十分ほど経って、家に着いた。

「んじゃまた明日」

「じゃーね」

雪菜と別れて家に入るともう夕飯が出来上がっていた。

「おかえりー、着替えたらご飯だからね」

「ハイハイ」

自室で制服を脱いで、部屋着に着替えて食卓につく。父さんはまだ帰ってきていないので、妹と三人だ。

「そういえばさ、高校の近くに閉鎖したプラネタリウムあるじゃん」

「ああ、鏑木会館の所ね」

鏑木会館っていうのか、初めて知ったわ。

「あそこっていつごろ閉鎖したっけ?」

「うーんと、あんたが小五くらいだった気がするんだけど」

となると、五年前くらいか?

「どうしたの急に」

「何か、取り壊されるみたいな話を聞いて」

「ふーん、事故があったしそのままもなーんか嫌なのよねえ」

「確かになあ」

「ま、何でもいいけどね。そのまま放置よりは」

そう言って母さんは新聞を読み始めたのだった。


そして翌日、今日も今日とて三人で弁当を食べていた。

「あそこマジでいたんだな……」

「あんたは霊感ないじゃない」

「でも見えたんだよ! ぼやーって黒い影が! 誰? って低い声も聞こえたんだよ!」

俺と雪菜は顔を見合わせる。どうやら不完全に見えたらしい。だからあんなに怖がっていたのか。

「頭から血とか流してなかったから大丈夫だぞ」

「そうよそうよ」

「五条は見てねーじゃん!」

「う、それはそうだけど」

確かにその通り。ハッキリ見えたのは俺だけだ。

「でも、来週見に行くことにしたわ!」

「そうかゴリラ女! 鉄拳制裁で成仏させてくれよ!」

「誰がゴリラよ!」

ところで何でこいつらこんなバイオレンスな関係なの? 飯時くらい大人しくしてくれない? 埃が立つんだけど。

「ギブギブ!」

ギリギリと床で技を決められた克之は床を叩いて降参した。何でもいいけど手洗ってから食い始めろよ。


そんな訳で時間は飛んで翌週。

「明るいとあんまり怖くないわよね」

「窓もあるしな」

ギイっと入口を開けて中に入る。以前入ったこともあって意外と簡単に開いた。

入口の戸は開けたままにして、中に足を踏み入れる。

「あっついわね」

「仕方ないな」

九月とはいえまだまだ暑い日が続く。熱気の篭っているのも仕方ない。

前に来た時は夕方ということもあり薄暗かったが、今はお昼を回ったところ。中は電気をつけているのと変わらない程に明るい。

「とりあえず、前に出たって所だけ見ましょう」

ふんす、とやる気満々に雪菜は前を進んで行くが、残念ながらそっちじゃない。

「反対だよ」

「う、うるさい」

気を取り直してずかずかと前を行く。プラネタリウムとホールはスルーして目当ての図書コーナーに辿り着き

「開けるわよ」

「おう」

ぐっと雪菜は戸を引いた。

「こんにちは」

以前と同じ少女が同じような体制で鎮座していた。

「こんにちは」

とりあえず、挨拶してみる。

「……見えないけど、声は聞こえるわ。可愛い女の子の声ね」

「姿は見えないんだな」

「ぼんやり白っぽい塊があるような無いようなって感じ」

なるほど微妙。だが克之に比べればまだいい方かもしれない。ああでも、幽霊が見えるのはよくないのか?

「お友達、昨日と違いますね」

「あ、昨日のビビリはいいんだ。こいつは五条雪菜っていう。俺は小牧理都」

俺が名乗ると少女はぺこりと頭を垂れて

「……名前忘れました」

ウッソだろお前。

「幽霊ならゆーちゃんで良くない?」

見えないくせに偉そうだなと俺は思ったが、少女は気に入ったのか

「ゆーちゃんでいいです」

と答えた。

「ところで理都さんたちは何しにきたんですか?」

「昨日のあれは肝試しだ」

「肝試しですかー、何故に?」

取り壊しやその辺のアレコレを話すとゆーちゃんはなるほどーと頷き

「取り壊されるのですかー、困ったのです」

「何で?」

「私はここから出られないのでー、取り壊されたらどうなるのでしょー?」

とろんとした表情に、のんびりとした話し方なので何だかこっちまで気が抜けそうになる。幽霊なのに怖いと思わないのは、このせいだな。

「出られないの?」

「建物の中は行き来出来るのですがー、入口から出ようとすると見えない壁に弾かれるのです。窓も開けられないのでして」

「はあ」

「仕方が無いので本を読むか寝るしか無いのですよー」

と、ゆーちゃんは言う。

「成仏? 出来ないの?」

「そもそも未練が解決出来ないのでしてー、何故なら今まで出会えた人はあなた達が初めてなのでー」

「……何年くらい?」

「三十回日が昇ってから、数えるのは飽きました」

早いな。

「なら、あたし達が未練を解決するわ!」

「えっ」

「いーじゃないの、取り壊される前に成仏しましょ?」

「……お前がそれでいいなら、いいけど」

「本当ですかー、是非成仏させて欲しいのですよ」

「軽いな」

「そろそろここの本を読むのも飽きてきたので」

理由も軽かった。

「よし! なら頑張りましょ、理都」

当然俺も巻き込まれるわけね、知ってた。

ゆーちゃんを成仏させたいということに反対はしない。取り壊される前に成仏した方がいいとは確かに思うし、悪霊でなくても放置させないに越したことは無いと聞いたこともある。

「成仏させるのはいいが、お前未練とかあるの?」

「うーん、よくわからないのですよ」

「おいおい」

いきなりどん詰まりじゃないか。

「未練、うーん。両親や祖父母は確かに気になりますが、名前が思い出せない以上探してもらうのは無理でしょうしー」

「まあ、そうね。ところであなたは自分の事をどこまで覚えてるの?」

見えないくせにグイグイと雪菜は踏み込んでいく。でも、雪菜はどこまで踏み込んでいいかを慎重に考えている。俺は雪菜のそんな所が好きだった。

「性別は見ての通り女ですねー。年齢は高校一年生だった気がします」

「同い年かよ!」

驚いた。正直、中学二年生くらいだと思っていた。座っているから確かな身長はわからないが、全体的に小柄で童顔故に年下だと勝手に決めつけていたのだ。

「驚いたわね、見えないのに何故かしら思い込んでたわ」

「確かにお二人と比べると私は小さいですねー」

相変わらず、のーんびりとした様子でゆーちゃんは言う。

「雪菜は結構背が高いからなあ」

「うるさいわね」

「いや? すらっとしててかっこいいと思うぞ」

「私もそう思いますですー」

こくこく、とゆーちゃんも頷く。雪菜はいつも態度も姿勢もシャキッとしていてかっこいい。

「私は小さいので憧れますよー」

「昔から体育の時とかよくモテてたよな」

「それはますます憧れますねー」

うんうんと俺が頷き、ゆーちゃん小さな手をパチパチと叩く。

「バ、バッカじゃないの! 褒めても何も無いわよ!」

「ゆーちゃん、あれをツンデレと言うんだ」

「つんでれですね、覚えました」

「変な事教えんな! いいから、話を戻すわ」

ゴホン、とわざとらしい咳払いをして

「他に覚えてることは?」

「死ぬ瞬間凄く苦しかったです」

「はあ」

「それで足がないのでこれは死んだなーと思いました、死因と性別と年齢しか分かりません」

「ふむ」

死因は、事故死だろう。

「仕方が無いのでこの部屋で本を読んで寝て、たまに歌うの繰り返しです」

女の人の声の正体ってもしかしなくても、こいつの歌声じゃね?

「全然覚えてないのですよ、申し訳ないです」

「ま、わかんないならわかんないで仕方ないわよね」

しゃーないしゃーないと雪菜は頷く。

「また何か思い出せたら、教えてくれ」

「はい、ところでお二人は何故私を成仏させるのを手伝ってくれるのですか?」

首を傾げて彼女は尋ねる。俺と雪菜は顔を見合わせる。

「うーん、肝試しとかいうふざけたきっかけではあったけど、一度関わっちゃったからなあ。そのまま取り壊されたら多分後から気になるだろうし」

「確かにちょっと夢見が悪いわよね」

まあ、ソッコーで逃げ出したやつもいるんですけどね。名前は克之って言うんですよ。

「ありがとうございます、お二人とも」

ぺこりとゆーちゃんが頭を下げる。髪がやたら長いので軽くホラーだな。

「いいのよ、私達に出来ることがあったら何でも言って?」

「出来る範囲でなら、な」

「それでしたらー、早速お願いがあるのですが」

ゆーちゃんは

「そろそろここの本に飽きたので、新しい本が欲しいのですよ」

と、言った。



「重い」

翌日。家探しをして適当にあれやこれや持ってきた。トートバッグに適当に詰めたので底が抜けないか心配だ。

幸い、俺のカバンは大きい上に今日は体育も無い。普段からたくさん本を読んでいるおかげで、良さげな本をたくさん持ってこれた。

「色々持ってきたわね。懐かしー、この児童文庫、星の図鑑に動物図鑑、小栗虫太郎とかよく持ってるわね」

お前もよくわかるよな。

「繰り返し読めそうなのとか、飽きなさそうなのを持ってきてみた」

「なるほど、私は本じゃないけどウォークマンよ。スマホがあるから使わなくなったし、暇つぶしにいいかなって。曲数も結構あったわ」

なるほど、本ではないが暇つぶしには持ってこいだ。

「おっす、朝から何やってんだ」

「おはよう克之」

今日もやや出っ張った腹を揺らしながら克之はやって来た。

「そういやお前もプラネタリウム行ってきたのか?」

「行ってきたけど、なーんにも無いわね。アンタの勘違いよ、風や虫の音に過剰反応したんじゃない?」

「俺は繊細だからな、ゴリラ女にはわからないんだよ」

こうして今日も鉄拳制裁の雨が降る。

雪菜と俺は、ゆーちゃんのことは克之に限らず、誰にも言わないと決めた。アレコレ言われるのも嫌だし、ヘタに除霊させられるのも可愛そうな気がする。

「すいません、俺が悪かったです!」

それにしても、毎日バイオレンスだなあ、こいつら……。


「ごめんね、ゆーちゃん。今日は課題が多くて早く帰らないといけないの」

「悪い」

「いいえー、お気になさらずー。頑張ってくださいー」

ゆーちゃんに本を渡して別れを告げる。玄関まで見送ってくれたが、確かにゆーちゃんは小さかった。白い肌に細い手足と小さな手のひらは、彼女にずっと幼げな印象を与えている。 

窓から入る夕日を背に手を振る彼女が、やけに儚げに見えた。


  ★

理都さんと雪菜さんが帰ったので、私は図書ルームへ向かう。

「……」

開かないホール。いつもここを開けようとすると手がビリッとして、扉に触れない。

開けない方がいいのだろうと思うけれど、中が気になる。

「何があるんでしょうねー」

呟いてみてもどうにもならない。諦めて私は足を動かす。

図書ルームに入って理都さんの持ってきてくれた星の図鑑を開いた。

写真の中の星空は霞むことなく、輝き続けている。

「お星様は素敵ですねー」

図書ルームの窓は、隣にある建物のせいでまともに空は見えない。窓から身を乗り出そうとしても、玄関で弾かれる様にビリッとする。

プラネタリウムは動かす人がいないので、稼働することもない。

「お星様……」

生前の私はどうだったのだろう、星が好きだったのだろうか。本を読むことに苦痛は感じないので、本は好きだったと思う。

死ぬ瞬間、苦しくて苦しくて仕方がなくて、目が覚めたらここにいたのは覚えている。死因は自分でもわかっていた。身体が弱くて、無理やり外に出ようとした私は、プラネタリウムに入ろうとして、発作で死んだのだ。

でもそれ以外は覚えていない、死因と性別と年齢が、私のわかる全て。

図鑑を見ながら、思う。

「誰かと星を見たいですねー」

  ★


「星が見たい?」

「はいです」

「図鑑を見てて思ったのですよ」

星、星ねえ。残念ながらこの施設は立地が悪く高い建物が周りに多い。そのため窓から空を見ることは正直難しい。

「きっとプラネタリウムのある施設で死んだくらいですから、生前の私は星が好きだったと思うのです」

「なるほど」

「それに、せっかく仲良くなれたのですからみんなで何かしたいのです」

ふーむ。みんなで何か、か。雪菜には見えてないんだけどな。

「星ねえ、どうやったら見えるのかしら。みんなで図鑑見るんじゃダメ?」

「なーんか、違うだろそれ」

三人で床に座って考えてみるものの、どうすればこの施設の中で星が見れるのか皆目見当もつかない。おまけに今日は随分と風が強く、ビリビリ窓が震えてることもあって、ちょっと落ち着かない。

「無理を言ってしまいましたか……」

「いや、何かしたいことがあるって言ってくれたのは嬉しかったよ」

「うん、考えておくわ」

「ありがとうございます」

ぺこりとゆーちゃんは頭を垂れる。

それからは雪菜の持ってきた菓子を囲み取り留めもない会話をしたのだった。


「全く思いつかねえ」

「同じく」

シャーシャーと自転車を漕ぎながら二人で知恵を絞るも、やっぱり室内で星を見る方法が思いつかない。

むかーし(と言う程ではないか)黒い箱に穴を開けて光を見ると星に見えるというのを工作の本で見たことがある。でもみんなで、とはちょっと違うよなあ。

あれやこれやと悩みながら学校に着いてしまった。

授業が始まってからもずっと考えてみたがいかん、全く思いつかん。ちなみに古典の時間、全然聞いていなかったのでうっかりホモサピエンズとか訳の分からないことを答えてしまったことをここに記します。

「とかやってるうちにもう昼か」

弁当を広げて克之と雪菜を待つ。

ぐーぐーなる腹を抑えていると勢いよく雪菜が入って来た。

バンッと机を叩いて

「来週だって!」

「何が?」

「取り壊し! 友達のお父さんが工事会社に勤めてて、言ってたらしいの」

「嘘だろ……」

来週のいつ取り壊されるのかわからない以上、今週に何とかしなくてはならない。だけれども、今日は水曜日。残された時間は少ない。

「どうしよう」

不安気に呟きながら雪菜が席に着く。丁度克之もやって来た。何かやたらと大きな紙袋を持っている。

「おっす、飯にしようぜ」

「アンタは悩みがなさそうで、いいわよねえ」

「そんな事ないぞ、友人がバイオレンスで困ってる」

「ハイハイ」

普段は拳の一発二発ではすまないが、今日はそれどころではない。

「テンション低いな、折角面白い物持ってきたのに」

克之はやけに大きい紙袋に手を突っ込み

「じゃん!」

何やら箱を机に置いた。

「どうよこの、家庭用プラネタリウム、ホームスターEXTELA!」

「家庭用プラネタリウム……」

「それだ!」

俺と雪菜の声がハモった。そうだよ、それがあった! どうして今まで気が付かなかったのだろう。

「あんたそれ寄越しなさい!」

「え、いやまあいいけど」

「……いいのかよ」

言っといてなんだが、結構高そうだぞ。

「昨日倉庫の掃除してたら出てきたんだけど、使わないからお前に貸してやろうと持ってきたんだ」

「そうなのか」

「んー、前に星が好きってお前言ってたからな。卒業までに返してくれればいいぞ」

「まだ一年以上余裕であるんだけど」

「だって使わねえし」

なら、何で買ったんだよ。

「兄貴がこういうのハマってたんだけどすぐ飽きたんだよな、誰も使わないし借りてってくれや」

「お兄さんいいのかよ」

「あー、もう引っ越したからいいだろ」

それでいいのかと言いたくもなるが、ラッキーな事に変わりはない。有難くお借りしよう。

「たまには、役に立つわね」

「うるさいよゴリラ女」

結局拳の雨が降った。


「って理由で、友達から借りてきたわ。家庭用プラネタリウム!」

余談だが、調べてみた所これ十五万円くらいする代物だった。こんな物をぽんと貸していいのか、やっぱり不安になってきた。結構どころの高値じゃないんですが。

「いいのよ、貸してくれるって言うんだもの」

「それはそうだけど、ゆーちゃんはこれでもいいか?」

「はい、むしろ勿体ないくらいです」

「それじゃあ、準備をしましょ」

俺は先ほどコンビニで買ってきた電池をセットして説明書を読む。

その間にゆーちゃんと雪菜は本棚の本を出して、窓際に本棚を寄せる。

こうすることで、窓から日が入らなくなる。暗闇の完成だ。

「本棚が軽い素材でよかったわ」

「はい」

窓が覆われたことで部屋は闇に飲まれた。まだ外は明るい時間帯なのに、この部屋はびっくりする程暗い。

「スイッチ入れるぞ」

カチッと音がして……天井に無数の煌めきが姿を現した。

「綺麗です」

「凄いなこれは」

「本当……」

しばらくの間声が出ないほどに美しかった。人工的に作られた星空でも、霞むことの無い光が降り注いでいる。

「あれがベガで、あっちがアルタイルです」

「んで、そこがデネブで夏の大三角形だな」

「よく知ってるわね」

「図鑑に載ってました」

カチカチと機械を操作すると夏の星空から季節が巡る。

「すっごく綺麗、なんか感動したわ」

「こんなに綺麗に見えるものなんだな」

永遠に見ていられるくらいに星空は美しくて、ずっと三人でいられると思った。

「ありがとうございます、お二人とも」

「ゆーちゃんが気に入ってくれたなら、嬉しいよ」

「はい……とても幸せです」

目に涙を浮かべてゆーちゃんは笑う。その笑顔は儚げで、胸が締め付けられた。

「私達も、誰かと見た事は無いわ」

「今は星空なんてうまく見れないからなあ」

俺達にも、良い経験になった。

「私には、ゆーちゃんが見えないけど、ゆーちゃんに会えてよかった」

「わ、私も雪菜さんに会えてよかったです」

ふふっと二人は笑う。ゆーちゃんが星空の下で笑ってくれたのが、どうしようもなく嬉しかった。肝試しという思い付きに近い行動がきっかけで出会ったとはいえ、ここまで仲良くなれたのが嬉しい。

だけれども、時間の流れは非情なもので、気がつけばいい加減に帰宅しないといけない時間になっていた。

「ごめんな、そろそろ帰らないと」

「はい、ありがとうございました。もし成仏出来なくても、心残りはありません」

「そんな悲しいこと言わないでよ」

ゆーちゃんは首を振って

「私は、お二人と友達になれただけで十分なんです。死んだのは、私が悪かったんです。無理やり外に出ようとして、ここに来て、発作を起こしたんです」

彼女は悲しそうに

「こんな私に良くしてくれた、それだけで十分です」

「また、遊びに来るから」

「もしかしたら、満足して明日には成仏しているかもしれませんねー」

「それならそれで、未練が無くなったってことだろ」

「そうですね」

くすりと、ゆーちゃんは笑った。



しんみりとした空気の中、部屋を出て玄関へ向かう。

もうすっかり日が暮れて、建物は暗く、スマホの懐中電灯で足元を照らす。

「ねえ、そういえばここのホールって何があるの? ここを使えばもっと広い天井で星が見れるわよ」

ホールの前で雪菜が立ち止まる。最初に来た時、開かなかったホールの扉。

「開けてみましょ」

雪菜が扉に手をかける。以前とは違って軽々と――

「え?」

開いた扉から黒い塊が出てきた。

ずるりと音がして、『それ』は雪菜の足を掴んだ。

「ひっ」

「みぃつけタア」

『それ』は低く、辛うじて女の声とわかるような声で、口を開いて

「ずっトさみしかっタのよォ、ねェしんデ? ひとりはサミしいの」

「嫌っ」

その手が段々と上に上がっていく。

「離れろっ」

「なんデあのこだけなの? わたしのみれンもけしテ?」

「……事故で死んだのは、お前だな?」

俺はゆーちゃんが事故で死んだ子の霊だと思っていた。けれど、ゆーちゃんは自分は発作で死んだと言った。

なら……事故で死んだのは? それがこいつなんだと気がついた。

「ズットさみしかっタのよ? ひとりデずっと。ひとりはイヤ。アナたいっしょにいて?」

「う……あ……」

スマホで照らすと、『それ』は頭から血が流れていた。

「いたかっタのさみしかっタの」

雪菜の首に手をやる。

「しんで、わたしトあそびまショ?」

「雪菜から離れろ」

スマホを放って、雪菜から引き離そうとするが

「うぐっ」

幽霊である為に、触ることが出来ない。

「やめてよ……死にたくないわよ私……」

雪菜もジタバタともがくが、おそらく掴まれているのがわかっても、どこにいるのかは見えないのだろう。空中を蹴っている。

「やめろっ」

体当たりしてみるものの、全く効果が無い。

「あ……」

「雪菜っ」

雪菜の身体から力が抜けていくのがわかる。ギリギリと彼女の首を締める力が強くなっているのだろう。

その時だった、

「雪菜さんを離してくださいっ」

「ゆーちゃん……」

ゆーちゃんが近づいてくる。

「寂しいなら、私が一緒にいますっ。私はもう未練はありません。だから……私があなたといます。そうすれば、あなたの未練も解消出来るでしょう?」

彼女がそう言うと、それは雪菜の首から手を離した。

「ゴホッ」

雪菜は床に倒れると、青い顔で息を吸う。

「わたしはあなたガにくイ。あなたダケともだちがデきたなんてユるさない」

「ゆーちゃん!」

それがゆーちゃんの首に手をやって、雪菜の時とは比べ物にならないくらいの力で首を締めた。

「やめろ!」

「いいんです……私はもう幸せでしたから」

ゆーちゃんは力なく笑って

「こんな私でも、誰かを助けられたならいいんです」

「いくな!」

違う、こんな形で助けられることなんて望んでいない。

「ありがとうございました、二人とも」

そう言ってゆーちゃんは動かなくなって、砂の城が崩れるように消えた。

そして『それ』もまた同じように消えていった。

誰かと星空を見たいという彼女の未練と、誰かと消えたいという『それ』の未練が無くなった事で二人とも消滅したのだろう。

「り……と……、ゆーちゃんは?」

ぐったりとした雪菜の問いに俺は答えられなかった、泣くことしか出来なかった。

「ごめんな、本当に……」



あれから随分と時間が経って、俺達は二年生になった。

プラネタリウムは噂の通りあの日から五日後に壊されて、現在レンタルショップが建設中だ。

これは調べてわかったことだが、あの土地には昔霊能力者が住んでいたらしい。詳しくはよくわからないが(というか理解できない)、地脈的にその手の力が溜まりやすいそうだ。

霊能力者は戦後没落し、プラネタリウムが建って……ホールに設置されたライトが転落し少女が死に、ほぼ同時期に病気による発作で死んだゆーちゃんとあの幽霊が住み着いた。そして、俺達が肝試しに行った。

克之や雪菜が、姿は見えずとも声が聞こえたのは地脈的な力の影響なのだろう。

加えて、あのホールの戸が軽々と開いた謎は完全に俺たちのせいだった。ホールの戸に貼ってあったお札が、俺たちが出入りしたことで剥がれてしまったのだ。

「時々、あれでよかったのかなって思うの。私達が出会わなければ、もしかしたらゆーちゃん達は霊媒師さんとかに平和に成仏してもらえたのかなって」

「そうだな」

結局俺達の行動は自己満足で、苦痛を与えただけだったのか? 今でもそう思う。もっと良い方法があったのかもと考える。

「見えるだけで助けられるとか、思い込んでたのかな」

「……わからないわよ」

ゆーちゃんの話をすると俺達はどうしようもないくらいに胸が苦しくなる。せめて最後に見た彼女の姿が笑顔だったらよかったのにと。

あの日あの扉を開けなければ、結末は違ったのかとさえ思う。九月からこびり付いて離れない思い。

「……帰ろっか」

「ああ」

今日はまだ新学年が始まって二日目。先生方の都合でどこの部活もお休みだ。

あの日以降部活に打ち込んで気を紛らわせようとしたが、どうにも上手くいかない。

荷物を持って廊下に出ると克之がいた

「おっす、理都。なんか一年生の女の子がお前のこと呼んでるぞ。家庭科室の校舎裏にいますって」

「は?」

「五条の事も呼んでたぞ」

「あたしも? 誰よ、心当たり無いわよ」

「知らねーよ、遊佐さんって人」

遊佐さん? 誰だよ。

「じゃ、俺は伝えたからもう行くぞ」

帰宅部のエースは去ってゆく。

「校舎裏とはベタだな、何の用事だろう」

「こ、告白とか?」

「何でお前の声が裏返るんだよ。だいたい、告白ならお前は呼ばれないだろ」

「一人だと不安だから、とか」

それは、告白する側の行動だろう。

人影がまばらになった校舎を歩く。窓から差し込む夕日が綺麗だった。

初めてゆーちゃんに出会った日も、彼女が夕日に照らされていたのを思い出して、目の奥が熱くなった。

玄関で靴を履き変えて校舎裏へ行くも

「誰もいないわね、からかわれた?」

「俺一人ならともかく、お前まで呼んで?」

男一人ならSNSで勘違い乙って叩かれるんだろ、俺知ってるよ。

仕方が無いので、しばらく待ってみると

「五年ぶりの学校は、迷うのでしてー、お待たせしましたー」

「「へ?」」

声がした方を見ると、ゆーちゃんが立っていた。

雪菜と同じ制服を着て、腰まであるサラサラの髪を揺らしながら、最初に出会った日のように夕日に照らされていた。

「ゆー……ちゃん?」

「はい、ゆーちゃんこと、遊佐伊織といいます」

ゆーちゃんはにっこりと笑った。足……ちゃんとある。

「ど、どういう」

「実は私、生霊だったのでしてー」

「はい?」

「私、死んでなかったみたいです。あの後お空に昇ってですね」

ゆーちゃんは人差し指で空を指す。

「なんかよくわからない人に、お前は死んでないよと言われまして」

「「はあ」」

「どうやら意識不明の重体で、五年間ずっと仮死状態? というのですか、寝たままだったみたいです」

「マジで?」

「マジですよー、それで気がついたら病院にいましてー」

やっぱり、のーんびりとしたトーンで

「そして色々と思い出したのです」

「そんな事ってある訳?」

「うーん、そう言われても確かめる術が無いので、何とも言えませんねー」

それはそうか。

「目が覚めたのは九月の終わりごろでして、頑張ってリハビリしまして、折角入学し直すならお二人のいる高校にしようと受験して合格しましたー」

「嘘みたいな話ね」

「嘘ではありませぬー」

「う、うん」

「あれ、お前死んだ時高一で五年間寝たままって事は、実年齢二十一?」

「それは言ってはいけませぬー、寝たままだったので精神は高一で止まっておりますー」

ゆーちゃんは微笑んで

「また、お会いできて嬉しいです」

「……恨んでないのか? あんな……」

「恨むことなんてありません、私は幸せでしたから」

彼女は首を振って、右手で俺の手を取り、左手で雪菜の手を取る。

「改めて、私と友達になってくれますか?」

「あ、当たり前じゃない!」

「そうだよ、改まらなくても友達だ」

俺と雪菜が答えると、ゆーちゃんは目にたくさんの涙を浮かべて

「よかったです……、忘れられてたら、どうしようって……思って……」

嗚咽を上げた。雪菜もボロボロと泣き出して、俺も涙を零していた。

「忘れるわけないじゃない……」

「よかった……」

通りかかる人たちが何事だと驚いているが、そんなことはもうどうでもよかった。

三人で抱き合って、馬鹿みたいに泣いた。目も鼻も真っ赤で、ぐしゃぐしゃだっけけれど、この瞬間が愛おしかった。

「おかえり、ゆーちゃん。三人で星空をまた見よう、本物の空を見よう。美味しい物も沢山食べに行こう、沢山遊びに行こう」

「……はい!」



それから三人で手を繋いで、最寄り駅まで歩いた。ゆーちゃんは電車通学で、俺達は自転車だからもう一度学校へ引き返さなくてはならないが、構わなかった。

ゆーちゃんはやっぱり小さくて、だけどもう儚げな印象は無かった。彼女は自分の足で歩いているから。

「ちょっと、理都さんは離れててください」

「えっ」

あれ、今いいところだと思ったんだけど。

ゆーちゃんは俺の手を離すと雪菜の耳に口を寄せて

「雪菜さんとは親友だと思ってますし、恋敵であるとも思ってますから」

「へ⁉」

雪菜が奇声を上げた。

「べべ別にあああアイツの事、は幼馴染み以上はなんにも」

「なら今から告白してきます」

「ストップストップ!」

「うるさいよお前、何騒いでんだ」

「な、何でもないわよ!」

「そうです、秘密です」

クスッとゆーちゃんが笑って、雪菜は顔を赤くしながらあわあわと慌てている。

ちょっとだけ騒がしくなったこんな日常も悪くないと、二人の顔を見て、思うのだった。

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透明な星空 @kyo_ka127

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