第177話 一番大事(3)

この日は1月3日で、明日が仕事初めなのだが、事業部は新春コンサートが近かったので半分は出社していた。


「おっはよー!」


南が元気に出社してきた。


「あ、新年明けましておめでとうございます。」


萌香がきちんと丁寧にお辞儀をした。


「え? ああ、そっか。 今年もよろしくお願いします。」


南も慌てて頭を下げた。


ふと見ると斯波も、もう仕事をしていた。


「二人とも真面目やなあ。 3日に出社して。」


「特にどこにもでかけませんでしたから。」


「あたしも。」


「そういえば、加瀬は? あの子、実家帰らなかったんやろ?」


南が周囲を見回すと、


萌香も斯波もギクっとした。


「あ~~、どうでしょう・・。明日からじゃなかったですかね?」


しらばっくれた。


「また、高宮について長野に行っちゃったんちゃうのぉ~?」


冗談でアハハと笑う南に


二人はついてこなかった。



「・・え? マジ??」


南はその空気を敏感に読み取った。


「そんなに騒がないであげてください。 本人も自分の行動に戸惑ってるんで、」


萌香は南にそう言った。


「へえええ・・でも、すごいやん。 なんかあたし感動したわ、」


南は夏希のことを聞き、素直に感心していた。


「ほんっと気持ちで突っ走るから。 よく考えて行動しないからさあ。」


斯波は苦々しそうに言った。


「まあ、でも帰ってこなかったところをみると、カンペキやっちゃったね。」


南はウンウンと頷いた。


「やっちゃった・・って、」


朝っぱらからすごいことを言う南に萌香は引いてしまった。


「え、だってそういうことやーん。」


「勝手に想像するな!」


斯波は怒って自分の席についてしまった。


「ね、あの人、なに怒ってるの?」


萌香に耳打ちした。


「なんか加瀬さんのことになるとすっごく機嫌が悪くなってしまって。 心配みたいです。」


「まあ確かに、高宮の家のこととかな。 心配やけど。 結婚するとか言うてるわけやないし。 えーやんなあ。」


大きな声でわざと言う南に、斯波はさらに心配が募る。




無事、恵の結納も済んで、高宮は時間通りに駅に着くことができた。


夏希はわざと彼よりも後の新幹線を予約していた。


「ありがとう。」


高宮は列車に乗り込んで、夏希が持っていてくれた自分の荷物を受け取った。


「今度は、乗っちゃダメだよ・・」


冗談のつもりで


優しく笑ってそう言ったが。


「え・・」


夏希は言いようもない寂しさで胸がいっぱいになってしまった。



痛い


胸が


痛いよ・・。



「ひょっとして仕事で東京に行ける時があるかもしれないし。 あと、いつ帰れるかも・・きちんと連絡するから、」


発車のベルが鳴リ出したので高宮は早口でそう言って、最後に夏希の手をぎゅっと握った。


それに黙って


頷いた。



ドアが静かに閉まる。


高宮は彼女に手を振った。


夏希もそっと手を振る。


目に涙がいっぱいたまって。


人生、初めての気持ちだ。


こんなの。



そして、ゆっくりと動き出す列車が涙でぼやけて、そして小さくなっていくまで夏希はずっと見ていた。



なんで


こんなに涙が止まらないんだろ。


夏希は新幹線に乗って流れる景色を見ながらハナをすすった。


彼に抱きしめられたことや、キスをされたこと


あのぬくもりがまだ体に残っている。


遠いよ


大阪は・・。




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