第137話 事件(3)

「こんなにタバコを吸って・・」


萌香は斯波の灰皿を見てため息をついた。


家に戻ってきてからもずっとイライラしている。


原因は


夏希のことなのだ。


「なあ、」


重い口を開いた。


「え?」


「あいつ。高宮のこと好きだったの?」


基本的なことを聞いてしまった。


「ん。 まあ、彼に黙っていなくなられて、気がついたみたいって言うか。」


彼女の口から


高宮のことを好きだ、と聞いたのはたぶん自分だけだろうと萌香は思っていた。


「だからって。 なんだって、いきなり。しかも、このクソ忙しい時に! あいつ仕事ほったらかしにしようとしてたのか??」


「きっと。ちゃんと朝には戻ってこようと思っていたのよ・・。」


「夜なんかあいつのとこ行って、どーしよって思ってたんだ? え?」


まるで私が責められてるみたい


萌香は、はあっとため息をついた。


「何も考えてなかったんちゃうの? あの子のことやから、」


それは


わかってるけど。


深く考えないで、行動したに違いないことは。


「それだけ何か彼女を突き動かすものがあったってこととちがいますか?」


「でも・・なあ・・」


斯波は納得できないように言う。


そして


怖い顔をいっそう怖くして考え込んだ。





夏希はもう頭の中が小宇宙になったように、ぐるぐるぐるぐると回っていた。


ん~~~~~。

くるしい・・・。


真っ暗で。


何かに引き込まれてしまいそうで。


体が重い。



そのとき


まるで隕石が飛んできたかのような衝撃とともに、今朝方の『事件』の場面が蘇ってきた。



え・・?


あたし・・・


高宮さんと


キス・・・した・・?



バチっと目を開けた。


「はっ!」


声を出してガバっと起き上がってしまった。


「ど、どうしたの・・」


そろそろ自分も寝ようとしていた高宮は驚いた。


夏希はそろーっと彼の方を見やって、


「あの・・」


まるで幽霊でも見たかのような顔をした。


「また急に起き上がると倒れるから、」


高宮は彼女を寝かそうとすると、


「あの・・。 高宮さん・・」


「え?」


「あたしに。キス、しました?」



いきなりの質問に、


「えっ!」


ドキンとして、かああっと顔が赤くなっていく。


「え? 夢…?」


夏希は頭をかきむしった。


「お・・覚えて、ないの?」


高宮はそれはそれでショックだった。


「てことは・・ホントだったんですか?」


そんなに


真正面から見つめられると。


ただただ恥ずかしかった。



「ほ、ほら! ここ! きみが、ぎゅううって掴むから! 爪が食い込んで!」


自分の両方の腕をまくって見せた。


紫色の傷跡がついている。


「これ、あたしがやったんですか?」


「ほんっとすっごい握力だな・・」


それが事実とわかると。


夏希はまたわかりやすく目を回してパタっと倒れた。


「なんなんだよっ! ほんとにも~~!」


高宮はもう彼女の行動が理解できない。


なんなんだ、いったい・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る