第138話 決心(1)

高宮は芦田に呼ばれた。


なぜ呼ばれたのか


だいたいわかっていた。


自分が中途半端な気持ちでいることが一番いけないのだ。



3月いっぱいという約束をもう少し伸ばしてもらおうか、とも考えたが。


残るなら残る、帰るなら帰ると態度をはっきりさせねばならない。


正直


迷っていた。


しかし



唐突にやって来て


唐突に寝込まれた


彼女のことが


本当に愛しい。


自分が自分らしく生きていく上で


一番必要なのが


彼女だ。




「大変、申し訳ないのですが。 ぼくは…約束どおり3月いっぱいで東京に戻りたいと思っています、」


高宮は芦田にそう告げた。


「そう・・か。」


まるでその答えを予期していたかのように彼は静かに頷いた。


「支社長秘書は水谷さんがいます。 まだまだ頼りないですが。 彼女、本当に素直で真面目なので。 残りの期間、彼女に教えることは精一杯教えていきたいと思いますので。」


もう


それしか言いようがなかった。



芦田には高校3年生になる息子と高校1年生になる娘がいる。


妻と子供たちを東京に置いて、単身赴任覚悟でここに来ていることは、もちろんわかっていた。


彼について1年。


物静かだが、きちんとしたものの見方をしてくれるこの人が好きだった。


自分だけ


彼女と離れるのがつらいから、と言って


東京に戻るのかと


自身に問いかけることさえ、申し訳なく思っていた。


高宮は黙って彼に頭を下げた。


顔を見ることも


できない。


「…わかったよ。 残念だけど仕方がない。」



穏やかな声がして、高宮は顔を上げた。


「常務、」


「ここにきみが来てくれなかったら。 大変なことになっていたかもしれない。 本当にありがとう。」


逆に礼を言われた。


「いえ、ぼくは・・」


「社長もきみのことを買っている。 これからも頑張って会社の力になって欲しい。」


その言葉に


膝の上に乗せた拳をぎゅっと握り締めた。


間違いなく


彼女が大変な思いをしてここまで来てくれたことが


この決心をつけてくれたのだ。


迷い


悩んでいた気持ちが


パッと晴れていくように。




ここに来て丸2日。


夏希は39℃台から熱が下がらなかった。


高宮は10時ごろ帰宅して、


「どう?」


と彼女のためにアイスクリームやらイオン飲料を買って来る。


「だ、大丈夫ですから・・ほんと。 すみません…」


穴があったら入りたかった。


ここまできて彼にものすごく迷惑を掛けていることがとてつもなく恥ずかしかった。




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