第129話 揺れる想い(4)

じわじわと


記憶が蘇ってきた。


あのあと。


自分のことを好きだと言って抱きついてきた彼女に


「もう・・帰ったほうがいい、」


それを止めるようにそう言った。


「いやです! 帰りません、」


理沙は泣きながらそう言った。



それから


いったい何を考えていたのかわからないけど


いや


何も考えてなかったんだと思う。


確かに


彼女にキスをした…。


その場面だけを


切り取った写真のように思い出した。



自分のことを好きだと言って来た女の子に泣かれて


帰らない、なんて言われて。


自分の意思とはうらはらに


男としての本能だけが


動いてしまって。



でも


その後のことは全く記憶がなかった。





「おはようございます、」



出社をするとなんでもなかったかのように理沙は高宮にそう言った。


それでも目を合わせることもなく。


「・・おはよ・・」


彼女に対する罪悪感でいっぱいだった。



『本気じゃないことはわかっていますから』


あんなことを言われて。


高宮は夏希のことを思い出して、理沙には悪いが朝から彼女のことばかりを考えてしまった。




「なんだ。 まだいたの? クリスマスイヴイヴだってのに。 さびし~。」


残業をしているところに八神が外出から戻ってきて夏希をからかった。


「・・仕事、してるんですから、」


それにムッとして口を尖らせた。


「そうだよな~。 大阪、遠いもんなあ、」


"誰か"を特定して言っていることがわかり、


「…べ、別にっ、」


動揺してしまった。


なに、してるかな。


夏希は高宮のことを想った。



家に帰って彼に電話を入れるが、10時過ぎまでずっと繋がらなかった。


仕事、忙しいのかな。


ため息をついてテレビを見ながら、ちょこっとだけ缶ビールを飲んでいると、携帯が鳴った。


ディスプレイが高宮からの電話であることを告げている。


「もしもし、」


夏希は何だか妙にテンションが上がってしまった。


「あ、おれ…」


に対して、高宮の声は沈んでいた。


「ごめん、何回か電話くれたんだ、」


「どうしたんですか? なんか…」


彼の声の異変に気づいた。


「・・ううん、なにも、」


なんで


なんであんなことしちゃったんだろう。


高宮は後悔ばかりが渦巻いた。


頑張って彼女に仕事を引き継いで、東京に帰れるようにって思っていたのに。


もう


そんな気力もなくなってしまった。


今日一日、理沙には何も言うことができなかった。


「高宮さん?」


沈黙が続く彼に夏希は不審がった。


「おれ…」


「え?」


「東京に帰れないかもしれない、」


彼の口からこぼれた言葉は


「え・・」


夏希を呆然とさせた。


「芦田常務が正式に春から大阪支社長になることが決まった。おれにも残って欲しいって言われた。


高宮は携帯をぎゅっと握り締めた。


「そ、それは…もう、決まったことなんですか・・」


「まだ返事はしてないけど。 おれだって帰りたいけど。 ここを放って・・おれだけ帰るなんて、できないんじゃないかって、」


迷いを素直に口にした。


「今のおれには・・断る勇気がないんだよ・・」


苦しい胸の内を夏希にぶつける。


本当に?


帰って来れないの…?


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