第39話 堕ちる(1)

「あの、」

高宮はまだ夢中でどうでもいい話を続ける彼女を見た。


「え?」


「ちょっと…」

と、手招きして廊下に呼んだ。


「なんですか?」


「お礼に・・メシ、おごるよ。」


"おごる"


その言葉に夏希は、ぱあああっと明るい顔になり。


「ほんとですかぁ?」


「なにが、好きなの?」


「えっと・・焼肉!」


即答だった。


「は?? 焼肉??」

全く予想していない答えが返ってきて高宮はまたも"異星人"に驚いた。



そして翌日。


「も~、こんな高そうな店でいいんですか? あたし、食べ放題とかでも全然OKだったのに!」


夏希はもう久しぶりの焼肉にテンションが上がりっぱなしだった。


「や・・女の子がいきなり『焼肉』なんて言うと思わなかったから・・」

まだ高宮は戸惑っていた。


「え~。 普通はなんて言うんですか?」


「まあ、イタメシとかフレンチとか・・あとはスイーツの美味しいお店とか・・」

今までの恋愛経験を踏まえて言うと、


「え。 スイーツじゃおなかいっぱいになんないじゃないですか。」


夏希は肉を頬張りながら言う。


「まあ・そりゃ・・そうだけども。」


どんどん食べる彼女を見ているだけでおなかがいっぱいになってくる。




「高宮さんはずうっとアメリカにいたんですか? 南さんから聞いたんですけど。」


「え・・ああ、まあ。 中学出てからつい一昨年まで。」


「へー! すごーい。 偉いですねえ。 も、あたしなんか野球ばっかりだったから、」


「加瀬さんは、どこの大学だったの?」


「あたし? も、女子体育大学ですよ! 頭悪くて教職も取れなかったんですから。 ほんと、頭の中まで筋肉っていつも言われてて~。」

とまたケラケラと笑う。


そんなに明るく…


高宮は彼女のテンションになかなか馴染めなかった。


「でも・・女の子で野球なんて、珍しいね。」

ひきつり笑いをしながら言う。


「けっこうね~。 いいトコまで行ったんですけどね。 でも・・女子野球を仕事にするまでは、なかなか。 今はリーグもあるんですけど。」


追加で運ばれてきた肉を嬉しそうに焼きながら、


「高宮さんはどこの大学なんですかあ?」

どう見ても自分の学歴よりも肉に興味がありそうな問いかけであったが。



「え・・ああ・・コロンビア大学・・」

高宮が答えると、


「えっ?」


夏希は肉から彼に視線を移して、



「え、コロンビアって、あのコーヒーとかの? 南米? あれ、ブラジル?」


「は…」


高宮の中で何かがガラガラと崩れていった。



この世に

コロンビア大を知らない人がいる。



「アメリカのNYにある…コロンビア大学・・」


頭の中のいろんな線が切れそうになりながらやっと答えた。


「へー。 アメリカにもコロンビアってあるんだぁ。 あ~、もうこのタン塩最高ですね!」

夏希は心の底からの笑顔を彼に見せた。



「おいしそうに食べるね・・」

もう何も言う気になれず、彼女の食べっぷりを見てようやくそう言えた。


「あたし、食べてる時が一番幸せなんです!」



こんなこと言う女なんか

見たことないし。



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