第37話 名前(2)

「頭は? 無事ですか?」


夏希は高宮を抱き起こしながら言う。


「頭? は・・なんとか。」

夏希は彼の左の二の腕あたりをネクタイで体ごとぎゅっと縛った。


「いっ…」



もう少しでも動かされると死ぬほど痛い。


「立てますか?」


「う・・うん…」

ようやく彼女の顔を見る余裕が出たが、


誰だ?


夏希のことをまるで知らなかった彼はこの状況で目が回りそうになりながらぼんやりと考えた。



夏希は彼を抱きかかえるように資料室を出る。


「どうしたんですか?」

そこにやって来た真太郎が驚く。


「この人が資料室で脚立から落ちてしまったみたいで、肩を、」


「高宮くん、大丈夫?」


「は・・はい。」

と言うが、もう顔が真っ青だった。


「脱臼してるかもしれないので、このまま病院へ、」

夏希はてきぱきとそう言った。


「わかりました。 ぼくはこれから外出なので、秘書課の誰かにお願いしましょう、」


すると夏希は

「じゃあ、あたしが。 あの、申し訳ないんですが斯波さんに言っておいてもらえますか?」


「わかりました。 お願いします。」



車で10分ほどの社員がかかりつけの病院に運び込んだ。


「あ~、やっぱり脱臼しちゃってますね。」

医師はレントゲンを見ながら言った。


高宮はもう痛みで意識が朦朧としてきた。


「とりあえず入れるから。」


入れる?って?


と思っていると、夏希が


「あたし、抑えてますから!」

張り切って高宮の体を押さえた。



「・・うっ!!!! いっ…! いでっ!!!!!」



肩の関節を入れる痛みときたら、大人の彼でももんどりうってしまうほどの激痛で。


「はい、入りましたから。 あとは簡易ギプスをして。骨には異常なさそうなので、しばらく固定していてください。」

もう体中から汗が吹き出て、ぐったりしてしまった。



治療を終えて、魂が抜けたようになっている高宮に、

「大丈夫ですか?」

夏希は笑顔でペットボトルの水を差し出した。


「あ・・ああ。」

それを受け取る。


「痛いんですよね~。 脱臼したトコ入れるの。 前に後輩が練習中に脱臼しちゃって。 入れるトコ見てたんですけど、泣いてましたから。」


笑顔で言う彼女に、



「・・あんた・・誰?」



ようやくその言葉を口にできた。


「え? あたしですか? クラシック事業本部の新入社員の加瀬夏希です!」


いつものように元気に明るく言った。


「事業部・・の?」



「はい! …で、あなたは誰ですか?」



夏希は屈託のない笑顔でまた言った。


「は…。」



なんだか

すっごく

圧倒された。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る