第27話 太陽(4)

斯波は帰宅して部屋の鍵を開けようとすると、非常口が少し開いているのに気づく。


「ん?」


覗いてみると、夏希が階段を上り下りしていた。


「なにやってるんだ?」


「あ、斯波さん! お帰りなさい!」


「もう普通に歩いていいのかよ。」


「今日、病院に行って来て。 だいぶ良くなったからもう足を着いて歩いていいよって。 なんか体がなまってしまって。 ちょっと歩行訓練を、」


「歩行訓練~?」


「非日常な歩き方をしていたから、体のバランスが崩れたと言うか・・」


などと言う彼女に、

「なんだ、ソレ。」

斯波は笑ってしまった。


「まだ夜は冷えるから、そのくらいにしておけば。」


「あ、ハイ・・」


優しく笑うんだなあ。


胸の中のスピッツが騒がないように夏希はそっと押さえた。


もうすぐ

ここも出て行かなくちゃ。


たまらなくさびしい。


「そろそろ家に帰らなくちゃって。」


「え?」

斯波は少し驚いたように言った。


夏希は階段に腰掛けた。


「もう、良くなりましたから。」


「ちゃんと良くなるまで、ここにいろよ。」


彼の言葉にドキンとした。

スピッツがラブラドールレトリバーくらいになった気がした。


「彼女も・・おまえがいると楽しそうだし、」


斯波もその隣に座った。



彼女…


ああ、そうか。


パンパンに膨らんだ風船が一気にしぼんでいくような気持ちだった。


「栗栖さんとはどのくらいおつきあいをしているんですか?」


「え、」

また少し顔を赤らめる。


「2年…くらいかな・・。」


「栗栖さんが大阪から来て2年くらいって言ってましたけど。 じゃあ、すぐつきあっちゃったんだあ。」

素直な感想を口にすると。


「えっ、」

さらに彼は耳まで赤くなってしまった。


「…まあ、」


で、すぐ一緒に住んじゃったんだあ。


夏希は斯波の顔をジーっと見た。


「なんだよ、」


「や、妄想中…」


と言ったので、斯波は思わず吹き出した。


「妄想するなっ!」

と彼女の後頭部をペシっとひっぱたいた。


「いったーい。もう・・男にするようなツッコミしないでください、」


「おまえがバカなことを言うからだっ!」


「あたし、恋愛とかに疎くて、なんかそういうことってよくわかんなくって。」

そう言うと、また斯波はふっと笑って、


「子供だな、」


と言う。


ちょっとグサっときた。


夏希は必要以上の大声で、

「あたし! 男の人とつきあったことないんですよ!」

と真剣に訴えた。


「はあ???」


「22にもなって、やっぱおかしいですよねっ、」


「や、どうかな。 別に…」

どうリアクションをしていいかわからない。


「ほんと。 斯波さんや栗栖さんから見れば。子供、ですよね。」

がっくりと肩を落とす。


斯波は夏希の頭をぐりっと撫でて、


「子供なんだから。きちんと治るまでここにいろ。」

そう笑顔で言って立ち上がり、行ってしまった。


きゅん…


どころじゃなくて。



ウ~・・ワンワンワン!


くらいの胸のざわつき。


「ちょっと、傷つくじゃん…」


夏希は深い深いため息をついた。


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