第32話


 が潜んでいるっぽい山中への到着には二、三秒掛かった。


 ま、到着っつっても相手がドコに居るのか正確には掴んでねえんで、敵の真ん前に仁王立ちってワケじゃねえが、アチラさんもオレが庭先に飛び込んできたのには気付いてんだろうから、すぐにご対面できんだろ。


 なんて思っていたのだが、


「……見当たらねえか」


 緑色の天井を突き破った瞬間に感じた魔力同士が干渉するバチッとした感触から察するに、そう上手く話は運ばないらしい。

 そんなワケで、改めてグルッと周囲の状況を精査してみると、なるほど確かに、巧妙に隠されていた違和感を発見した。


 っても、踏み込んだ森が分かり易く放出された魔力で煙っていたワケではなく、かと言って『逆花咲か爺さん的なカタストロフで枯れ山になってた』とか『木々どころか動物も含めてB.○.W.チックに変異してた』とかってワケでもねえ。

 つまり、視覚情報に限って言えばココはあくまで普通の森だ。

 なら、他の五感情報ではどうよっつうと、不自然も不自然、ほぼほぼ異界だった。


 まずは、音。

 さっきの呟きを音源にいつもの反響定位エコーロケーションでチェックした所、周囲に見えている木と耳で木の位置がどれもこれも一、二メートル前後ズレてる。


 要は、周囲に見えてる木が全部、幻影虚像の類ニセモノだって事だ。

 だが、反響定位エコーロケーションの知覚範囲にの影は捉えられてない。

 もっと大声でも出せば森一つ丸ごと精査できるだろうが、流石に迂闊過ぎだろう。


 そうそう、そのが見せてる幻影虚像の類ニセモノだが、中々精巧な事に『見えている物には何一つとして異常が無い』んだよな。

 真夏のアスファルトとか砂漠のオアシスとかで見る自然発生的な幻影と違って、そこには空気の流動によるブレや微かな色彩、濃淡の違いすらねえってんだから、相当に巧妙だ。


 それから、匂い。

 森の中らしい濃い緑と腐葉土の匂いに、森に棲む動物達のものと思しき微かな獣臭が混ざってる……だけなら何も疑問は無かったが、それを上書きするみてえに饐えたような錆び臭さと朝起きたばかりの生臭い口臭を混ぜたような臭いが立ち込めてるってんだから中々に不快だ。


 あとヘンなのは、湿度か。

 他の国だとどうなのかは知らんが、日本の山は基本的に豊かな水資源のおかげで緑のある時期は梅雨時じゃなくても大抵多湿だ。

 少なくとも、マッチ一本擦った程度じゃボヤ一つ起きねえだろう。


 なのに、何故だかココは山火事注意な十一月か、或いは魔界アッチで何日も彷徨った砂漠みてえに乾燥している。

 その割にさっきの平原と温度感覚に差が無いって事は、ココの気温が平原よりある程度高いって事なんだろうが、空気中に微かに漂う魔力残滓から察するに、何らかの魔法が使われたのが原因だと思われる。


 まあ、その魔法を使った意図は、相手が姿を見せないって時点で察せてはいる。

 だから、ココで疑問になるとしたら、その魔法がどんなシロモノかってトコだが……


「目晦まし……にしては無駄過ぎじゃねえか? アンタの魔法が熱を操ってんのか炎でも創ってんだかは知らねえが、身を隠すってんならその辺の木でも燃やして煙焚けば十分だろうに……陽炎だか蜃気楼だか知らねえが、一定範囲を覆う魔法の常時発動なんて魔力の無駄遣い以外の何ものでもねえ。アンタ、言うまでも無く馬鹿だろ?」


 ……『思わず』とか『無意識で』なんて冠を被せるまでもなく、声に出したのはワザとだ。


 『テメエの手の内なんざバレバレだ』と『こんな小細工通じると思ってんの?』って挑発は、隠れて隙を伺うの中でも特に言語を解するだけの知性アタマがある中、上級にはテキメンだからな。コレでヤツを釣り上げるってワケだ。


 それと、話は変わるし言葉にすれば単純な理屈だが、魔法を使って何らかの現象を長時間維持し続けると、その時間に比例した量の魔力を消費する。

 この理屈は物質生成魔法による変身や変身体の維持に限らず、他の系統の魔法にだって当て嵌まるが、当然、魔粒子が無い人間界では魔界での場合に比べて発動にも維持にも莫大な魔力コストが掛かるだけに、取り扱いには注意が必要だ。


 有体に言えば、過度な魔法の行使はにとって異能全般の燃料以前に生命線である魔力が枯渇しちまう危険があるってワケだが、今回の相手はまさにその愚行そのものに挑んでるって言えるだろう。

 何にしろ、ザッと見回した森の全域で魔法を発動し続けてるってんだから気前の良い事だ。


 やっぱり、気温と湿度の異変に併せて視覚情報の齟齬があるって点で、熱関連の魔法で風景を誤魔化しているってのはほぼ間違いねえだろうが、一部とは言えそれなりの範囲にパッと見は違和感の無い幻影を張り続けるのはスゲーよ、アホだけど。

 だが、その大盤振る舞いの割に効果は相当お粗末だ。

 そこまでやって五感の中で誤魔化せてるのが視覚一つだけなんだからな、やっぱアホだ。


 コイツはオレの偏見と妄想の混ざった推測だが、恐らく相手はほぼ視覚のみを頼りにしている人間エモノばかり狩ってきたのだろう。

 確かにフツーの人間相手なら、一切の揺らぎも異常も見付けられないハイクオリティーな幻影だけあれば、幾らでも騙し切れる。

 だから、パッと見は人型なオレの相手に視覚を騙す魔法を使ったんだろうし、視覚以外の感覚に対する偽装が疎かなんだろうよ。


 疑問があるとしたら、熱関連の魔法なんて物騒な代物を持ってるクセになんでワザワザ無駄な魔力使って隠れてんのかって事か。

 隠れて無駄に魔力使うくらいなら、さっさと打って出た方がまだ勝算あるだろうに……

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