第31話
「そうかそうか、分かったからなんかあるたびに一々頭下げんなよ、メンドくせえ。オレに何度『顔上げろ』って言わせる気だ?」
「も、申し訳御座いません!」
また頭下げやがった……いや、今回はすぐに顔戻したけどさ。
なんなの? やっぱナメてんの? おちょくってんの?
オレ揶揄うのがそんなに楽しいか?
……まあいいか、これで最後の質問だし。
何度でも繰り返すがオレは温厚な人間だから、この程度は河童みたいに簡単に流せるのでせう――いや、それじゃ『流される』だな……
「…………ハァ、黒宮辰巳だ」
「……………………は?」
いや、『……は?』じゃなくて……
「だから、名前だ、な・ま・え。アンタ、人を引き留めてまでした質問を忘れるような鳥頭だったのか? 今までの遣り取りを見る限りじゃそうは思えねえが、そいつはオレの勘違いだったのか?」
「い、いえ! 御尊名、確かに拝聴致しました! 我ら卑小なる人の身でありながら犯した数々の無礼蛮行を御目溢し下さった海の如く深い御慈悲と併せ、黒宮様へ至上の感謝を御奉げ致します!」
コイツ……まだDOGEZAするかコノヤロウッ!
オレ止めろって何度も何度も何度も何度も言ったよなあッ!! アアッ!?!!!!
「テメエ、いい加減に――
――と、少しばかりプンスカしながら文句を口にしようとした時だ。
何か――そう、例えば
オレはその感覚に導かれるままに巫女さんから視線を外し、未だ霧みたいにオレの魔力が漂う平原の端、その先に聳える深い緑で覆われた山林を睨んだ。
――居る。
確かにソコには何か――恐らくはさっきの鬼と同類の
しかも、コイツはさっきのヤツより――
ワザワザ言うまでもねえと思うが、五感は物理法則に則った探知法だ。
だから、殆ど地平線の彼方とでも言うべき距離や密集してる木々に阻まれて目も耳も鼻も何一つ捉えられなかったし、平原外はソナー圏外な所為で魔力の方にだって何も引っ掛かっちゃいない。
だが、それでも、オレの直感は確実に敵の存在を――より正確にはソイツが一瞬だけ漏らしたらしい殺気や害意とでも呼ぶべき物を知覚していた。
……ん? そう言えば、さっき巫女さんの話で――
「――なあ、アンタさっき言ってたよな?」
「は、はい? あの、一体……?」
「アンタらが狙ってたのは『百鬼の主格の
「も、申し訳御座いません。我々の知る限りでは、百年を遡るほどの過去に討伐隊から逃れて行方を晦ませたとしか……」
「……なるほどな。ところで、コイツは例え話なんだが……もし、アンタの家族とか友達とか恋人とか、そんな大事な人がアンタみたいにバケモノ退治に行って、そこで返り討ちにあって命辛々逃げ延びて、漸くアンタの居る町の近くまで戻って来られたとして、その町に入る寸前でバケモノに追い付かれて殺されちまったとしたら……アンタならどうする?」
「そ、それは………………まさか――!?」
殆ど直喩な例え話でオレの伝えんとしてる事を理解してくれたのか、巫女さんの表情は『得心した』ってカンジに――いや、多分違うな。
寧ろ『ウ、ウソやろ○○!?』ってカンジだ。やっぱ伝わってないのか?
いや、でも、やっぱり反応としては正しいのかもしれん。
なにせ、
そりゃ、レベル差にビビっちまうだろうさ。
まあ、この巫女さんがソイツの姿を見る機会は永遠に来ねえだろうけど。
「繰り返すが、そろそろオレは帰らせてもらうぞ。聞きたい事は粗方聞き終えたし、新しい面倒事が追加されちまったみたいだからな――っと、そうだ」
改めて別れの言葉を口にしたワケだけれども、そこで一つ忘れかけていた事を思い出せたので、ピョンッと一息に
オレが向かった先には、地面で大の字になって目を回すゴリラ武士を下敷きに白目剥いている女陰陽師の姿があった。
要するに、さっき『後でやろう』と投げていた事を処理しようってワケだ。
「……フム、こんな――カンジか?」
ゴギッと、コイツに意識があったらオレ
……うん、動かしてみたカンジは問題無さそうだから、これなら痛みが引けば大丈夫だろ。
さて、コレで最低限の義理は果たしたし、あとは――
「――じゃあ、もう行くが、くれぐれもオレの名前を他言すんなよ? これで帰ってから教科書に自分の名前を見付けたりしたら頭抱えたくなるからな」
再びピョンッと一息に移動して巫女さんを見下ろしながらそう伝えると、巫女さんは後半の呟きには曖昧な表情を浮かべつつもすぐに真面目な顔に戻り、
「は、はい! 承知致しました! 御身の健勝息災を心より御祈り申し上げます!」
などと、堅苦しい手紙の締めみたいな言葉を返してくれた。
「――フン」
何故か巫女さんの言葉に思わず鼻が鳴ってしまったが、自分でもそれがどんな感情に基づいているかは分からなかった。
まあ、半秒後の地面を蹴った時には、そんな下らん疑問なんぞ設問ごと置き捨ててやったが。
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