GEIREST GENESIA ~ガイレスト ジェネシア~

平月るな

第1話 読み切り 前編

 轟音を唸らせ走る。走る。

 広い草原に真っ直ぐ伸びる舗装された道路。それを大型バイク「グレイヴ」を駆って疾風のように走る。暗い茶色の髪をたなびかせる風の心地よさは、何とも言い難い。グレイヴを操る眼帯の少年ルーは、風に煽られるのとは関係なしに、己の頬が緩むのを感じていた。

 もっと速度を出したいところだが、調子に乗るとせっかく溜めた燃料エーテルがすぐになくなってしまう。自制せねば。


「ヒャハハ! なあオイ、ルー! もっとスピードだそうぜ!」


 そう思った矢先にこれだ。

 ルーの背中で、赤ずきんの少女グリムが楽しげに笑っている。


「バッカ、節約しなきゃ燃料切れおこすだろうが! オレだってスピード上げたいけどさ!」

「ちぇー、つまんねーのー!」


 不貞腐れたグリムは、ルーの背中にグリグリと頭を押し付ける。口も性格も悪いが、彼女のこういった年の差を感じさせない子供らしさを、ルーは気に入っていた。

 仕方ない、と少しだけ速度を上げようとしたその時。


「そこのバイク、ちょーっと待ったァ!」


 前方に、見るからにもガラの悪そうな集団が現れた。

 このまま速度を上げて突き抜けてやろうとルーは思ったが、集団はバイクに乗っている。突き抜けても追い掛け回されるのならば、止まった方が賢明だろう。ゆっくりと速度を落としていき、グレイヴを停止させた。


「なんの御用で? オレ達はただの旅人だけど」


 本当は用など丸わかりだが、あえて聞く。ただの物盗りだろう。


「やぁやぁ、旅人クン。俺達は世界に名高いギース盗賊団だ!」


 声高々に言い放つ刈上げの盗賊、彼がこの集団のリーダー格なのだろう。ふんぞり返ったその姿は自信の塊のようだ。だが、その後ろの盗賊達は皆「名高いの?」「わかんない……」と不安げな様子。


「これから名高くなるんだよ!」


 彼らの声が聞こえたのか、リーダーが檄を飛ばす。すると「なるほど!」「流石アニキ!」と囃し立てるのだった。


「……売り出し中の大道芸人か何かか?」


 思わずそう言ってしまった。


「んなワケねーだろ! なぁに簡単なこった。ただ荷物と女、それにそのバイクを俺達に渡しゃ、それでいいんだよ。あん? 旅? こっから先は歩いていけや、健康的だろぅ?」


 やはりただの物盗りだった。盗賊団を名乗る漫才集団ではない。

 しかし、そう易々とくれてやる物など無いし、何より癪に障る。

 ルーはグレイヴの、改造したサイドの収納スペースから幅広剣を取り出した。


「断ると言ったら?」

「モチロン、無理やりに決まってんだろォ!」


 待ってましたとばかりに、彼等も臨戦態勢を取る。今にも戦闘が始まる空気が流れ始めた、その時だった。

 ガンッ、と重い銃声が辺りに響く。


「オイオイ、アタシ様を置いて勝手に始めんじゃねェよ……」


 その出所は、先程まで静かだったグリムだった。彼女はいつ取り出したのか、どこから出したのか分からないライフルを、空に向けて構えている。

 ゆらり、と靡く金髪の下には、爛々とした碧眼が覗いていた。


「あー……」


 これはもうダメだろう。そう思いルーは、取り出した剣をまたグレイヴにしまい込んだ。

 口角を吊り上げ笑うグリムは、ライフルを放り捨てながらリーダーに問いかける。


「なァ、お前。このスカートの下にはナニがあると思う?」


 挑発的にスカートの端を持ち上げるグリム。形の整った綺麗な足がチラリと覗いた。

 こんな事を聞かれても――


「そりゃおめぇ……『オンナ』を隠す素敵なパンツじゃねのか?」


 そう答えるだろう。素敵かどうかは知らないが。

 勿論、常識的に考えても正解だし、彼女は間違いなく履いている。だが、これは間違いだ。


「ざぁーんねん、答えはガトリング!」


 グリムがそう叫んだ瞬間、彼女はスカートから、ソコに収まるはずの無いガトリング砲を引っ張り出し、盗賊団に向けて撃ち放つのだった。

 予想だにしない一撃に、盗賊団は混乱しながら逃げ惑う。


「ヒャァ――――ハッハァ――――――ッッッ!」


 およそ少女が出すべきでない奇声を上げながら、撃ち続けるグリム。


「オイ、もしかしてあの女っ……セブンスペリオルのグリムじゃねぇか!?」


 弾丸の雨の中、盗賊団の誰かが彼女の正体に気付き、驚き叫ぶ。

 その通り、グリム――グリム・ザ・レッドキャップは、六年前に世界に恐怖をもたらす魔王を討伐した七人の勇者「セブンスペリオル」の一人だ。

 彼女は服の内側やスカートの中、果ては口などの、他人の目が届かない空間から銃火器を生み出す紋章「シュレディンガー」を駆使し、圧倒的な火力で魔王の軍勢を蹴散らしたという。


「うっそだろ!? ンなの勝てるわけねェ! 逃げろ、退散だ退散!」


 丁度ガトリング砲の弾が尽きた瞬間、盗賊団は這う這うの体で逃げていくのだった。


「あ? 逃げちまった……ちぇー」

「そりゃあなぁ……」


 物盗りしようとした相手が勇者の一人だなんて、冗談だとしても最悪だろう。

 彼らの運の悪さに同情しつつ、ルーはグレイヴに跨る。


「ほら、行こう。急がないと町に着くころには宿が無くなっちまうぞ」

「ハイヨ、野宿はお断りだからな!」


 グリムがちゃんと乗ったことを確認し、エンジンを掛け、再び草原を駆ける。すると、グリムが深く抱き着いてきた。そしてルーの肩に顎を乗せ、囁き始める。


「なァ、ルー坊。急ぐんだろ? だったら、もっとトばさなきゃなァ……?」


 確認せずとも、グリムがにたりと笑っているのが、ルーにはハッキリと感じ取れた。

 背に腹は代えられない。ため息を吐きながら、ルーはグレイヴの速度を上げていく。


「ひィヤッホぉ――――――――ゥ!」


 グレイヴのエンジン音と共に、草原にグリムの声が響き渡るのだった。


 ◇


 そして翌日。


「グリム?」

「ほんと、すいませんっしたァ!」


 往来の中で、ルーは仁王立ちし、グリムは正座をしていた。

 事の発端は昨日。

 夜、町に着き無事宿をとって安心したルーが、食事を済ませ早々と寝てから始まった。グリムはルーが寝た事を確認した後、所持金全部が入った財布を取り出し、なんとカジノへと繰り出していったのだ。


「カジノへ行くのはいいさ。人が生きていくには娯楽が必要だし、何よりお前は賭け事が好きだもんな?」

「うっす……」


 だが問題はその後。前述しておくと、グリムは賭け事がとてつもなく弱い。戦いの中での賭けなら天に愛されるほど強いが、金の賭けとなると弱いのだ。

 つまり、大負け。

 所持金の半分が減った辺りで止めておけばよかったものを、グリムは「勝てば大丈夫、戻ってくる」精神で残りの金さえも全てスってしまい、今朝、青い顔をして帰ってきたのを、財布がないことに気付いたルーが見つけて現在に至るのだった。

 ルーは怒っていた。それはもうカンカンに。


「そうだな……財布を分けて管理しなかったオレにも、非はあるんだろうな」


 静かに語るルーに対して、グリムの背筋も伸びていく。

 そんな彼女に近づいたルーは、ぽんと肩に手を乗せた。それだけでもビクリと過剰に反応してしまう辺り、反省しているのか、それともルーに怯えているのか。

 これが、世界を救った勇者の末路と思うと、涙が出そうになる。


「じゃあ、お金……稼ぎに行こうか?」


 怒鳴り散らすのは愚か者のする行為だ。ルーはそれを堪え、静かに、出来るだけ静かにグリムに声を掛けるのだった。


「ほんッとうにっ、すいませんでしたァ――――っ!」

「もう謝んなくていいから。さっさと行くよ」


 謝り続けるグリムを連れ、仕事を貰うために町の役所へ向かう。

 役所では冒険者向けの、荒っぽい依頼を回してもらう事が出来るのだ。危険であれば危険であるほど報酬も跳ね上がる。戦う事しか能の無い二人にとって、これはとてもありがたい。


「こんちはー。なんか稼げる依頼ってあります?」


 役所の扉を開いたルーは、早速役員に報酬のいい仕事が無いか尋ねるのだった。


「んー、と。そうですね、いま稼げるものとなると、お出しできる依頼はあんまりないです」

「あんまり? というと」


 役員の含みのある言葉に切り込んでいく。冒険者として生きていくにはグイグイいく厚かましさも必要なのだ。


「最近、町の近くにある山に、盗賊団が現れて困ってるんですよねー」

「盗賊団?」


 最近どこかで聞いたような気がしたルーは、既視感を覚えながらも、盗賊団の討伐依頼を受け、グリムと共にグレイヴを走らせ根城へと向かうのだった。



「んー……んーぅ?」

「どした、ルー。変に唸って」


 山に入り、舗装された道を走りながら、ルーはどこかで聞いたような盗賊団という単語に首を傾げていた。


「いや、盗賊団って最近どっかで聞いたような気がしてさぁ」

「あー……あ? あれじゃね? 昨日襲ってきたアイツら」

「むー?」


 昨日の事を思い返しても、今と同じようにグレイヴをトばしていた記憶しか思い出せない。今と違うのは急いでいたことくらいか。

 ……なぜ昨日は急いでいたのか?


「ほら、アイツらだよ。あの駆け出し漫才集団」

「あ! あー、ハイハイハイ! いたな、そんなの!」


 そう言えば彼らは盗賊団と名乗っていた。

 たしか、世界に名高いギース盗賊団だったか。


「って、ちょっと待て! アイツらはオレ達が町へ向かってたのを知ってるハズだぞ!?」

「あ? まぁー、そりゃそうだろうな。なんで焦ってんだ? ルー坊」


 この火力バカは気付いていないのか! ルーは叫びそうになるが抑えた。

 グレイヴのブレーキを引きながらグリムに説明する。早く止まれ!


「アイツらはオレ達が町にいる事を知ってるんだぞ、勇者の一人がいる事を! そんなの討伐に来ることくらい予想がついてるハズだ! つまり罠が――」


 大量に仕掛けられている。そう言葉を紡ごうとした瞬間、ルー達を爆発が包み込む。

 高く吹き飛ばされたルーは、中空を落ちながら気を失ってしまうのだった。


 ◇


「ん……んぁ? なァんだここ」


 グリムが目を覚ますと、暗く広い牢のような場所だった。

 ご丁寧に、グリム自身は柱に鎖で繋がれている。これはどう考えても、


「捕まっちまったみてェだな」


 自身の確認を済ませ、愛しき相棒の姿を探すが見当たらない。どうやら別々に捕まったようだ。又は、殺されてしまったか。それだけはあって欲しくない。

 グリムはルーを気に入っているのだから。

 無事だといいが……。そうグリムが願っていると、コツコツと足音を鳴らし近づく影が現れた。


「よう、起きたかぃ……セブンスペリオルさんよぉ」


 グリムに近づく影。その正体は、額から頬にかけて大きな傷がある、腰に剣を携えた大柄な男だった。

 はて、ギース盗賊団のリーダーは、こんな絵に描いたような悪漢ではなかったような?

 もしかすると依頼にあった盗賊団は、ギース盗賊団とは別の盗賊団だったのだろうか。


「誰だテメェ」


 分からなければ聞けばいい。グリムは男を睨み付けながら、口火を切った。


「そういや自己紹介がまだだったな。俺様はギース! 世界に羽ばたくギース盗賊団の頭領だ!」


 どうやらギース盗賊団の頭領は彼だったらしい。あのリーダーはただの子分頭のようで。


「世界に羽ばたいてんのか?」

「予定だ」


 彼のあのセリフは、もしかするとこの男の影響なのでは……。どうにも締まらないギースのセリフに、グリムも警戒する気があまり湧いてこない。


「で、このアタシ様にいったい何の用だ? ご丁寧にラッピングまでしてくれやがって」


 アタシ様はステッキキャンディじゃねェぞ、と彼を鼻で笑う。

 隙を突いて逃げ出したいが、手は持ち上げるように縛られているため、紋章を使っても生み出した物が持てなくては意味がない。

 お手上げとは正にこのことだろう。


「お前さんを奴隷商に売りつけるんだよ。で、その前にちょっとイイ思いをしたくてなぁ」

「あーハイハイ、お約束ですなァ。ところでルー坊……アタシ様の相棒はどうした?」


 どうせそんなこったろうと、思っていた。なにせアタシ様は美少女なのだから。

 そう思いながらグリムはルーの事を尋ねる。彼にはまだ借りを返し切れていないのだから。過去に詐欺で捕まったグリムの保釈金を払ったのは、他ならぬルーなのだ。それ以来、共に旅をして何度も助けられている。へっぽこで少し神経質、魔力も無く一族の恥さらしクレストレス……だからこそ強さを求めた少年。

 そんな彼にもしもの事があれば、そう思うと気が気でない。


「……彼にはちょっと、男として同情せざるを得ない……」


 ギースが神妙な面持ちでそう言う。ルーに何かがあったのは明白だった。


「テメェ、アイツに何しやがった……タダじゃ済まさねェぞ!」


 思わず叫んでしまう。

 ルーは無事なのか、ちゃんと生きているのか。その思いが爆発した。


「俺様の盗賊団には一人……そっちのケがあるヤツがいる……」

「は? どういう意味だコラ、ハッキリ言いやがれ。それでもタマついてんのか、アァ!?」


 言っている言葉の意味が、何一つ理解出来なかったグリムは聞き返す。自称美少女が口にしてはならない言葉を添えて。


「口汚ェな……ウチにはな、その……少年趣味のある男がいるんだよ」

「あっ?」


 少年趣味、つまりルーぐらいの男の子が性愛対象の男がいるということだ。

 そういう趣味の男はセブンスペリオルにも一人いたが、彼は決して手を出さない紳士だった。しかし、彼らは盗賊団……荒くれものの集まりだ。紳士的なはずがない。

 つまるところ――


「逃げろルーッ! 主にケツを護って逃げろォ!」


 グリムの叫びが木霊した。


 ◇


 グリムが叫ぶ少し前。


「ぅ……っく、いってて。どこだここ、捕まったのか……?」


 ルーも丁度目を覚ましていた。

 現在、ルーは芋虫のように、縛られて床に横たえられていた。

 何か、この状況から脱せるモノはないだろうか。


「なぁんかないかねー……ナイフとか落ちて……ヒッ!?」


 そして、見てしまった。気付いてしまった。

 自分を見下ろす、小太りで鼻息の荒い半裸の男が立っていることに。


「むふ、起きたんだね。ボクのカワイイお人形……」

「変態だァ――――――――――――ッッッ!」


 気持ち悪い!

 オレはこんなのに捕まったのか!? なんだカワイイお人形って!? そもそもなんで半裸なんだ!? そんな様々な疑問が湧いては、泡沫のように弾けていく。とにかく逃げ出したい。この身を守りたい。その思いだけが今のルーを支配していた。


「変態とは失礼だなぁ……ボクはこれからキミのフィアンセになる男だよぉ?」


 何を言っているのか分かりたくない。もしも理解できる脳があるならば、鼻から垂れ流してやる。

 とにかく分かるのは、今までの危機とは全く別物の危機だということ。

 いかん、貞操の危機だ。

「力」さえ使えれば。右目を覆う眼帯さえ外すことが出来れば……。

 しかし、今は手足が縛られどうにも出来ない。陸に上がった魚の状態だ。

 どうすればいい。考えろ、考えろ。

 必死になって頭を回転させた結果、ルーが思いついたのが――


「……分かった、アンタのお人形になってやる」


 彼に従うことだった。


「ホントかい!? 嬉しいなぁ、ついにボクにフィアンセが出来るんだぁ」


 醜く出た腹を躍らせながら喜ぶ半裸の男。だが、ルーの狙いは、男を喜ばせる事ではない。


「そこで一つ願いがある。オレはアンタに全てを見てほしいんだ。だから、この眼帯を外してほしい……」


 この男なら、外してくれるはずだ。

 なにせ彼は、ルーの右目にあるモノを知らないのだから。


「モチロン! フィアンセの全てを愛してあげるとも! ほら……優しくしてあげるよ」


 そう言って彼は、いやらしく頬を緩ませ、ルーの眼帯を取る。

 その瞬間、ルーの力が溢れ出るのだった。


「ひっ、なんだ……なんだいその目はぁ!?」


 ◇


「さて、あの少年には申し訳ないと思うが……本当に申し訳ないと思うが、俺様はイイ思いをさせてもらうぜ」


 そう言ってギースがグリムに手を伸ばしたその瞬間だった。

 部屋の入り口から火炎が、火の粉を散らしながら噴き出す。

 そして、その炎を掻き分けるようにルーが現れた。


「グリム!」


 眼帯を外されたルーの虚ろな右目は、炎を吐き出していた。歯車状の火の粉を散らして。


「なんだ、ありゃあ……? 目から火が……?」


 ルーの右目に驚きを隠せないギース。そんな彼を狙う様に放たれた火炎は、見事にグリムとギースを分断させるのだった。

 その隙に、グリムへ駆け寄ったルーは、彼女を縛る鎖を外す。


「無事か? 何かされなかったか?」

「ダイジョーブ、そりゃこっちのセリフだっての。お前こそケツは平気なのかよ」

「尻の処女は守り抜いたさ……なんで知ってんだ」


 お互いの無事を確認しながら、二人は各々武器を構える。

 ルーは道中で手に入れた直剣を、グリムは袖の中から生み出した拳銃を。


「さて、それじゃあ……」

「反撃といこうじゃねェか!」

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