第2話 山荘旅館 非連続性殺人事件 (3)

 車のドアを開けると、水の音が聞こえてくる、どうやら近くに川があるようだ。

 外はうっそうとした緑に覆われ、まさに山の中といった様相をしている。


 いつもは静かな渓流沿いの民宿なのだろうが、今日は違う。

 砂利が引き詰められた駐車場にはパトカーが何台か止まっている。


「こちらです」


 運転してきた警官は、僕らを現場へと誘導してくれる。



 駐車場の端から、細く続く道を抜けると、急に緑がひらけて空が見えた、そして先には小さな吊り橋があった。


 吊り橋はワイヤーと板を渡しただけの簡単な作りで、長さは25メートルほど、幅は70センチほどだろう。かなり幅が狭くどうにか人はすれ違えそうだが、かなり厳しそうだ。


 細く小さな橋は頼りなく写る、そして吊り橋の命ともいえるワイヤーは、錆びが浮いていて酷く不安を煽る。


「この橋の先に例の民宿はあります。私はココで待機しております」


 今まで案内してくれた警官は、ここで留まるらしい。

 橋の下をみると、少なくとも10から15メートルくらいは有りそうだ。

 僕はあまり高いところは好きでは無い、というか高い場所が好きな人など居ないだろう。


「さあ現場はすぐそこだ、さあいくぞ」


 うちの先生は殺人現場を目の前にして浮かれているようだ、スキップに近い大胆な歩き方をして橋は大きく揺れる。

 怖くないのだろうか?

 馬鹿と煙は高いところは好きという話しもあるし、平気なのはもしかしたらそういった理由なのかもしれない。


 僕は後からできるだけ揺らさないように、しずしずと付いて行く。


 橋を渡りきった地点で先生が待ち構えていた。僕が橋を渡りきると、ややあきれながら話し掛けて来た。


「なんだ、高いところが怖いのか?」


「普通の人は怖いですよ、先生は平気なんですか?」


「この橋は安全だから怖くはないぞ、何年もココに掛かっているのだろう」


 確かに言われてみれば、この橋はずっと何事も無くこの場所にあるのだろう。

 怖がる必要はないのかもしれないが、高いところは人間の本能的に怖い。

 先生のやや馬鹿にしたような発言に、僕はなんとか理由を見つけて反論をする。


「錆びついていて、不安です」


「少しの錆びは平気だ、このタイプの橋はかなめの留め具の部分、つまりナットで止まっているこの部分に欠陥がなければ大丈夫だ」


 そういってワイヤーを固定している金具を指でつつく。


「このナットがしっかりと止まっていれば…… おや、手で回るくらい緩くなっているな」


 そいうって、くるくると回し始める。するとナットが取れて「シュルル」と音を立てながら、吊り橋を支えている片側のワイヤーが落ちた。

 幸い残りの片側は切れる事無くワイヤ一本で繋がっているが、とても人が渡れるような状態ではなくなってしまった。


「なにやってるんですか! 先生!」


「いやぁー、渡っている途中で外れなくてよかった。

 まあ、あれだ、これで犯人は逃げられなくなった訳だ」


 吊り橋が唸り、大きな音が立つ。駐車場側で待機していた警官が駆け寄ってきた。


「なにかあったんですか? うわぁこれは」


 橋の長さは25メートルほどだったので、大声を張れば何とか会話ができる。


「すいません、うちの先生が壊してしまいまして。修理をお願い出来ますか」


「わかりました、業者を手配します。ただ時間が掛かるかもしれません。

 見たところ、電気と電話線は大丈夫なようなので、旅館の固定電話の方に連絡を差し上げます」


「了解です。ほんとうにすいません。よろしくお願いします」


「それでは失礼します」


 我々に軽い敬礼を残すと、警官は駐車場の方へと消えていった。

 依頼の時に現場では携帯は使えないと言っていた、あの警官は修理の連絡をする為に、村の方へ移動しなければならないのだろう。


 しかしうちの先生は余計な仕事を増やしてくれる。

 これで事件が解決できなかったら、嵐山らんざん警部補から、なんと言われる事だろう。考えるだけで頭が痛い。

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